「本来払うべき法人税7,508億円のうち半分近くの3,452億円を払わずに済んだ」*1
「18年3月期の決算では、連結純利益(国際会計基準)は1兆389億円、単体でも2046億円の純利益を計上していた。」*2
これらは、ソフトバンクグループ(以下SBG)についての記事です。
巨額の利益が出ているのに法人税を半分に。節税額約3,500億円。国税庁はこれを認めています。
どうしてそんなことができたのか。
この節税額は、もし支払われていたら何に使えたかもしれないのか。
企業の節税についてどう考えればいいのか。
そんなことを調べ、考えてみました。
どうやって節税したのか
SBGがこの巨額節税を実現した方法は、いくつかのサイト*3に解説がありますが、ものすごくシンプルにいうとこうです。
「グループ内で子会社を買ったあと安く売った。これで税法上は赤字にして、法人税額を減らした」
これだけでは何のことかわからないと思いますので、もう少し内容を分解します。
- 2016年、SBGは、アームHDを3.3兆円(a)で買収。
- 2018年、アームHDは、SBGに、アームHDの子会社アームリミテッドの株2.5兆円分を配当。これによりアームHDの価値が2.5兆円分(b)下がる。
- SBGは、子会社のソフトバンク・ビジョン・ファンドに、価値の下がったアームHDの株を、0.8兆円(=a-b)で売却。
- 以上により、SBGは、税法上2.5兆円損したことになる。
2.5兆円損したのなら利益は出ないのでは?と思ってしまいますが、そもそも、利益を計算する財務会計と法人税の計算に使う税務会計は計算方法が違います。なので、税務会計を少なくして法人税を減らしながら、財務会計上で利益を上げることができるのです。この方法がまさにそれです。
それにしても、これってグループ全体では損していないように見えるけど、適法なの?
私もそう思いましたが、税法上は規制されていなかった。
そのため、国税庁もこのやり方を認めざるを得なかったようです。
しかし、19年12月12日の「与党税制改正大綱」P.88にはこんな文言があります。
「子会社からの配当と子会社株式の譲渡を組み合わせた租税回避への対応」
明らかに本件への対策といえるでしょう。この大綱は閣議決定されました。
from Unsplash: Sign, Harlingen, Texas. 1939. Photographer Lee Russell
その金額で何ができたか
ところで、この節税額3,452億円。金額が大きすぎてぴんとこないので、個人的に関心のある政策等の予算と比較してみました。
SBGの節税額は、以下にかかる費用とだいたい同じです。
- 児童虐待対策費用の約2年分(2020年度予算概算要求額1,725億円)*4
- ひとり親家庭等自立支援関係費用の1年分(2019年度予算案3,508億円)*5
- 幼児教育無償化財源見込の半分(財源見込み7,000億円超)*6
- 小中学校へのパソコン配備費用(2020年度補正予算案2,292億円、ただし4,000億円程度になるとの予測も)*7
- 難病対策費用の約3年分(2019年度概算要求額1,227億円)*8
- 犯罪被害者保護関係費用の106年分(2016年度決算33億円)*9
- 与那国島への自衛隊配備費用の22回分(2013年要求予算158億円)*10
- 新型コロナウイルスの感染拡大による国内のライブ・エンターテインメント業界への影響額(2020年2~5月分3,615億円 物販や飲食は含まず)*11
- JAXA予算の約2年分(2019年度1,872億円)*12
なお、この比較は、村上龍「あの金で何が買えたか バブル・ファンタジー」(1999年)を参考にしています。
たとえばこんな内容がイラスト付きで列挙されています。
コスモ信用組合債務超過額 1700億円
= アンコールワット修復 1,200億円 + アーノルド・シュワルツェネッガー30億円 + 10年間のサイ保護対策資金 240億円 + おつり 230億円
企業の節税をどう考えるか
ところで、こういう「企業の節税」についてはどう考えればいいのでしょうか。
企業の立場で考えてみる
まず第一に、節税は、ソフトバンクグループに限らず、どこの会社もやっていることです。
たとえば、この節税策の参考になったのではないかと思われる事例があります。日本IBMが米国の親会社との事業再編における株取引で損を発生させ、法人税を圧縮したのです。似てますよね。そして2016年、この手法で日本IBMは勝訴が確定しています(つまり、節税に成功)*13。
そもそも、もし節税しない株式会社があれば、その会社は株主の利益を減らしていることになるので、株式会社としての使命のひとつを果たしていない、といえます。
それに、行政ができないことを企業がやる、いや、日本の行政よりも自分たちにお金をまかせてくれたほうが社会をよりよくできる、そういう考えもあるかもしれません。
ソフトバンクグループにどこまでの思いがあるのかはわかりませんが、ソフトバンクが日本の社会に及ぼしたプラスの影響は間違いなくあると思いますし(たとえば日本のインターネット常時接続料金の低廉化など)、孫正義さん個人も含めた寄付などの社会貢献も東日本大震災関連や「高い志」と「異能」を持った若者に自らの才能を開花できる環境を提供し、人類の未来に貢献する」孫正義育英財団など、まことに素晴らしいものです。
納税者個人の立場で考えてみる
一方、行政のお金の使い方は、概ね選挙で選ばれた人たちが決めているので、国民の意思で決めている、ことになっています(あまり実感はありませんが)。
企業も、消費者の支持を得ているから存在できているわけで、そういう意味では行政(を立法でコントロールする議員)と似ていますが、18歳以上なら基本誰でも参加できる選挙と違い、企業の選択には参加できない人もいます(たとえば、私と家族は車をほとんど必要としない生活をしているので、自動車メーカーの選択に参加することができません。)。ここは大きな違いです。
それに、節税は、株式会社としては当然のことかもしれませんが、あまりに巨額な場合は、合法とはいえ明らかに法律の趣旨を逸脱していると強く思います。ルール違反ではないかもしれないけど、それに非常に近いのではないか。
個人的な感覚としては、自分の払った税金がとられたようです。企業の節税が増えれば、その分自分の払う税金が増えるか、行政サービスの質が低下するか、ということになると考えているので。
国税庁や行政の判断が甘かったのでしょうか。
事前にこのやり方を想定できなかった点ではそうかもしれません。
ただ、節税内容が法で禁止されていない内容なら、さかのぼって税金を払わせるのもそれこそ法治国家としてはあってはならない最大のルール違反になるので、判断は適切だったように思います。
巨額節税に対しては
なので、巨額節税企業は、株式会社としては使命を果たしているし独自に多大な社会貢献もしているかもしれないが、公正とはいえないしルール違反に近いのではないか、というのが私の考え方です。
経済学者の野口悠紀雄さんはこう書いています。
巨額の利益をあげつつ法人税を払っていないことを、国民がどのように受け止めるか、利用者がどう受け止めるかを、ソフトバンクは考慮にいれていないのだろうか?
巨額の費用を払って広告を行うより、こうした問題を真摯に考えるほうがずっと重要だと思う。
引用元:ソフトバンクの法人税納税額がゼロであったことについて|野口悠紀雄|note
私も同意見です。しかし、ソフトバンクのCMや社会貢献は話題になっても、節税については話題になっているように感じません。報道規制がされているわけではもちろんないのに。
友人たちと話していても、この話題を出した時の反応は、「私もあれは問題だと思っていた」や「あれは企業としては当然だろう」ではなく「そんなことがあったの?」がほぼすべてでした。もちろん、知っている人はよく知っている話題でしょうから、たまたま私の交友範囲で、なおかつこの話題を出した少数の機会において、ということなのでしょうが。
世の中の大きな問題の解決に役立ったかもしれないくらいの巨額な節税。こういう「違法ではないが、いかがなものか」というケースは、まず知っておくことが大事なんじゃないかと思ったので、メモにした次第です。
関連メモ
スウェーデン人が高い税金を払っている内容と理由、日本との比較。
アメリカの億万長者への調査結果。意外に庶民に似た常識的な暮らしぶりだが、大きな相違点のひとつが「余暇の過ごし方で一番多いのは税務の専門家からアドバイスを受ける」こと。
社会問題についてのメモのうち、調べていて特に興味深かったものへのリンク集。
注、出典
*1:週刊東洋経済2020年2月8日号P.50
*2:ソフトバンクG、法人税ナシ 税法の盲点は: 日本経済新聞
*3:ソフトバンクGの節税に財務省対抗 いたちごっこの真相:朝日新聞デジタル、 純利益1兆円のソフトバンク「法人税ゼロ」を許していいのか?(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(1/4)、ソフトバンクの法人税納税額がゼロであったことについて|野口悠紀雄|note
*4: 厚労省:児童虐待防止対策・社会的養育の迅速かつ強力な推進
*6:http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/286215.html
*7:https://www.jiji.com/jc/article?k=2020040701241&g=soc、PC1000万台特需、小中学校に1人1台配る政策にPCメーカーが喜べない事情 | 日経クロステック(xTECH)
*8:平成31年度難病対策概算要求について厚労省と懇談 – 一般社団法人 日本難病・疾病団体協議会
*10:予算案:与那国陸自に158億円 | 沖縄タイムス+プラス ニュース | 沖縄タイムス+プラス
*11:エンタメ業界、新型コロナで6900億円消失 ぴあ推計: 日本経済新聞
*12:JAXA | 予算関連(予算推移、プロジェクト関連)
*13:純利益1兆円のソフトバンク「法人税ゼロ」を許していいのか?(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(1/4) 純利益1兆円のソフトバンク「法人税ゼロ」を許していいのか?(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(2/4)