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法的根拠は?-イスラエルによるパレスチナ人住居・学校破壊

映画「壁の外側と内側」「壊された5つのカメラ」を観ました。



どちらの映画にも、もともとパレスチナ人が長年住んできた場所にイスラエル人が家を建て住み始める一方、パレスチナ人の家や学校がブルドーザーなどの重機で破壊されていく様子が記録されています。



撮影:Unsplash/Ahmed Abu Hameeda


私がこの映画を見て非常に疑問に思ったのは、法治国家であるはずのイスラエルが、どういう法的根拠でパレスチナ人の住居や学校を破壊しているのか?というところです。

この地域にも法律がありそれが機能しているはずです。特に「壊された5つのカメラ」では、法律について言及するパレスチナ人の姿も何度か映し出されていました。司法に訴えようと。実際、イスラエルの裁判所がイスラエルの作ったフェンスを撤去する判決を出したという、パレスチナ人にとっての小さな勝利もありました(実際に撤去されるまでは数年かかりましたが)。つまり、無法地帯ではないはずなのです。そして人権と私有財産の保護は法の基本中の基本。

ところが、映画に記録されている映像は、イスラエル(軍)が個人や公共の財産を勝手に破壊しているように見えます。しかもパレスチナ人のものだけ。

イスラエル人の家や学校は壊さないけれどパレスチナ人のものなら壊していいというのであれば、これは完全に人種差別であり人権侵害ですが、果たしてそういうことをOKにしている法律がイスラエルにあるのでしょうか。

この点が気になったので、AIの力も借りつつ、AIの回答になかった内容も調べてみました。


破壊が起こっているヨルダン川西岸地区とは

最初に確認しておきたいこととして、この二つの映画の舞台はパレスチナのヨルダン川西岸地区です。ここ数年特に注目されているガザ地区ではありません。

West Bank in Palestine (+claimed hatched)
TUBS, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
右(東)の赤く大きなエリアがヨルダン川西岸地区で、左(西)にある小さな飛び地がガザ地区です。

ガザ地区はパレスチナの武装組織ハマスが実効支配しています。2023年にイスラエル人約1,200人を殺害、251人を人質として連れ去った後、その報復としてイスラエルから大規模な爆撃を受け7万1,660人以上が殺害されている(2026年2月2日時点)*1のはご存じのとおりかと思います。

一方、ヨルダン川西岸地区はそういった爆撃は受けていないようです。ただ前述のとおり、もともとパレスチナ人が住んでいたところにイスラエル人の家がどんどん建てられ、パレスチナ人の家や学校は破壊されていっています。2024年の1年間だけでも、その件数は1,769にも上っているとのこと*2

では、ヨルダン川西岸地区は誰が実効支配しているのでしょうか


西岸地区を支配しているのは誰?

エリアC

実態として、ヨルダン川西岸地区の実効支配者は、地域によりパレスチナ自治政府(ハマスとは異なる穏健派)とイスラエルとで分かれています*3

Zones A and B in Israel
TUBS, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

この地図の赤いエリアがパレスチナ、クリーム色がイスラエル軍の支配地域です。後者はエリアCと呼ばれており、パレスチナ人のエリアを細かく分断するようになっています。

映画で描かれていた住居・学校破壊が起こっているのはエリアCです。なので、ここでどのような法律が誰によって施行されているかということを見ていきます。

この点については、長崎大学大学院・渡辺優樹さん*4による「イスラエル基本法上の財産権とヨルダン川西岸地区における住居破壊について―2023年3月6日イスラエル最高裁判所判例を手がかりとして―」(長崎大学大学院多文化社会学研究科・多文化社会学部『多文化社会研究』 2025年第11号 抜刷)が非常に参考になりました。以後はその内容をもとに整理していきます。

(参考)西岸地区にイスラエルが入り込んでいるのはなぜか

もともとヨルダン川西岸地区は、1993年のイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)によるオスロ合意などを受け、パレスチナ暫定自治政府が統治を始めていました。ところが、イスラエルはオスロ合意の後も、歴史的にユダヤの土地だと主張して入植地を拡大した結果、入植地のイスラエル人は70万人超に上り、パレスチナ人との衝突もたびたび発生するようになっているのが現状です*5


エリアCの法と運用

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どの法律が有効か?

ここはイスラエル軍の支配地域ですから、パレスチナ自治政府の法律ではなくイスラエル軍の軍律が有効になっています。

国際法(ハーグ陸戦条約等)では、占領軍の司令官がその土地の「法と秩序」を維持する責任と権限を持つとされているからです*6

財産権は?

前掲の研究によると、財産権については、イスラエル最高裁の判例*7によりヨルダン川西岸地区に居住するパレスチナ人に対しても財産権が保証されているとのこと。

では、なぜ住居破壊が行われているのでしょうか。

住居破壊の法的根拠 その1 「テロ抑止」と「国家の価値観に合致」

イスラエル最高裁の判例

住居破壊の根拠となるのが、2023年3月6日イスラエル最高裁判所判例です。

これは、殺人事件を犯したパレスチナ人Xに対して、イスラエル軍司令官が非常防衛規則第119条第1項(軍律)に基づき、Xの住居(家族も同居している)の没収と破壊を命じた事件についての判例です。

日本で、犯罪を犯した人の「家」(しかもその家には犯人以外の人が住んでいる)を取り壊すような判決は聞いたことがありませんが、イスラエル(軍)にはそれがあると。それはどんな理由で?

イスラエル最高裁によれば、それは「テロ行為を発生させることに対する抑止力」であり「イスラエル国の価値観と合致する行為である」ため「違法な行為とはなり得ない」とのことです。

つまりイスラエル最高裁は「殺人を犯したパレスチナ人がいた場合、犯人の家を破壊することは、その家に犯罪と関係がない家族が住んでいても、テロ抑止になりかつイスラエルの価値観と合致するため違法にならない」と判断したということです。

判事の反対意見

私はこの判決理由を読んで、それは逆効果なんじゃないかと思いました。パレスチナ人のイスラエルに対する怒りを増大させ、ひいては(パレスチナ人の中のごく一部である)テロリストに大義名分を与えることにならないのか、と。

実は、同じような指摘をしている判事がイスラエル最高裁にいました。アナット・バロン判事の反対意見を引用します。

非常防衛規則第119条第1 項の権限を行使することによる効果として挙げられる抑止力について、深い懸念を抱いている。というのも、住居破壊によって防ぐことが出来たテロ行為の数を計量化する困難だけでなく、同手段がむしろ逆方向、つまりユダヤ人憎悪に働きかねないからである。本件における軍司令官による住居破壊命令は、X という犯罪加害者だけに目を向けるべきではなく、没収と破壊の対象となった住居にはXの家族である母と、5人の兄弟が居住している事実にも注目すべきである。X の家族がXの犯行を強く非難し、微塵も支持していないという事実に鑑みると、本件における軍司令官による住居破壊命令は比例性に則った命令ではない。

出典:渡辺優樹*8による「イスラエル基本法上の財産権とヨルダン川西岸地区における住居破壊について―2023年3月6日イスラエル最高裁判所判例を手がかりとして―」(長崎大学大学院多文化社会学研究科・多文化社会学部『多文化社会研究』 2025年第11号 抜刷)

個人的に感じたのは、イスラエルは裁判においてこうした反対意見が出せて記録にも残せる「ちゃんとした国」なんですよね。なのにパレスチナ問題については「それはないだろう」という方向に突き進んでいる。本当にこの問題は根が深いのだと嘆息せざるを得ません。

住居破壊の法的根拠 その2 「そもそも建築許可を出さない」

(これ以降は前掲の渡辺さんの論文からは離れます)

ところで、上記の判決は、犯罪を犯したパレスチナ人に対するものです。

年間1,000件以上の住居等を破壊するということは、パレスチナ人の犯罪者がそれだけの数いるのか?ということになりますが、もちろんそうではありません。そもそも学校などはこの理屈では破壊できません。

では、犯罪を犯していないパレスチナ人(家族)の住居・学校を破壊する法的根拠は何なのか?

それは、以下の軍律とその運用がセットになって実現しているようです。

まずは根拠法。イスラエル軍律第1797号 (Military Order 1797。2018年に施行)は、建築許可のない「新しい」構造物(完成から6ヶ月以内、または未入居の建物)に対し、司法審査を経ずに96時間以内に取り壊す権限を軍に与えています*9

そして重要なのが運用実態。国連人道問題調整事務所(OCHA)によれば、パレスチナ人への建築許可が極めて低く、申請の99%以上が却下されているとのこと*10

つまり、「パレスチナ人には最初から(ほぼ)建築許可を与えないので(ほぼ)すべて違法建築。よって破壊が可能」という理屈です。

法律の上ではおかしなことはなくても、その運用によって実質的にパレスチナ人を排除しているということですね。

これを知ったときには、万博でパレスチナ人のスタッフさんに「ご支援をしたいと思うのですが、どんな方法が一番適切でしょうか」と伺ったときにお答えいただいた内容を思い出さずにはいられませんでした。スタッフさんのおっしゃっていたことはこういうことなんだな、と。


(参考)日本・国連はどう見ているか

このような実態を、日本や国連はどう捉えているのでしょうか。

まず日本政府は、外務報道官談話として、イスラエルの入植活動の完全凍結や、イスラエル政府が入植者による暴力を防止するために適切な措置を速やかに取ることを求めています*11

また、国際司法裁判所は、イスラエルが西岸地区に自国の国内法や軍律を拡大適用し、パレスチナ人の財産を破壊・没収することは国際法違反であると断定しています*12

ただ、現在のイスラエル政府がこれらに応じる見込みはないようです。


よしてるの感想

以上について、私が個人的に感じたことは次の通りです。

  • イスラエルにも、この状況がおかしいと感じて兵役拒否をしている若者たちや、パレスチナ人を支援するために現地に足を運んでいるイスラエル人もいる。
  • 両方の映画で、そのことがきちんと記録されていた。
  • また、「壊された5つのカメラ」はパレスチナ人イマード・ブルナートとイスラエル人ガイ・ダビディの共同監督作品。
  • 現在のイスラエルは政府としては非常に問題があると思うが、だからといってイスラエル国民全員がそうだというわけではないということも、この2つの映画から改めて学ぶことができた。


  • 「壁の外側と内側」では、イスラエル軍がパレスチナ人の子どもが通う学校を破壊するシーンが何度もあった。中にはできあがったばかりの小学校も。
  • ユダヤ人は教育熱心だといろんな本で目にした。
    • 日本に英語補助教員として赴任していたアメリカ人に「ユダヤ人はアメリカではどう捉えられているのか、個人的な感覚でいいので教えて」と尋ねたら、苦笑しながら「とにかく教育熱心で、教育にお金をかける人たち」と即答だった。
  • イスラエル(ユダヤ)人は、教育の重要性をよくわかっているからこそ、パレスチナ人の学校を狙っているのでは?と勘ぐってしまう。


  • 法は、法そのものだけでなく、その運用(適用・執行)においても公正でないとその意義や価値が著しく下がる(というか、有害な武器になってしまう)ということか。


  • 「テロ抑止」に反対する人はいないだろうが、そういう「反対する人がいないような理由」は悪用もされやすいということでは。応用が利きすぎる。


  • 領土を守るということはやはり生活の根幹
    • 一方で、この「領土を守る」もまさに「反対する人がいないような理由」そのものとも思う。
    • かといって「テロ抑止」も「領土を守る」も避けて通るわけにはいかない(そのための取り組みにただ反対だけしていればいいというわけではない)。
    • どうしていくのがいいのか、考え続けたい。


  • 自分はこの状況に対して何ができるのか?
    • ささやかな寄付以外にできることは?
    • これもどうしていくのがいいのか、考え続けたい。



関連メモ

本のタイトルにある問いに対する答えよりも、そこに至るまでの経緯が興味深い本です。


福井県敦賀のユダヤ難民受け入れ記念館を見学したときのことが含まれています。

注釈

*1:イスラエルがガザ各地を攻撃、少なくとも32人死亡 地元当局が発表 - BBCニュース

*2:Data on demolition and displacement in the West Bank | United Nations Office for the Coordination of Humanitarian Affairs - Occupied Palestinian Territory

*3:国際連合人道問題調整事務所"AREAS WITH HIGHEST HUMANITRIAN VULNERABILITY"

*4:戦地訪れ修論に 長崎大大学院生・渡邉さん “世界最大の難問”と向き合う - 長崎新聞 2023/12/06 [11:10] 公開

*5:パレスチナ自治区とは 自治政府が統治、一方でイスラエルが入植拡大 - 日本経済新聞

*6:ハーグ陸戦規則(1907年)第43条:「国の権力が事実上占領者の手に移った上は、占領者は絶対的な支障がない限り、占領地の現行法律を尊重して、なるべく公共の秩序及び生活を回復確保する為、施せる一切の手段を尽くさなければならない」。

*7:2006年6月26日イスラエル最高裁判所裁判例26

*8:戦地訪れ修論に 長崎大大学院生・渡邉さん “世界最大の難問”と向き合う - 長崎新聞 2023/12/06 [11:10] 公開

*9:Israel lifts last veil disguising its West Bank planning policy

*10:West Bank demolitions and displacement | December 2022 | United Nations Office for the Coordination of Humanitarian Affairs - Occupied Palestinian Territory

*11:新たな入植地に係るイスラエル政府の承認(外務報道官談話)|外務省

*12:Experts hail ICJ declaration on illegality of Israel’s presence in the occupied Palestinian territory as “historic” for Palestinians and international law | OHCHR


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