庭を歩いてメモをとる

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村上春樹さんゆかりの地 ~ 二つのピーターキャットと「三角地帯」

以前、村上春樹さんゆかりの地(神戸~芦屋~西宮)・(早稲田~「ノルウェイの森」コース、そして小説料理)を一緒に歩き愉しんだメンバー3人で、今度は春樹さんがかつて経営していたジャズバー「ピーターキャット」の跡地に行ってみたいねという話になったので、行ってきました。

この跡地、東京都内に2か所あります。お店が移転したからです。まずは千駄ヶ谷から。

 

ピーター・キャット(千駄ヶ谷)のあった場所

鳩の森神社に立ち寄る

千駄ヶ谷は春樹さんがかつてお住まいだったところ。春樹さんが気に入って寄稿文も書かれたことがあるという鳩の森神社へ。以前、この3人で訪れた場所でもありますが、印象深かったので再訪。

 


ちょうど梅が満開でした。そしてメジロ。春の訪れを感じます。

 

ワインビストロ・アンフォラの魅力

そしてここからしばらく数分歩いたところに、ピーターキャットの跡地があります。このビルの2階です。現在は「ワインビストロ アンフォラ」になっています。

 

12時にランチを予約して行ったのですが、早くもほぼ満席。人気店のようです。

まずは3人で乾杯。

 

私はメカジキのパスタをお願いしたのですが、出てきたこのお皿を見て私が「立派なカジキだ。」*1とつぶやいただけで、この友人2人は笑ってくれる。これこそが、このメンバーで春樹さんゆかりの地を散策する醍醐味です。

 

ランチも素晴らしかったのですが。一番感銘したのは、このお店の持つ雰囲気。お客さんの皆さんがとても幸せそうに食事をされていて、それがこの店全体の空気を雰囲気を明るく平穏なものにしているのです。なのでこのお店、春樹さんと関係なくてもまた行きたい。近所にあったらこの雰囲気目当てで通っているだろうなあ。お酒も充実してたし。

 

たまたま「アビーロード第2スタジオ」に座れた?

お店を出るとき、店長さんとおぼしき方に、村上春樹さんゆかりの地ということがきっかけになって訪れたことをお話しすると、ご親切にもいろいろとその頃のことを説明してくださいました。ちなみに、今のお店でピーターキャット以来「5代目」だそうです。

そして、店から見て一番奥にあたる席、つまり我々の座っていた席は、どうやらもともとカウンターがあったところのよう。つまり春樹さんが実際にそこでお酒をつくったりつまみを出していたまさにその場所だった可能性が高い。

もしかして「風の歌を聴け」もここで書いていたりして?これは大変な幸運。友人達ともその興奮を分かち合いました。我々は大のビートルズファンでもあるので、「ぼくらは(ビートルズがそのほとんどの曲を録音した)アビーロード第2スタジオにいたのかも」とはしゃぎます。

 

おなかも脳内も幸福な状態で千駄ヶ谷駅に行き、新宿まで出て乗り換えて国分寺駅へ。

 

ピーター・キャット(国分寺)のあった場所、そして「三角地帯」

トミービル

初代ピーターキャットは、駅の南口からすぐのところにあるこのビルの地下にあったそうです。

しかしこのビル、地下に通じる階段が二つある。どっちなんだろうと迷いましたが、調べてみると、貸しスタジオのあるほうがそうらしい。

 

こちらです。

 

当時を偲ぶには想像力がいりそうな感じですが、それでも、耳をすませばここから漏れ出ていたジャズのサウンドが聞こえてきそうな気がします。

 

ところで、国分寺といえば、もうひとつ行ってみたい場所があります。

それは、春樹さんと奥様がかつて住んでおられた「三角地帯」です。

 

春樹さんが住んでいた「三角地帯」

それは、短編集「カンガルー日和」所収の「チーズ・ケーキのような形をした僕の貧乏」に書かれている家です。冒頭部分を引用します。

我々はその土地を「三角地帯」と呼んでいた。それ以外にどう呼べばいいのか僕には見当もつかなかった。だってそれはまったくの、絵に描いたような三角形の土地だったのだ。僕と彼女はそんな土地の上に住んでいた。一九七三年だか四年の話だ。

(中略)

「三角地帯」の両脇には二種類の鉄道線路が走っていた。ひとつは国鉄線で、もうひとつは私鉄線である。その二つの鉄道線はしばらく併走してから、このくさびの先端を分岐点として、まるでひき裂かれるように不自然な角度で北と南に分かれるのだ。

村上春樹「チーズ・ケーキのような形をした僕の貧乏」より

 

それはまさに、JR国分寺駅と西国分寺駅の間にある、JRと西武線の分岐点にある土地のことです。
こんなところでした。

ご覧の通り、こちらは住宅街で、今も住人の方がいらっしゃるようです(家そのものはさすがに春樹さん夫妻が住んでいたころのものとは違うようですが)。なので、これ以上近くに寄った写真は控えておきます。

 

春樹さんが住んでいた家は、列車の騒音と建付けの悪さによる冬の寒さのせいで非常に住みにくかったそうですが、それでも、この「チーズ・ケーキのような」土地を見て私の頭の中を巡ったのはこの一節でした。

冬は地獄だった。ストーブを買う金もなかったので、日が暮れると僕と彼女と猫は布団の中にもぐりこみ、文字どおり抱きあって眠った。朝起きてみたら台所の流し台が凍りついていたなんてこともしょっちゅうだった。

 冬が終わると、春がやってきた。春は素敵な季節だった。春がやってくると、僕も彼女も猫もほっとした。四月には鉄道のストライキが何日かあった。ストライキがあると、僕たちは本当に幸せだった。電車は一日じゅうただの一本も線路の上を走らなかった。僕と彼女は猫を抱いて線路に降り、ひなたぼっこをした。まるで湖の底に座っているみたいに静かだった。僕たちは若くて、結婚したばかりで、太陽の光はただだった。

 

これで、3つの村上春樹さんゆかりの地 - 二つのピーターキャットと「三角地帯」 - を、晴天に恵まれた早春の日に、友人たちと訪れることができました。

 

が、私のリクエストで、もうひとつの場所にもつきあってもらいました。西国分寺からさらに一駅西の国立駅へ。

 

(春樹さんと関係ない)カフェおきもと・沖本家住宅

それは、1933年に建てられた和洋折衷デザイン建築「沖本家住宅」。洋館部分がリノベーションされカフェになっています。

 

もともとは貿易商の別荘として建てられたものですが、その後同郷の海軍少将・沖本至に譲られます。その後は沖本少将の娘さんお二人がこの家を守ってきたのですが、身寄りのない姉妹はなんと信頼できる近所の女性にこの邸宅を譲ることに。その女性が試行錯誤の上2020年にオープンしたのがこの「カフェおきもと」なのです。

公式サイト:カフェおきもと | 沖本家住宅 | 国分寺市

カフェオーナーインタビュー:古き洋館を受け継いだ専業主婦 | リンジン

 

 

大人気のカフェですが、予約して伺ったところ、なんとこんなに広い個室にご案内いただけました。

部屋の中には沖本姉妹の写真も飾られていました(掲載は控えます)。

 

あたたかくやさしい光が満ち溢れるこの部屋で、3人でまったりと会話。話題は、早くも「次はどの春樹さんゆかりの地に行こうか」…

ほんとうに、次はどこに行こうかな。

 

関連メモ

 

注釈

*1:村上春樹さんの短編「ファミリー・アフェア」に登場するセリフ。短編集「パン屋再襲撃」収録。この短編について3人で語り合った様子はこちら:村上春樹再読会(6)「パン屋再襲撃」- 作品ごとの人気の差がかなりつく結果に - 庭を歩いてメモをとる


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