ファン3人で村上春樹さんの作品を読み返してオンラインで語り合う会。今回は2000年に発表された短編小説集「神の子どもたちはみな踊る」です。
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この短編集について、語り合う前に3人から自然に口をついて出てきたのは、阪神淡路大震災当日、何をしていたか、そしてどう感じたか。その経験を語りこの物語に近づいた感覚になったところで、それぞれの物語について話し合い始めました。(この短編はいずれも震災を直接のテーマにはしていません。しかし深いところでつながっています。)
UFOが釧路に降りる
- 違和感・不条理のパッケージのような作品(ほめている)。
- そもそもタイトルがそう。この内容でこのタイトル?という違和感。
- 謎の二人組と暴力に満ちた雰囲気。
- 大事な話が伝わっていないという違和感。
- 悪夢の中のような雰囲気も含め、カフカ「城」を連想。
- 震災の不条理感を小説全体で表現しようとしたのか?
ところでこの作品、ビートルズファンでもある我々3人は変なところでも楽しめました。
主人公小村から妻が突然去っていった後「CDの棚からはビートルズとビル・エヴァンズのものがあらかた消えていた」とあるのですが、「あらかたってことは、残ったCDがあるわけだよね。何が残ったんだろう?」と推測しあったのです。要はビートルズの作品の中でそれぞれが「ビートルズにしてはつまらない」と感じている作品を告白しあったという。
アイロンのある風景
- この短編集の裏テーマ「故郷との距離」がもっとも色濃く表れている。
- 地元を棄ててきた罪の意識。
- 「UFO」より登場人物がいきいきしている。
- 三宅さん(関西弁をしゃべるおじさん)の言葉がいちいち深い。
- 初読のとき(私たちが2~30代だった)はそうは思っていなかった。
- その上、私たちは三宅さん(40代半ば)の歳も超えてしまった。
- 舞台になっている鹿島には地震を抑える神様がいる*1が、関係あるのだろうか。
- (本作に限らず)春樹さんも故郷で起こった地震を扱った物語を小説にするまで4年かかったんだな・・・
よしてるは、ジャック・ロンドンの「たき火」を読みました。もちろん、この物語に登場するからです。手に取った短編集は、「たき火」(「火を熾す」と訳されています)もそうですが、所収作品のほぼすべてがとても力を持っていて、バラエティに富んだ(サバイバル小説、ボクサーの物語からSFまで)素晴らしいものでした。これを知ることができただけでも、この「アイロンのある風景」に感謝したいです。
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神の子どもたちはみな踊る
- この物語では主人公・善也が子どものころから親に宗教を強制されている。春樹さんは少年時代に親から日本文学を強制されていた(「平家物語」の暗唱など)ことを思い出さずにはいられない。
- そしてその宗教の「神」である「お方」は「1Q84」につながっている。
- 善也の子ども時代の「導き役」である田端さんはいわゆるアイヒマンではないか。「善良」な人が、まじめに「悪」をこなしていく。
- (参考・よしてるのアイヒマンについてのメモ)
- 処女懐胎といえば聖書だけでなく「ゴダールのマリア」も連想する
タイランド
3人がともに「この短編集で一番好き」と語ったのが本作でした。
- 主人公のタイでの運転手であるニミットのかつての主人もホームタウンに戻らない。これがこの短編集全体の裏テーマ。
- 甲状腺学会の描写がリアル(3人のうち一人は医療に関連した仕事をしている)。
- 「つぶされてしまっていい男性」とは?容易に想像がつくが、それは本作同様、口にしないほうがよいのだろう。
- 言葉は石になる・・・春樹さんは成人後、お父様との間に断絶があったようだが、これは春樹さんがお父様に言ってしまった言葉を表現しているのか?
- 作中に登場するエロール・ガーナー/コンサート・バイ・ザ・シーの出だしは不安・不穏なところがある。本作に共通する。
さて、以上のメモだけでは、なぜこの短編が(少なくとも我々3人の間で)人気なのかがわからないと思います。
私(よしてる)自身はこの作品のどういうところが好きなのか、あらためて振り返ってみました。まずは「きちんとしたところ」。主人公さつきの水泳の習慣。運転手ニミットの仕事ぶり。そして「静けさ」。物語全体にそれが通底しています(ごく一部のシーンを除いて)。全然違うと言われそうですが、同種の特徴を私は「偶然の旅人」(「東京奇譚集」所収)にも感じています。
かえるくん、東京を救う
- 「かえるくん」「かえるさん」英訳ではどうしている?
- これを読めばわかるのだろうけど。
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- みみずくんはやみくろに似ているがより知性がない。
- 片桐さんが意識なく闘っていたことも意外に思わせられない説得力のある筆力がさすが。
- 片桐さんはすごく「普通」の人。地震が誰にでも降りかかるということか。
- かえるくんがトルストイとか読んでるのがおもしろい。シュールな組み合わせという点で、モンティ・パイソンの「哲学者サッカー」などを連想する。
- かえるくんと聞いて、どんなかえるくんを思い出す?(と語り合う。最近アニメになった「めくらやなぎと眠る女」のかえるくんはイメージ違うな、とか。)
- シュールな話ともいえるが、シュールレアリズムは既存の概念の無意識化。精神の底まで下りていくことともいえる。地震が地の底からのものであることとなんとなくつながっている気がする。
蜂蜜パイ
- 「冷蔵庫には2本の缶ビールと死んでしまったキュウリと防臭剤が入っているだけだ」
- 「パン屋再襲撃」の「玉ねぎの防臭剤炒め」を連想させる。
- 缶ビールも両作品に出てくる。
- (参考)
- 高円寺がまた出てきた。春樹作品には高円寺がよく出てくる(「1Q84」のあのすべり台を筆頭に)。
- 子どもの沙羅にシャーマン性がある。「1Q84」のふかえりもそうだが。
- 途中で沙羅の父親が変わると、沙羅に影響があるのでは(メンバーのひとりの女性の視点)
- 村上作品には私小説的なところがある。主人公の生い立ちなど。本作はそれが特に強い(女性の生まれた家まで春樹さんの奥様のご実家と共通点がある)。
本作は、希望を含めたラストが村上作品としては異色な気がします。春樹作品のほとんどが絶望で終わると言いたいわけではありません。ただ、ここまで明確に希望を打ち出しているケースはあまり思いつきません。このことについても少し話し合ってみました。
- はじめて読んだ約20年前は、あざといと思っていた(こんな希望のある終わり方をするのが)。でも今はこれが必要だったとわかる。
- ラストのフレーズは50年代の歌の定番(例:"Stand By Me")。これを阪神間で少年時代の春樹さんは聴いていたはず。
「村上春樹再読会」関連メモ
- (1)「ノルウェイの森」の解像度が上がった
- (2)「回転木馬のデッド・ヒート」-収録短編のほぼすべてについて「他の村上作品との関係・比較」をコメント
- (3)「一人称単数」-全体的に中途半端で女性に寄っている?
- (4)「風の歌を聴け」- 映画との比較も
- (5)「1973年のピンボール」- 鼠の変化、「ノルウェイの森」とのつながり
- (6)「パン屋再襲撃」- 作品ごとの人気の差がかなりつく結果に
- (東京から日帰り可)村上春樹さん中高生時代ゆかりの地を歩く-神戸~芦屋~西宮
- 発売2日後に3人で語り合った「街とその不確かな壁」
- (7)「神の子どもたちはみな踊る」(このメモ)
- 村上春樹×川上未映子 春のみみずく朗読会 - 申込時の驚きと、圧倒的なメインコンテンツ
- 村上春樹さん東京ゆかりの地と料理-早稲田周辺、千駄ヶ谷、「ノルウェイの森」コース、そして小説料理
- (8)スプートニクの恋人 - 春樹さんが「多様性」にチャレンジ?
- (9)TVピープル - 不人気No.1短編集、ただし2編は例外