今年(2025年)1月に発表された第172回芥川賞。受賞作は鈴木結生さんの「ゲーテはすべて言った」。
こちら、情報量の多い、でもエンタメ要素もわりとあり楽しく読める小説ですが、実は、ビートルズやポール・マッカートニーにかかわる描写が計3回も登場します。
主人公は、日本のゲーテ研究の第一人者とされる大学教授。そんな物語にどんなふうにビートルズやポールが?
できるだけネタバレにならないように紹介しつつ、自分が感じたこともつけ加えていきます。
その1 愛についての名言にポール・マッカートニー
最初は、主人公の娘(徳歌・大学生)が主人公のために開いたパーティーでの出来事。そのお店のティーバッグには「愛についての名言」が印刷されているのですが、そのうちの2つがこれなのです。
(徳歌)「The love you take is equal to the love you make. - Paul McCartney」? いや John の 「Love is old, love is new. Love is all, love is you. 」 の方がいいけどなあ。ねぇ、パパ?」(中略)その様子を見守りながら、統一(主人公)は 「Paul でも John でも いいが、こういった商業的利用は著作権に引っ掛からないのだろうか?」とかそんなこと ばかり考えていた。ゲーテのことなんてもうすっかり忘れて。
鈴木結生「ゲーテはすべて言った」より引用。()は引用者注。以下同じ。
これだけでも私はおおっと唸りました。特に1つ目の引用が、ザ・ビートルズ名義の"The End"の歌詞なのに、作詞者をポール・マッカートニーとしているところに。ちなみに2つ目も同じく、ザ・ビートルズ名義だけどジョンが作詞した"Because"からですね。
その2 クリスマス・プレゼントにポール・マッカートニーのベスト盤
さらに読み進めていくと、この主人公の娘・徳歌がどうやらポールのファンであるということが伝わってきます。それがよくわかるのがこちら。
統一はかれこれ二十年以上、サンタクロースからの業務委託を受けている。 七年前は確かポール・マッカートニーのベスト・アルバムをカーテンの下に隠した。 「The Diary of Virginia Woolf」はもう五年前になるか。ここまでは統一にもギリギリついていける範疇 に収まっていたが、一昨年のアラン・ムーアの作品集からはもうよく分かっていない。ただ、彼女が欲しがっているものを普段の会話から聞き取り、見つけてくる。
この物語の時代設定はほぼ現代といっていいです。なのでこの「7年前」と言うのは、娘・徳歌がおそらく中学生か高校生の頃、年代で言えば2017年くらいのことになるので、このベスト盤というのはPure McCartneyなのかな?などと想像が膨らみます。もちろんWingspanであっても、All the bestであってもWings Greatestでもいいのですが。

その3 「ディスカバー・ビートルズ」で盛りあがる家族
さらにビートルズは、この主人公家族がドライブをしているときにも登場します。
やはり帰省が間近になると、三人はそれぞれに調子を合わせていって、行きの車中では、徳歌が車内スピーカーに飛ばしたNHKラジオの「ディスカバー・ビートルズ」に合わせて、合唱するところまでいった。
作中、この直後のお正月の場面で能登半島地震の描写がありますので、これは2023年の年末の出来事、となればこの番組は「ディスカバー・ビートルズ2」でしょう。2023年、ビートルズ最後の新曲"Now and Then"が注目されていて、もちろんこの番組でも大いに盛り上がったところですが、時間軸としてはまさにその直後くらいのシーンです。ビートルズやポールを取り上げるのに、ディスカバー・ビートルズを持ち出した小説は私の知る限りではこれが初めてです。
実は4回目も
さて、冒頭にビートルズやポール・マッカートニーが3回出てくると言いましたが、正確には4回。
ただその4回目については、この物語の締めくくり、大切なシーンに出てくるので、控えておこうと思います。
それは、ビートルズの有名曲の、まさにボール・マッカートニーが歌ったあの言葉です。
補足
この小説、西洋の作家・思想家の名前や作品名がこれでもかと言わんばかりに登場しますが、一方で手塚治虫、水木しげる、村上春樹、YMOなど20世紀以降の日本のクリエイターの名もそこここに登場します(詳しく語られるわけではないのですが)。
こういった作者・鈴木結生さんの縦横無尽な「引用力」もこの作品の魅力のひとつだといるでしょう。
その中で特に目立ったのがビートルズであり、ポール・マッカートニーだった、というわけなのです(もちろんゲーテを除けば、の話ですが)。
