庭を歩いてメモをとる

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村上春樹×川上未映子 春のみみずく朗読会 - 申込時の驚きと、圧倒的なメインコンテンツ

村上春樹さんの生朗読を聴けました。
しかも、どこにも発表されていない新作も含めて。
しかも、かなりお気に入りの作家である川上未映子さんもご参加。
しかも、ほぼ毎月春樹さんの作品をテーマにしたリモート読書会をやっている2人の友人たちと。

こんな幸運の重なりによってもたらされた特別な体験ですから、その様子を全てここに書こうかと思いましたが、全体像を記してくださっているブログはすでにいくつかあります*1ので、私はあまり他で書かれていないことをメモしていこうと思います。


申し込み ー 瞬殺ではなかった

この朗読会について最初に驚いたのは、こんなにすごいプログラムなのに、チケットが瞬殺でなかったというところ。

公式サイトでの申し込み受付は1月15日の15時0分から。平日でしたが、仕事の都合をつけてスタンバイ。15時になった瞬間は少しサーバーが不安定でしたが、その後は意外にもサクサクと画面が進みます。実はこの時にはじめて学生以外の一般は寄付15,000円が必要だと言うことを知ったのですが、過去のポール・マッカートニーのライブなどでチケット代金の金銭感覚が麻痺してしまっているので、躊躇することなく前に進み、受付開始からたった13分で申し込みが完了してしまいました。

同時にアクセスしていた2人の友人もほぼ同時に申し込みが完了したのですが「これって、寄付だけは行われるけど席は取れてない、っていうことはないのかな?」と不安になるくらいスムースだったのです。

それもそのはず、無料の学生枠とは異なり、寄付が必要な一般枠はチケットは開始してすぐに売り切れたわけではなかったようです。翌日の朝の段階でも、公式サイトに「定員に到達し次第、受付を終了いたします。お早めにお申し込みください」と表示があったのを確認しています。

ではいつ売り切れたのか?11:07の川上未映子さんのツイートに定員に達したとの知らせがあったので、そのくらいなのでしょう。

それにしても、こんな貴重で充実した内容のイベントが700名(一般枠)キャパで完売まで20時間近くかかるとは・・・もし次回同様のイベントがあればもっと早く売り切れるのかな。

何はともあれ、不安になるほどチケットがとりやすかったという話でした。


春樹さんの新作「夏帆」が圧倒的、そしてもうひとつ

肝心の朗読会はどうだったのか。

私の率直な感想は、村上春樹さんが「10日前くらい前に書いたばかりのほやほや」とおっしゃっていた新作「夏帆」の凄さが圧倒的だったというものです。

私は春樹さんの作品だけでなく、川上未映子の作品も大体半分ぐらいは読んでいます。それくらいのお気に入りの作家というわけです。ですから、川上さんの作品「青かける青」「私たちのドア」にはかなり愉しませてもらいました。それに小澤征悦さん、村治佳織さんのパフォーマンスもさすがプロと安心できるクオリティーでした。

川上未映子さんの「ヘヴン」、これは中学生間のいじめがほぼ全編続く物語ですが、その中では例外的な荒天の中の一瞬の晴れ間のようなシーンを声と表情で演じる小澤さん。「イエスタデイ」「ミッシェル」の丁寧な音の紡ぎも見事だったけれど、薬師寺にインスパイアされてご自身が作曲したという「エターナル・ファンタジア」が存外に味わい深かった村治さん。どちらも第一級のステージです。

が、そんな中でも、この春樹さんの新作「夏帆」は巨大な「メインコンテンツ」として壇上にそびえたっている-そう感じずにはいられないものでした。

作品の内容については触れてはいけないことになっているのでそれは書きませんが、シンプルに「続きはどうなるのだろう」という引き込まれ具合、そして作品のもたらす不安と恐怖の力。さすがとしか言いようがなかったです。人の声による表現で、ここまで会場に不穏さが充満していたのを肌で感じた経験は、今までになかったと思います。

春樹さんの朗読も、朗読のプロではありませんがやはり作者だけあって、緩急の付け方や声の表情のつけかたなどが真に迫っていた。

特に印象的だったのは、最も緊迫した場面に、春樹さんが何度も咳き込まれ、「失礼」とおっしゃった後水を飲んで少しの間朗読を中断されたこと。春樹さん自身が生み出した物語の毒気にあてられている(共に聴いた友人のコメント)様子を目の当たりにできたのが、この朗読会の私にとってのハイライトでした。

いや、もうひとつ。

最後の川上未映子さんによる「ノルウェイの森」の直子からワタナベ君への手紙の朗読。川上さんは「大好きな小説です」とおっしゃってから朗読されました。この作品への愛情*2。そして、この手紙がどういう意味をもつのか、このあと直子がどうなるのかということ。この会場に来ている人たちはもちろん知っているでしょう。それらが相まった美しさと切なさが会場全体を包んでいたあの雰囲気は忘れることができません。

読書とも、演劇とも、もちろんコンサートとも違う唯一無二の舞台芸術であり、かつ最高の文学体験でもある。それが私にとっての「春のみみずく朗読会」でした。

(そして、そんな夜に、たった今体験してきたことを仲間うちで語り合えたことは、無上の喜びでした。)



関連メモ

約11年前、京都大学で春樹さんは何を語ったか。私にとってはじめての「生の春樹さん」。


朗読会に一緒に参加したメンバーで訪れた春樹さん少年時代のゆかりの地めぐり。


村上春樹関連のメモへのリンク集。


「みみずくは黄昏に飛び立つ」の第1章にあたるインタビューを雑誌掲載時に読んだときのメモ。


今のところ、私の中での川上さん作品のベスト。


本・まんがに関するメモへのリンク集。


注釈

*1:特にブログ「【2024年3月1日】僕が目にした「村上春樹 × 川上未映子 春のみみずく朗読会」│明日につながる読書 あすどく」は丁寧にまとめてくださっていると感じています。

*2:川上未映子さんの村上春樹作品への愛情や読み込みが並大抵のものではないことは「みみずくは黄昏に飛び立つ」からもよくわかりますから。


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