庭を歩いてメモをとる

おもしろいことや気になることのメモをとっています。

「安全性を高めたら不正?」原子力規制庁は本当にそう判断したのか

2022年8月24日、岸田首相が原子力発電所の追加再稼働と新増設を進めていくことを表明しました*1

この決定については賛否両論はありますが、もしこれでこの冬の電力不足*2が解消されるなら、少なくとも短期的な問題解決にはなる・・・そう思った方もいらっしゃったと思います。私もそうでした。

ところが、原発再稼働ができる状態になっても発電ができず、冬に間に合わないかもしれない、という話があるそうです。

しかもそれが、原子力規制庁の「安全性を高めたら不正とみなす」というような意味不明の判断によるものだ、とも。

本当にそんな判断があったのでしょうか?確認してみました。


「安全性を高めたら不正」-原子力規制庁がそんな規制をしている?

きっかけは、お世話になっているある方から、こんな内容の動画を共有いただいたことです。

動画のポイント

(1) この冬の電力事情はかなり厳しい。

(2) 岸田首相が原発再稼働を表明したが、単に以前から決まっていることを表明したに過ぎない。

(3) 原発を再稼働させようとしても、核燃料製造がずっと止まったままなので再稼働が難しい状況。

(4) 原因のひとつとして、原子力規制庁が無意味な規制をしている。せっかく燃料製造会社が安全性を高める工事を実施したのに、届け出をしていないという理由で不正行為と認定した。

(5) こういう無意味な規制が原発再稼働を遅らせ、日本の電力問題を解決から遠のかせている。

報道内容の確認

原子力規制庁は本当にそんな判断をしていたのでしょうか。

この件についての報道を確認すると、たしかに、次のような記事が複数ありました。

規制庁によると、同社(引用者注:三菱原子燃料株式会社)は核燃料加工工程で使用する分析装置を床に固定する耐震補強工事を行っていたが、二〇二一年十二月に規制庁の検査官が現場確認をした際「工事は行っていない」と虚偽の説明をしたほか、つじつまを合わせるために関係書類を差し替えた。同様の不正は他に百十七件あったという。(引用元:三菱原燃、核燃料工場検査で虚偽報告 規制庁、意図的な不正行為認定:東京新聞 TOKYO Web

「耐震補強工事を行っていた」とたしかに書いてありますね。

なぜそれが不正になるのか?

そこで、原子力規制庁のサイトに行き、不正行為認定を通知した文書「分析装置等に関する原子力規制検査に対する不適切な対応等に係る評価結果の通知」を確認してみました。

その結果わかったことと、上記の動画についての自分の考えを以下に整理しました。

Roppongi-First-Building-01
原子力規制庁の入る六本木ファーストビル(引用元:Wikipedia Commons Author: Rs1421氏


規制庁のオリジナル文書を読んでみた結果

(1) 冬の電力不足について: 同じ危機意識を持っています。そのためには安全基準を遵守した上での短期的な原発再稼働はやむを得ないというのが個人的な考えです(以前は再稼働反対でしたが、温暖化・エネルギー問題を自分なりに調べてみて(↓)考えが変わりました。)。

(2) 岸田首相はすでに決まっていることを表明しただけか: 原発再稼働についてはその通りですが、新増設はしないという従来方針を転換した点は新しい、と受け止めています。なので「すでに決まっていることを表明しただけ」ではないです。

(3) 核燃料製造が止まっているからこの冬に再稼働できないかもしれない: ここはこの動画で知った新しい学びでした。この点は、この動画以外でも確認がとれました。→ 原発燃料、3年半製造できず 「在庫ピンチ」の九電は異例の支援も:朝日新聞デジタル

(4) 原子力規制庁は「安全性を高めたら不正」と判断したのか: 私はこの件での規制庁の判断は適切だったと考えています。理由は次のとおりです。

  • たしかに、安全性が高まる工事をやっているだけなら、それをもって不正行為と認定するのはどうかと思う。
  • しかし、規制庁が三菱原燃に出した文書のオリジナルを読むと、問題はそこではないことがわかる。
  • 問題は「事実と異なる説明」「関連する工事検査記録及び契約関係書類の不適切な差し替え」「使用前事業者検査を適切に行っていない」点にあると明記されている。なお「結果的に設備の耐震性能は向上している」ことも書かれている。
  • よって、この件についての一部のマスコミの報道(「耐震補強工事を行っていたが、工事は行っていないと虚偽の説明をした」だけしか書いていない記事等)も、動画の説明も、実態を適切に伝えていない。
  • 一般的に、安全は定められた手順を守ることによって確立される(東海村JCOの放射線による死亡事故はまさにこの点を軽視したために起こった。)。このことから、規制庁が虚偽の説明や定められた検査を行っていない点をもって三菱原燃の対応を不正行為と認定したのは妥当だと思う。

(参考)東海村JCO臨界事故

(5) 無意味な規制が日本の電力問題を解決から遠のかせているのか: (4)の考えがあるので、私はこの考えには賛成できません。


まとめ

少なくともこの件については、原子力規制庁は無意味な規制をしているわけではなく、むしろ適切な判断をしていると思います。よって、上述の動画の主旨には賛成できません。

一方、この動画からは、電力確保においては核燃料不足を解決することが必要という点を学べました。こういう学ぶ機会をいただけたことについては感謝しています。


この問題の解決に向けて

なお、前述の朝日新聞の記事によれば、九電は冬の電力不足が特に深刻なので、原子燃料製造会社への審査支援をしているそうです。

燃料確保のための他方法としては海外調達があるようですが、そうなるとさらに電気代が上がるかもしれませんね。

深刻なのは、九電の川内原発1号機(鹿児島県)だ。新燃料の在庫が4体しかなく、このままでは来年2月の定期検査で入れ替える核燃料が足りなくなる。(中略)こうした状況に、九電は三菱原子燃料の審査の支援に乗り出した。報告書の作成の際に、品質保証に関する知見を助言するといった支援をしている。(中略)関電と四電は、今後2回の定期検査で入れ替える分の燃料は確保できているとしているが、海外からの調達も視野にいれているという。(引用元:
原発燃料、3年半製造できず 「在庫ピンチ」の九電は異例の支援も:朝日新聞デジタル


関連メモ


注釈


(広告)