この本は、「文系こそ数字を」との考えのもと、複雑な数式などを使うことなく、世の中の諸事情を数字で把握し、説明や説得に数字を使うことの効用とおもしろさを説いた本です。
野口さんのノウハウ本は「超整理法」以来愛読していますが、今回はノウハウ面より数字にまつわるエピソードの数々が興味深かったので、その点を中心にメモします。
死者数と政治
冒頭で野口さんは、第二次世界大戦の死者数を把握することで大戦の実態を知ることができると述べています。
ヨーロッパにおける第二次世界大戦とは、ヨーロッパ諸国すべてが同じように巻き込まれた戦争ではなく、ソ連とドイツが正面から激突した戦いだったのである。
そうなんですよね。私も以前、ソ連、ドイツ、間に挟まれて巻き添えをくったポーランドの戦死者数データを見てびっくりしたものです。
(参考)第2次世界大戦各国戦没者数
出典:「社会実情データ図録」(制作者様方針に基づきグラフをそのまま引用させていただきました。)
日本も、欧州の他の国に比べるとかなり多いですし、中国の民間犠牲者数は全体で一番。それに比べると、ソ連・ドイツ・ポーランド以外の国は圧倒的に少ない。少ないからたいしたことないってわけじゃないし、もともとの人口の差もあります。でも、「プライベート・ライアン」や「硫黄島からの手紙」で描かれているアメリカの被害の見方は、この数字を知ることで変わるように思います。
特異さがさらに目立つのは、当時のソ連国内の状況です。
スターリン時代、戦争以外で、国内において2,000万人(収容所で1,200万人、粛清100万人、農村集団化の犠牲者600万人)が犠牲になっているというのです。1938年当時のソ連の人口は約1億人ですから、戦死者と合わせると国民の4割が犠牲になっています。スターリンの犠牲者が膨大だというのは頭ではわかっていたつもりですが、大国の国民の4割とは・・・
さらにこの本で学んだことは、これらの異常な国内状況は、ソルジェニーツィンの小説「イワン・デニーソビッチの一日」(62年)や「収容所群島」(73~75年)まで西側に知られていなかったということ。56年のハンガリー動乱の制圧は「理想の国家ソ連の意外な一面」と説明されていたらしいのです。まあ朝鮮戦争後しばらくの北朝鮮や中国の文革なんかもその当時は実態が知られていないどころか評価されていたらしいですから、似たようなものか。
ちなみに、中国の数字(58年から62年まで4500万人が餓死などで死亡、うち250万人は拷問と処刑)やカンボジアの悪名高いポル・ポトの自国民大虐殺300万人(75~79年に国民の3分の1が犠牲に、その後下方修正されたがそれでも100万単位)についてももちろん触れられています。
それにしても、これ全部20世紀に起こったんですよね・・・
法人税
- 現在、法人税を納付している企業は全体の3割未満
- 70年代前半は60%台後半だった。
- 欠損法人は法人税を払わなくてよい。家族会社なら家族従業員の給与を操作して税務上は合法的に欠損にすることができる
- 納税している企業にとっては法人税は重い、実効税率は14年で34.62%と言われているが、実態はどうか。
- トヨタ自動車8.1%
- 三菱UFJファイナンシャルグループ14.6%
- 三菱重工16.8%
- なぜこうなるのか?それは課税上の利益が企業会計上の利益よりかなり圧縮されているから
- つまり「税法上は赤字だが会計的には黒字の会社」ということが合法的に可能
- 受取配当を益金に算入しないルールの影響も大きい
- このルールがある理由は二重課税防止のため(配当は法人税負担後の利益から支払われるから)
- しかし2011年度に欠損法人も4.3兆円の配当を払っている。これは結局、法人税からも配当からも課税がされていないことを示している
友人に紹介してもらって読んだこの本でも、増税反対派の主な理由のひとつが「そんなことしても金持ちはいくらでも税金逃れができる」だったことを思い出しました。
金持ちは税率70%でもいいVSみんな10%課税がいい: 1時間でわかる格差社会の増税論
- 作者:ポール クルーグマン,ニュート ギングリッチ,アーサー ラッファー,ジョージ パパンドレウ
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
- 発売日: 2014/05/23
- メディア: 単行本
日本の貿易依存度
本書では、日本のGDPに対する輸出の比率(輸出依存度)が1割程度だという数字も示されています。
え?日本は貿易立国じゃなかったの?私もそう思いました。優秀な工業製品を外国に売って稼いでいる国じゃないの?
しかし、日本における製造業は付加価値で見て経済全体の2割しかないそうです。
製造業の輸出依存度はたしかに高い。5割程度。だから、日本全体の輸出依存度は1割になるわけです。日本はもはや製造業の国とは言われていたけど、現代ではここまで数字が落ちているのです(ちなみに、70年でも製造業のウエイトは36%しかなかったそうです)。
さらに、こんな数字も示されています。
- リーマンショック前は、貿易収支は年間10兆円を超す黒字
- リーマンショックで貿易収支も急減。対米自動車輸出が急減したことの影響が大きい
- さらに東日本大震災で日本の発電が原子力から火力にシフト、これにより燃料輸入が急増
- 12年の貿易収支は4.2兆円の赤字
- 13年は8.8兆円の赤字
日本における製造業のウエイトと、ここ数年の大きな変化。たしかにどちらも、数字を見ると先入観を取り除くことができますね。
カロリーベース自給率
逆に、数字だけを鵜呑みにしても間違った理解につながるので、数字の成り立ちを理解することが重要であるということも、以下の事例から学べました。
- 卵の自給率は11%。日持ちのしないものなのにどうして?
- 国内で産まれた卵でも飼料が外国産なら外国産になるから(産地だけで計算すると自給率は95%になる)
- しかしハウス栽培の野菜に使う輸入燃料はこの自給率計算の対象外(外国から買った石油を使ってハウス栽培をしても、その野菜が日本にあれば自給率上は国産)
野口さん曰く、こんな計算をしている理由は国内生産と高関税を正当化したいから、だそうです。数字には説得力があるから、こんな風に使うこともできる、ということですね。
数字とは別に印象深かった内容
現実から生まれたスパイ小説
(よしてるによる要約)あるイギリス海軍情報局員が、ドイツ軍の暗号解読に必要なコードブックを奪取するために大胆な作戦を考案した。あらかじめ捕獲したドイツ軍爆撃機にイギリス兵がドイツ軍の制服を着て乗り込みドイツ船の近くに不時着、助けに来たドイツ船にドイツ軍服を着たイギリス兵が侵入し、コードブックを奪う。
このスパイ小説を地で行くような作戦を考案したのは(実行はされなかったようですが)、イアン・フレミング海軍少佐、つまり007シリーズの作者だったそうです。なるほど・・・
都市の規模
ある程度の規模の都市に住まないとあまりポピュラーでない趣味を追求するのは難しいという話。野口さんはご自身の趣味「バレエのDVDを観る」ことを例にしておられますが、私もこれは10代の頃から考えていたことでした。
本書では、DVDなどの商品についてはネット通販の充実により解決できたが、コンサートは現状、会場に行けないと楽しめないとの指摘があります。
まったく同じことを考えていました。音楽ファンならみんな考えることなのでしょうね。個人的に10代後半の頃考えていたのは、大物洋楽ミュージシャンが来てくれる都市に日帰りで行ける範囲に住みたい、というものでした。でも今はそんなにしょっちゅうコンサートに行かないし、住む場所を決めるのにはもっと他に大事な要素があるし、そもそも仕事で変わることもあるものなので、考えが少し変わっていますが。
人生時計
人生時計のアイデアは、野口さんの過去の本で紹介されていたのを見て私も真似させてもらいました。でも私のやってるのと野口さんのオリジナルはちょっと違うってことがわかりました。
私のバージョンはこれです。「人生の残り時間を感覚的に把握する(もちろん、正確な予測は不可能ですが)」という目的はオリジナルと同じですが。
オリジナルはどうなのか・・・それは本書をお読みいただければ、と思います。