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日本はなぜ経済成長しないのか(3)-長時間労働、最低賃金… 労働環境と生産性

「日本はなぜ経済成長しないのか」を調べてみるシリーズ、今回は労働環境と生産性についてです。

前回までの内容

第1回では、日本がここ30年本当に経済成長していないのかの確認と、その原因が人口減少ではない、ということを確認しました。


第2回では、日本はしっかり経済成長していた時代から生産性が低かったことと、生産性を改善するための方策トップ2がイノベーション(技術開発への投資)と人材への投資、ということがわかりました。


第3回の今回は、その生産性を向上する労働環境とは何なのかを、前回同様、生産性に関する多数の学術論文をベースにしているこの本をもとに確認してみます。
生産性 誤解と真実 (日本経済新聞出版)


生産性を上げる労働環境(1) 上司の質を上げる

アメリカのある大規模サービス企業での調査では、下位10%の質の低い上司を上位10%の上司に置き換えると、チーム全体の生産性が1割以上高くなるという結果が出ています*1

またイギリスでは、従業員の上司に対する信頼と労働生産性の間には正の相関があるとの報告もあります。

これらの結果に意外性はありませんが、上司の質をどうやって判断するのか(人事評価になるのかもしれませんが「人事評価の高さ=部下からの信頼度、とは限らない」というのは誰もが経験したことはあるのでは?)という点と、上司の質をどうやって上げるのかという点がポイントですね。

結局は前回のメモで確認した「生産性を上げるには人材への投資が一番大事」という話につながっていくのかもしれません。


生産性を上げる労働環境(2) 長時間労働はほどほどに、休みは確実に

残業は月33時間まではしたほうがいい?

あるコールセンターでは、労働時間を1%増加させても、生産は0.9%しか増加しなかった*2そうです。

平均的には、年間労働時間が2,000~2,400時間までなら生産性はプラス、それ以上になるとマイナスに転じる*3とか。

間をとって年間労働時間2,200時間がプラスの上限として計算すると*4、年間残業時間は400時間、月平均でいうと33時間の残業ですね。

私は過去にちょうどこれくらいの残業を15年くらい続けていましたが、かなりしんどかったです。これが生産性を一番高める労働時間数だと言われてもつらいものがあります。が、研究結果は上記のとおりなのですね。

実際、本書でも、英国ではメンタルヘルス問題による非労働力化や欠勤でGDPが7.5%減少しているという研究結果があると述べられています*5

休みは確実にとれるようにすることが大事

そこで、休みの確保が重要になってきます。

ここで重要なのは「仕事スケジュールの不確実性を減らすことが労働時間の短縮よりはるかに重要」ということ。

日本で7,000人を対象に調査した結果では、労働者の感覚としては「急な残業2時間=あらかじめ予定された残業3時間半」「確実な休暇2日間=直前まで休めるかどうかわからない休暇3.5日*6」なのだそうです。

これは個人的な感覚からしてもすごく納得がいきます。

まとめると、「残業することである程度は生産性は上がるが、残業も休暇も計画的に」ということになるでしょうか。まあでもこれができるかどうかは職種によってかなり違う気はします。


生産性を上げる労働環境(3)解雇規制はバランスが大事

安心して働けるためのポイントの一つとして解雇規制がありますが、これはどうか。

強い解雇規制は生産性に対してマイナスなのだそうです。特に大学教授における「テニュア(終身雇用)」は影響が強い*7とのこと。

では、非正規雇用社員をどんどん増やせばよいのかというと、たしかにサービス産業では非正規雇用がプラスに働く傾向が強いのですが、長期的なスキル形成という点においてはマイナス効果もあるという研究*8があります。

具体的にはどうなのか?ドイツの分析では、派遣労働者が占める割合が10%強のときに最も生産性が高くなる*9という結果が出ています。

解雇規制・非正規労働者の割合はバランスが重要、ということのようです。


生産性を上げる労働環境(4)最低賃金引き上げはそれほど効果がない

最低賃金引き上げはよく議論になりますね。

本書曰く「財源を必要としないこともあって、政治的に人気が高い*10」とのこと。なるほど。

これをやると非効率な企業の退出を促進するので社会全体の生産性が上がる、という意見がありますが、どうなのか。

これは、結論から言うと、最低賃金引き上げについての研究は多いが、現時点では確定的なことはいえないようです。

たとえば、イギリスの研究では、「統計的に有意な関係はない」「企業の収益率が低下した」「生産性が向上した」という3つの報告があるそうです。*11

なお、生産性のテーマからははずれますが、本書では最低賃金引き上げは貧困対策としても弱いのではないかという指摘をしています。最低賃金上昇は、所得の高いパートナーをもつパート労働者にも恩恵が及び、真に苦しい人(低所得シングルマザー/ファーザーなど)だけをサポートするものではないので、対策としての効率性が低いからです。「このことは経済学者の間でほぼコンセンサスがある」*12とのこと。

生産性を上げる労働環境(5)ダイバーシティ推進は産業によってプラスマイナスあり

最近多くの企業が推進をアピールしているダイバーシティ推進はどうでしょうか。


出典:Unsplash Christina @ wocintechchat.com

これはそもそも人権保護などの観点で推進すべきものですが、生産性の観点ではどうなのか、研究結果を列挙してみます。

  • ベルギー 性別の多様性は、ハイテク・知識集約型産業ではプラス、伝統的産業ではマイナス
  • ドイツ 国籍の多様性 ハイテク産業ではプラス、ローテク産業ではマイナス
  • フランスと英国 外国人労働者が企業の生産性を高める効果あり
  • 日本 高度外国人材はプラスだが、一般労働者は確定的な結論を述べるのが難しい*13

ざっと見てみると、ハイテク産業ではダイバーシティ推進は生産性を向上することにつながっているようです。多様な人材がいると新しいアイデアなどが生まれやすい、ということかもしれません。

一方で、伝統的・ローテク産業ではマイナスになっています。これは、一般的に、多様な人々がいるグループではコミュニケーションコストが増加するからです。そのデメリットがアイデア創出などのメリットを超えることが難しい、ということなのでしょう。

女性取締役の増加は?

取締役に女性を増やす動きも盛んです。これについてはどうでしょうか。

欧州大企業は、女性取締役はROAや企業価値に対してプラスの価値があるという研究結果があります。ただし、その女性取締役が監査委員会等の委員会に参加している場合のみ、だそうです。

一方、ノルウェーでは、上場企業に対し、取締役の40%を女性にすることを法的に義務付け(クォーター制)ましたが、これによって、企業価値の低下、営業成果の悪化、そして法的義務から外れるための非上場企業への移行が大量に出た*14とのことです。

これらのことから言えるのは、企業収益の面でいえば、女性取締役を増やすことはメリットがある場合もそうでない場合があり、クォーター制はよい結果を生まない、ということでしょう。


ただ、繰り返しますが、こういったダイバーシティ推進は、生産性を上げるための取り組みではありません。ですので上記の結果から「ダイバーシティ推進はしなくていい」とか「クォーター制は推進すべきでない」という結論を導くのは適切でないと思います。


生産性を上げる労働環境(6)「頭でっかち」は実はプラス、コンプラ推進はマイナス

最後に、特に大企業では「あるある」の動きについて確認します。

本社機能強化は実は有効

本社組織に配置する人員を増やすと、「現場軽視」「頭でっかち」「稼がない人たちばかり増やしてどうする」というような声が出ることがあります。私もそう考えていた時期がありました。

ところが、日本の上場企業300社を対象に調査した結果(2013年)、本社機能部門が大きい企業ほど生産性が高い(特に情報ネットワークを活用している企業)という分析結果があります*15

考えてみれば、たしかに本社機能が適切に機能していれば、組織全体の生産性が上がるのは道理です。ここで重要なのは「適切に機能」ということなのでしょう。

コンプライアンス推進はやはり負担を増やしている

コンプラ関連。何をするにもルールが細かくなり、チェックの証左を残すために相当な稼働がかかる。私は1993年から同じ企業グループで働いていますが、「入社当時存在しなかったが今は存在するルール」は両手両足でも数えきれないほどです。

もちろんこれらは、正当な理由があって行われています。なので頭では納得しルールを遵守するものの、これは相当なコスト増につながっているのでは・・・と常々感じていたのですが、これについての研究結果もありました。

上記と同じく日本の上場企業300社を調査したところ、法令遵守にかかわるコンプライアンスコストは、企業の総費用の2~3%にも上っており、さらに、5%以上という企業も全体の14%も存在するそうです*16。なお調査対象は公的な規制に対するものだけなので、それ以外の自主規制等も含めるとコストはさらに増加します。

本書でも、「チェック強化が守りの経営に傾かせるリスクもある」「新しい事業のアイデアや現場の創意工夫が、中間段階での過剰なチェックを経て骨抜きになることも少なくないと聞く」と手厳しいです。

さらに、このような提言も行っていますが、まったく同感です。

真に有効なコンプライアンスが不可欠だが、社内規定の中には形式を整えることが自己目的化していて社員がほとんど知らないもの、費用対効果が不明で過剰防衛的な社内慣行も少なくない。明文のルールがなかった時代に不祥事が多かっただけではなく、風通しの良い企業文化や良好な労使関係の方が本質的である。生産性向上という観点からは、コンプライアンスの費用対効果にも目配りすることが必要であり、こうした点にも経営陣の質が関わってくる。

まとめ

以上から、生産性の上がる労働環境についてまとめてみます。

  • 上司の質を上げる
  • 残業を月33時間くらいまでやる
  • ハイテク産業においては性別・国籍の多様性を進める
  • 本社機能部門を大きくする
  • コンプライアンスコストは総費用の2~3%にも上っているので、費用対効果に基づく検証が必要

言うは易し、という感じですが、世の中で議論されているいろんなトピックについて、何が有効で、何がそうでないのか、あるいは確定的な答えが出ていないのかを確認できたのは興味深く、また有意義だったと思っています。

研究結果や論文がすべてではないですし、社会環境の変化等によって今後「解」が変わっていくこともあるでしょうが、現時点ではこういう「検討材料」がある、ということだと受け止めています。


関連メモ

「日本はなぜ経済成長しないのか」シリーズ



働き方関連




注釈

*1:森川正之「生産性 誤解と真実」P.116

*2:前掲書P.110

*3:前掲書P.110

*4:(2022年の平日( 営業日数計算 - 高精度計算サイト で計算すると)245日 - 有給休暇20日 )× 8時間 = 1,800時間。2,200時間-1,800時間=400時間

*5:前掲書P.72

*6:前掲書P.121

*7:前掲書P.101

*8:前掲書P.102

*9:前掲書P.102

*10:前掲書P.106

*11:前掲書P.107~108

*12:前掲書P.107

*13:以上前掲書p.117~P.118、P.187

*14:以上前掲書P.147~P.148

*15:前掲書P.133~P.134

*16:前掲書P.135


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