(2022年10月8日更新)
神戸・御影にある乾汽船設立者・乾新治氏の邸宅「旧乾邸」。
よしてる撮影(以下同様)
渡辺節設計・1936年築の歴史的建造物で、阪神間モダニズム建築の傑作とされ、建物全体が神戸市指定有形文化財に指定されています。
ただ、公開時期が年に数週間しかない上、それがいつかはっきり決まっておらず、しかも抽選に当たらないと見られないというなかなかハードルが高い存在でもあります。
その旧乾邸の貴重な一般公開のチャンス「特別観覧」に運よく参加できたので、経験したことをメモします。
いつ、どうやって応募するのか
この「特別観覧」はだいたい春と秋、年2回開催されます。直近では次の通り。
- 2021年11月1日~8日(この回に参加できました)
- 2021年5月20日~26日 → 緊急事態宣言により中止
- 2020年11月2日~9日
- 2020年5月21日~27日 → コロナ禍により中止
応募期間は、上記特別観覧日程の2か月ほど前に神戸市のサイトで突然発表されます。
応募方法は往復はがき。
ところで、2021年の秋は、10月28日~31日の間だけ、すぐ近くにある白鶴美術館とのコラボ企画として、美術館来場者に無料公開していました。要は抽選不要ということです。ここ数年でこういう機会はこれ以外なかったと思いますが、もしまた同様の企画が開催されるたとしたら、大きなチャンスになると思います。
抽選倍率
私が当選した2021年11月の特別観覧では、各回の見学定員はコロナ禍により通常の半分程度、つまり20名程度となっていました。
以上の条件で、ガイドさんがおっしゃった倍率は「約6倍」とのことでした。
なお、私は「期間中の全日程見学可能」とはがきに書いていましたが、それで応募2回目で当選することができました。
↑ふだんはこうして閉ざされている乾邸の門、見た目と違ってなかなかの「狭き門」のようです。
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おすすめの見学方法
見学にはガイドさんがつきます。
私に説明してくださった方は60代後半~70代前半くらいの男性。乾邸の近所でお育ちになった方で、乾邸に関する様々な情報はもちろん、幼少期のころの乾邸周辺地域にまつわるエピソードなど、他では聞けなさそうなお話をたくさん語ってくださいました。
ガイドさんから離れて写真を撮っておられた方もいらっしゃいましたが、このお話を聞かないのはもったいない。
では写真はいつ撮るのか、なのですが、これは「あとでゆっくり」が正解だと思います。
というのは、この特別観覧、見学者が滞在できるのがだいたい1時間半くらいなのですが、そのうちガイドさんの説明があるのは前半の50分くらい。その後は、見学者が散り散りになって乾邸の各所で思い思いに写真を撮ることができるのです。
その時であれば、自分の好きな場所で、かつ人の写り込みも避けて写真を撮ることが容易になるというわけです。
(見学が始まった当初は人が一か所に集まっているので、こうした写り込みが避けられません)
なので、特別観覧では「前半はガイドさんの貴重なお話をしっかり聴き、後半で写真を撮る」がおすすめです(コロナ禍が収まり見学人数が増えた際は、また違ってくるのかもしれませんが)。
以降は、そんなふうにして撮影した乾邸の見どころをご紹介します。
(なお、特別観覧当日にも案内はありますが、写真は個人SNS(非商用)にはアップ可能。ただし他の見学者とご近所さんのプライバシーには十分配慮を、とのことでした。当然ですね。)
乾邸の見どころ
まあ、見どころは全部、という感じですが、特に感銘を受けたところをご紹介します。
北東面~玄関
正面からの眺めもすばらしいですが、北東面もまた別のりりしさがあります。
北東の庭。右にあるのは壁泉で、馬の水飲み場として使われていました。
車寄せ。
玄関ホール階段
入口。
この吹き抜け、来客はみな圧倒されたことでしょう。
上からの眺めも格別です。
この手すりもそうですが、木材は基本すべてチーク。角のラウンド部分には継ぎ目がありませんが、これは一本のチークから削り出されていることを意味します。現代ではこれほどの幹の大きいチークは入手不可能と言われているそうです。
ゲストルーム
2階からの眺め。旧乾邸はテレビドラマ(最近では「探偵・由利麟太郎」など)や映画の撮影でもよく使われますが、特にこのショットが定番だそうです。
1階。シャンデリアは二代目で(それでも50年くらいはたっているとのこと)、あとカーテンはさすがに替えているそうですが、それ以外は窓ガラスも含めすべてが神戸の震災を耐え抜き建築当時のままのもの。
このゲストルームからは隣の食堂を飛び越した先の和室が見えます。普段は扉で遮ってあったそうですが、西洋の華やかさを追求したゲストルームから見えるシンプルな和室のコントラストもクールです。
サンルーム
3階はサンルーム。
この写真だと伝わりにくいですが、広々とした気持ちのよい部屋です。
特筆すべきは大理石。巨大なひとつの大理石を切り出しています。その証拠に、石の模様がすべてつながっています。
バルコニーからは神戸の港が見えます。
天井には間接照明が。さすがに電球そのものは現代のものですが、当時の図面をもとに再現されており、青い明りも当時の指定に基づくものです。
北の窓から見える庭と屋根瓦。この瓦は一枚一枚色が変えてある手の込んだ貴重なもの。
意匠の妙
旧乾邸は、細部にも魅力があります。
玄関周り。ぶどうは豊穣のモチーフで、商売の世界では特に好まれたとのこと。このモチーフはこの館の随所に描かれています。
玄関ホール入り口わき。
玄関ホール床。
玄関ホール天井。ここにもぶどうが。
ゲストルームのヒーター口。
ゲストルーム天井。
こちらは使用人室にある「どの部屋から呼び出されているか」がわかるもの。現在、一本だけが正常に作動するので、実演していただきました。
庭園
なんと西側には日本庭園もあります。
日本庭園からの乾邸の眺めもなかなかマッチしているように感じます。
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この邸宅を見学できたふたつの幸運とは
乾邸のたどってきた道
施主・乾新治氏は、この邸宅が完成したわずか5年後に急逝。
ガイドさんのお話によれば、その後も乾家の方々が神戸の震災の頃までここにお住まいでしたが(こんな家に住むってどんな気持ちになるんだろう)、サンルームの修繕に数億円かかること等もあり相続税として国に物納。
ただ、そうなると、この邸宅が競売にかけられたのち、「売却→解体更地→マンション」となってしまう可能性もあるということで(残念ながら、実際にヴォーリズ建築として名高かった室谷邸(須磨)や乾邸すぐそばの小寺敬一邸はそうなってしまいました。)、地元の方々が地道な保存活動を継続*1。最終的には文化財指定された上で神戸市が買い上げ、現在は神戸市に要人が来訪した際の迎賓館としても使用されています。
このように、この傑作建築は、ただの古い豪邸ではなく、人々の思いと行動があって今に受け継がれてきた地域の財産であり文化財、といっていいと思います。
「富豪村」の貴重な「生き残り」
こうして今に残っている文化財は、実はひとにぎりに過ぎません。
もともと、このあたりは戦前に住友吉左衛門(住友財閥)、伊藤忠兵衛(伊藤忠商事)、野村徳七(野村財閥・野村證券等)などの豪邸が20件以上集まるエリアで「日本一の富豪村」と言われていました。なかでも久原房之介(久原財閥・日産コンツェルンの源流)の邸宅は甲子園球場2.5個分というスケールだったとか*2。
ところが現在、現存しているのは次のとおり(「豪邸」の定義にもよりますが)。
- 旧乾邸
- 村山龍平(朝日新聞)邸・・・香雪美術館
- 弘世助三郎(日本生命保険)邸・・・結婚式場・レストラン蘇州園(ガイドさんに「お金さえ出せば入れます」と言われました)
- 武田長兵衛(武田薬品工業)邸・・・武田薬品工業の社用施設(非公開)
実に8割程度の邸宅が姿を消しています。
つまり、旧乾邸は「富豪村」の貴重な「生き残り」なのです。
この邸宅を見学できたことは、抽選面での幸運があったのはもちろんですが、今に至るまでにたくさんの人々の思いや行動があったという幸運のたまものでもあると思わずにはいられません。
関連メモ