(2022年11月3日追記)
ザ・ビートルズの中でも大好きな、というか、この世のすべてのアルバムの中でも特に味わい深いと感じているアルバム「アビイ・ロード(Abbey Road)」。これのカッティングマスターを聴ける機会があるとのこと。
カッティングマスターとは、レコードやCDをプレスする元になるテープのことです。つまりレコードやCDよりも「オリジナル」に近い音がそこにある。
しかも、今回は専門のエンジニアの方が丁寧に整備した環境でそれを聴かせてくださるらしい。テープもUKマスター。
こんなチャンスは一生に何度もないだろう、とのことで拝聴しに行きました。
ものすごく音がいいんだろうな、という期待はもちろん裏切られなかったのですが、それだけでは終わらない期待以上のいろんな発見がありました。
会場とイベント概要
会場「スタジオ1812」の入り口。
2019年7月13日。
スタジオは兵庫県西宮市の住宅街に忽然と現れました。この中にあれほどの設備があろうとは・・・
イベント概要。
犬伏功さんの文章やトークは、膨大な知識と流れるようなテンポのよさ、そして何より音楽への愛情があふれていて(山下達郎さんも犬伏さんについてそんなようなことをラジオでおっしゃっていたそうですね)、いつも「おもしろくてためになる」んですよね。今回のイベントでもそうでした。目黒研さんもうまく犬伏さんのトークを引き出してくださっていたと思います。
今回のトークで特に「おもしろくてためになった」のは、日本盤"Let it Be"のシングルがなぜモノラルだったのかという話。B面のYou Know My Nameがモノラルしかない以上、JIS規格上A面のLet It Beもモノラルにせざるを得なかったそう。あと、The Beatlesからは離れますが「隠れ4チャンネルステレオ」の話も興味深かった。そんなものが存在しているのですね。目黒さんによればYMOにもあるとか。
テープの音
ホール。(以下、スタジオ内の写真撮影とブログ掲載については許可をいただいています。)
ここでテープの音を拝聴します。
参加者は20名弱。
まずはThe Whoの音源から。
私は彼らの音楽はほんの数曲しか知らないという体たらくなので、今回ここで拝聴した曲はほぼすべてをはじめて聴きました。なので「ここにいていいのかな」感はかなりあったのですが、もともとの曲を知らない分、テープの音の特徴を先入観なく感じることができたような気もします。
ではテープの音ってどんな音だったのか。
私は音楽は好きですがオーディオ機器にはあまり関心がなく、限られたお金はハードよりもソフトに使いたいという考えのもと、学生時代はおろか社会人になってもしばらくCDラジカセとヘッドホンステレオだけで音楽を聴いていたような人間です。今も家でもPC(MP3,128kbps)+DAC+デスクトップスピーカーレベル。それでも(それだからこそ)、テープの音には驚愕しました。
- イントロの衝撃:どの曲も本当に突然ガツンと始まる。その衝撃がレコードともCDとも違う。
- 粒度が物凄く上がっている:当たり前ですが各パートの明瞭度がすごかった。
- 特に低音のバランスが異なる:これがオリジナルであるのなら、家や外出先で普段聴いている音は低音を不自然にブーストしたものなのではないか、と感じる。テープでも低い音ももちろんはっきり出ているのだけれども、まったく別で自然にそこに存在している感じ。
- フェードアウトがものすごくクリア:音が小さくなってもうやむやにならずに音が消える瞬間まではっきり聴こえる。
大きな音だからそう聴こえたのでは、というのもあるかもしれません。でもそれだけじゃない、いつもとはまったく違う音像がそこにははっきりとありました。
イベント後半はThe Beatlesです。
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Abbey Road
ホールの後ろを振り返るとスタジオが。ここでテープがセットされ再生されます。
まずはPast Masters vol.2から、Paperback Writer, Rain, Get Back, Don't Let Me Down.
音の印象はThe Whoの時と同じ。でも「いつもの音」との差がはっきりわかる分、テープのすごさもより明確に理解できます。
とにかくかっこいいのです、演奏が、ヴォーカルが。
あと、Get Backの音が先の2曲と比べてどれほど違うのか(全体的にフラットでメリハリを抑えた感じ)もCDよりずっと明瞭でした。
スタジオ内のオープンリール(Reel to Reel)デッキ。こんなにオープンリールデッキが並んでいるのははじめて観ました。別フロアにも多数あり、計30台以上あるとのこと・・・
そして"Abbey Road"。
まず一聴して感じたのは「丸くない」。いつものあの独特のあたたかい丸みを帯びた音も大好きですが、このシャープさ、実にクールです。度肝を抜かれました。
Come Togetherは、ブレイク部分("Got to be a joker, he just do what he please"とか)のベースがずうっと鳴っているのにびっくり。
Maxwell's Silver Hammerはハンマーやサイレンまでクリアで(当たり前ですが)笑ってしまいました。
I Want Youの後半はもう凄すぎて何がなんだか。それだけに終わりの唐突感も、それこそ「はじめて聴いたとき以来」。
You Never Give Me Your MoneyとSun Kingのクロスフェードもいちいち全部聴こえるのでそこだけでもごはん何杯かいける感じ。クリア過ぎて笑える。
Golden Slumbersはポールのヴォーカルがリアルすぎてポールがそこにいるように思えて緊張したりもしました。
(そういえば、テープの音を聴く前は、「スタジオの息づかいが聞こえるような音」を想像していたのですが、このGolden Slumbersなどの例外を除けば、そういう感覚はありませんでした。考えてみれば当然ですね。スタジオライブ盤なのではなくて、パッケージとして完成された音なのですから。)
全体的には、ドラムとギターの音が特に違って聞こえました。
ドラムがこのアルバム全体を貫いた柱になっている。それがより強く体感できるのです。再生終了後、解説のお二人が「テープで聴くとリンゴの凄さが改めてわかる、特にB面」というようなことをおっしゃっていて、まさにその通りと思いました。
ギターはとにかくエッジの効き方がとんでもない。特にOh! Darlingのカッティングにはひりひりしました。
こんなAbbey Roadがあったんだ。というか、これが本当のAbbey Roadだったんだ。
それにしてもThe Beatles、何年聴き続けても新しい発見があるな・・・
ちなみにシメは"Bohemian Rhapsody"でした。なんという豪華なシメ方でしょうか・・・こちらも「耳福」としかいいようのない音でした。多人数コーラスパートでも音のスケールが大きいままなのが凄まじかった。
たくさんの方々の力で
スタジオのコンソール
以上、音について感じるままにいろいろ書きましたが、再生環境が極上だったことも重要です。なので感じたことのどこまでがテープの力でどこからがオーディオ環境なのかはわかりませんが、とにかく貴重な体験をさせていただいたことは間違いありません。
オペレーションも、デッキがこれだけあってかつプロの方の手になったおかげで流れるようにテープの音楽を楽しめたわけです。
テープやデッキの普段のメンテナンスにも膨大な手間暇がかかっているものと思われます。
そして、テープをお持ちくださった方々。せっかくなので多くの方々に聴いていただきたい・・・というそのお気持ち、本当にありがたいです。
たくさんの方々のお力とご厚意で、忘れられない体験ができました。ありがとうございました。
そして、この世界を知ってしまった今、あの曲やこのアルバムもテープでこの環境で聴きたいなあ・・・と欲が増したのはいうまでもありません。この気持ちは底なしですね・・・これまで年に1回のペースで開催されているこのイベント、もう少し頻度を上げていただくとありがたいです(お願いばかりで恐縮ですが)。
(2022年11月3日追記)
実は、カッティングマスターテープを体験した2019年時点では、アナログレコードのAbbey Roadは聴いたことがなかったのでした・・・
その後、「ビートルズとソロのみ、アナログのみ、試聴可能」という素晴らしいコンセプトをお持ちの奈良のB-SELSさんに出会い、アナログレコードの素晴らしさを知りました。このお店の魅力は後日改めて書きますが、マニアックな貴重盤も揃えつつ、私のようなアナログ初心者にも親切丁寧で敷居の高さを感じさせず、何よりビートルズへの大きな愛にあふれている(ソロ盤も4人とも充実!)お店なのです。
こちらで、2022年10月にUK初盤のAbbey Road(スタンパーの番号は大きいですが、音ははっきりしています)を購入したのですが、第一印象は・・・
非常に元気がよくいい意味で攻撃的!
かといって雑な音像というわけではなく、ポールのベースの息遣いなどはCDよりはっきり感じられ、リアルさもそこにはあります。
全体的に、その曲の聴きどころが前にせり出してきている、言い換えると、リスナーが聴きたいと思ったパートをちゃんと届けてくれるのですよね(これはB-SELSさんで以前購入したRevolver回収マト1でも感じたことです)。
これは、CDはもちろん、上記のマスターテープともまったく違った音です。
マスターテープについて「これが本当のAbbey Roadだったんだ」と書いたところですが、どれが「本当」というより、マスターテープ、アナログ、CDそれぞれが別個の「作品」と考えたほうがよいのかもしれません。