本
エマニュエル・トッド「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」
久々に出会った「読んだ後、世の中の見え方ががらっと変わる」本。
なぜアングロサクソンが世界を制覇したのか。それはイングランドやアメリカの家族制度が「親の権威が弱く、子どもは成人すると家を出る絶対核家族」だから。この家族制度は世代間の連鎖を断ち切りやすいので、産業革命などの新たな変化を受け入れやすい。
一方で、日本やドイツ、朝鮮半島、ユダヤ民族のような「親の権威が強く、兄弟の相続は不平等で、跡取りは家に残る」直系家族制度は伝統技術が継承されやすく、自民族中心主義のイデオロギーを持ちやすい。
中国やロシア、ベトナムのような「親の権威は強いが、兄弟は平等で、子どもは結婚しても親の家に住み続ける」共同体家族制度は共産主義イデオロギーを持ちやすい。
・・・というトッド氏の家族制度を軸にした人類史分析や、ソ連崩壊、トランプ当選、ブレクジットを「予言」した洞察力には以前から関心をもっていました。
しかし私には大きな疑問が残ったままでした。「じゃあ、なぜイングランドは絶対核家族で、日本とドイツは直系家族で、ロシアや中国は共同体家族なのか」。これが解き明かされない限り、家族制度が原因なのか結果なのかわからないじゃないか。
この本は、まさにその問い「なぜこの地域はこの家族制度になったのか」に対しシンプルかつ明解に回答しつつ、「実は核家族が一番古い家族制度」という驚きの論考から、「現代は伝統的な家族制度が変わってはきているが(日本も核家族がもはや主流ですよね)、その土地のかつての家族制度の「記憶」はまだまだ大きな影響を保っている」というような感覚的に同意しやすい話まで、大量のデータをもとに論述しています。
私は本を読んでいて面白いと思ったページには付箋を貼りあとでまた読み返すのですが、この本は上下巻700ページ中付箋を貼ったのが約200ページ。あまりの情報量の多さから、このブログで整理して書きたいのにそれがなかなか難しいという事態に陥っています。まだまだ消化に時間がかかりそうですが、来年も何度も咀嚼を続けていく本になるでしょう。
関連メモ:
放送大学テキスト「音楽・情報・脳」
こちらも、音楽、特に「非西洋の音楽」への見方をがらりと変えてくれる一冊でした。
たまたま、放送大学の番組表をブラウズしていたら、この「音楽・情報・脳」という講義名が目に入ったので聴いてみると、これが目からうろこの連続。
私はこういう音声コンテンツを家事をしながら聴くことが多いのですが、この講義を聴いている間は掃除や洗濯物を干す手を何度か止めることになりました。ながら聞きではもったいない(できない)密度の高い内容だったからです。
例えば、こんな内容。
- 人間の耳に聞こえない高周波を耳ではなく身体で浴びると、メンタルや身体にプラスの影響がある場合がある(トンデモ科学みたいな内容ですが、学術論文に掲載されており、国際的な引用数も多いそうです)
- 絶対音感教育を施された子どもの脳は、言語を司る部分の成長が抑制されることがある(絶対音感は脳の言語野の訓練で身につくことがある)
- 琵琶や尺八などの和楽器は、西洋楽器に比べ奏でる音に含まれる情報量が桁違いに多い。武満徹の「ノベンバーステップス」でオーケストラと尺八1本・琵琶1本で共演しても音のバランスが取れていたのはそのため
他にも多くの「目からうろこ」がてんこ盛りの内容な上、仁科エミ・河合徳枝・本田学の三先生のお話や「ライトワンス脳」「リライタブル脳」などのオリジナル用語も大変わかりやすく、非常に勉強になりました。
音楽
Ambient Kyoto (特にコーネリアス)
一番印象に残った音楽体験は、後述するビートルズの新曲を除けば、このAmbient Kyoto。
中でも、京都国際会館で行われたコーネリアスのライブは、本当にこの時だけの唯一無二のものでした。
何しろ、私が関西の近代建築の中で最も愛好していてこれまでに何度も見学に行っているその建築の中で、あのコーネリアスのサウンドが響いたのですから。しかもこの両者は、そのスタイルやクオリティーが実にぴったりマッチしている。奇跡のような組み合わせです。同じくコーネリアスの音楽をよく聴いている高校生の長男と一緒に見られたというのも、この経験をさらに思い出深いものにしてくれています。
Ambient Kyotoの展示もよかったけど、その中で一番おもしろかったのも、コーネリアスの"QUANTUM GHOSTS"でした。公式サイトより「360度に配置された20台のスピーカーから鳴らされる音像と、髙田政義による照明がシンクロする作品。」
(Corneliusこと小山田圭吾さんについては、東京オリンピック時の炎上などで、人として許せないことをした人物だという認識をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。私も一時期彼をそのように思っていたこともありますが、小山田さんご本人の説明やこの炎上をファクトチェックしたサイトや本を読んで、一連の報道から受けた印象と事実はかなり異なるものであると認識しなおしました。今の私は小山田さんの今後を見守っていき応援していきたいという気持ちでいます。)
The Beatles / Now and Then
人生の大切な一部になっているビートルズが新曲を出すのですから、これがただの新曲リリースで終わるはずはありません。
音楽だけでなく、ミュージックビデオ、リリースに至るまでの経緯、ジョン・レノンの残したデモからビートルズVerへのアレンジについてなど、感じたことや思うところはたくさんありますが、シンプルにこの曲は好きです。そしてポール、リンゴ、ピーター・ジャクソンがこのプロジェクトを進めてくれたことには感謝の気持ちしかありません。
私がこのリリースについて特に感じているのは「ビートルズがまたしても新しいお手本を創った」ということです。バンドが自ら最期を締めくくるという営みのモデルを。
偉大なクリエイター(ズ)の作品は、それが巨万の富を生む以上、本人たちの意思とは別のところでビジネスの力学が働き、いつまでもリリースやリイシューが続くのは必然だと思います。それがよいことなのかどうかは別にして。
ビートルズについてももちろん、今後はそういったことが続くでしょう。そんな中で「ビートルズというバンドの最期の作品はこれなんだ」と存命のメンバーがディレクションして、ピーター・ジャクソンのようなビートルズへの愛と理解が本物である別のクリエイターの力もうまく借りて明確なピリオドを打つ。そういう「バンドの幕引きにおける偉大なモデル」を提示した。それがこの一連のプロジェクトの意義であり価値なのでは、と感じています。
まぁ、ジャケットデザインだけは画竜点睛を欠いていると感じましたが(斜め線が赤青盤のジャケットとつながっているという話もありますが、角度がかなり違うし。雑。)。
2023年に再生回数が多かったミュージシャンランキング(Last.fmのデータから・アナログレコードは含まず)
- 坂本龍一
- Cornelius
- The Beatles
- Tame Impala ・・・京都のレコードバー「ビートルmomo」で聴いた"The Less I Know the Better"をきっかけにアルバム"Currents"がしばらくヘビロテ
- Brad Mehldau ・・・ビートルズのカバーアルバム "Your Mother should Know"がとても勘所を押さえたアレンジで旅行中こればっか聴いてた
- 藤原さくら
- namco
- J.S.バッハ
- Paul McCartney
- The Rolling Stones・・・普段ストーンズはほとんど聴かないが新作が気に入ってよく聴いた
そういえば、ランキングには入っていませんが、今年の4月ごろは矢沢永吉さんの「時間よ止まれ」をよく聴いていました。ドラムが高橋幸宏さんで、エンディングで聴こえるピアノは坂本龍一教授。この時期、二人のソロやYMOの音楽を聴くにはショックが大きすぎて、こういう「客演」で偲んでいたのです。
建築
龍谷大学大宮学舎
単にデザインの素晴らしい建築というだけでなく、制作側の気高い意識がそこに反映されているところに感銘を受けました。
龍谷大学はその前身が江戸時代から続く仏教の大学ですが、明治維新直後の廃仏毀釈の動きが激しい中、このままではいけないと危機感を持ち、あえて西洋建築のデザインも取り入れながら、仏教と和の精神を要所要所に取り入れたこの学舎を建てました。そういう新時代を切り開いていく意思がこの建築全体に反映されているように感じたのです。
客観的に見ても「建物がほぼ完全な形で、しかも『群』として遺り全体景観を形成していることは、明治建築物で珍しい事例」とのことです(公式パンフレットより)。実際、主な建造物はすべて国の重要文化財に指定されています。
なお、今回の見学は「京都モダン建築祭」のプログラムの一部でした。去年同様見どころ満載でしたが、白眉はやはりこれでした。建築祭のスタッフ各位にも感謝したいです。
坂本龍一教授追悼
これは「おもしろかった」ことではありませんが、心に残るという点では特別なことでした。この10年間で、私が最も繰り返し聞いた音楽は坂本龍一さんのものでしたから。
ですから、坂本さんの訃報に接したときには、それまでの様子から覚悟はしていたものの、まず底知れない喪失感が続きました。そのあとは、これまでの創造と活動に対する感謝の気持ちでいっぱいになっています。
果たして、幅広い分野(音楽だけでなく、アート、映画、哲学界など)から力の入った追悼特集が組まれましたが、その中で特に充実していると感じたのは、次の二つでした。
別冊ele-king 坂本龍一追悼号「日本のサカモト」
本書が特に充実していると感じた理由は、坂本さんを知る人たちからの、追悼というよりは証言のような文章が国内外から多数掲載されていたこと(「日本のサカモト」というサブタイトルなのに、他のどの雑誌より海外の方からのメッセージが多かったように思います)。それらを読み込んでいくことで、坂本さんの成し遂げた仕事の大きさだけでなく、作品の背景や創作クロニクルの中の位置づけなどの理解が深まりました。今後の作品鑑賞の大きな助けにもなりそうです。
J-WAVE GOLDEN WEEK SPECIAL A TRIBUTE TO RYUICHI SAKAMOTO
J-WAVEのこの追悼番組は、9時間という長さにもかかわらず、全くだれることがない豊富なプログラムの連続。こちらも同様に、幅広い分野の方々からの坂本さんについてのコメントを音声そして貴重な音源も含めて届けてくれたので、非常に価値の高いコンテンツとなりました。
一例を挙げると、番組の前半で流れていたデジタルガレージのCM。一応コマーシャルと言う形態をとってはいるものの、ほとんどが創業者たちからの坂本さんについての思い出話や、坂本さんの残した音声などで構成されていて、完全に番組の一部となっていました。このことだけでも、坂本さんの影響力や慕われ方のようなものを感じることができました。
そして、番組の要所要所で、坂本さんの音楽やインタビューが挿入されるのですが(公式リリースされていないものもけっこうありました)、これを9時間分も編集した方は本当に大変だったと思います。サッシャさんのやさしさと生放送進行のバランスの取れた落ち着いたナビゲートも安心して聴けましたし、制作側の想いもしっかり感じられた永久保存のラジオ番組でした。
もちろん、他の追悼記事・書籍も、寄稿者それぞれの想いが詰まった貴重なものであることは変わりありません。ひとつひとつ、大切に読んでいます。