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このところ立て続けに観たミュージシャンのドキュメンタリー映画、つまりジョージ・ハリスン、グレン・グールドのと違って存命中どころか今も世界を飛び回ってライヴを敢行しているポール・マッカートニーのドキュメンタリー映画。「ミュージシャンのドキュメンタリー」という点では同じでも印象は全く異なるものでした。本作は2001年の911テロを飛行機から目撃したポールが、多数のミュージシャンを集め1ヶ月後にチャリティコンサートを開くまでを描いたものです。
個人的には複雑な思いが残る作品でした。
まず、とても楽しんで観られたところ。
ポールのライヴにまつわる「日常」を切り取って提示してくれるところが、ファンにとってはたまらないものがあります。ホームビデオかそれ以下程度の画質や素人みたいなカメラワークも、ちょっとあざといけどもポールを追っかけてる臨場感があって画面に引きつけられます。
さらにファンとしては、バックステージが興味深い。コンサートが始まっているというのに次々と現れる表敬訪問者。普段は自分が表敬訪問されているような有名人達が続々と、ちょっとした(人によっては大いに)畏敬の念を感じつつポールのもとにやってきます(全くびびってないのは娘ステラとクリントン元大統領くらいか)。一人一人にフィットした対応をしているポール。「私はアーティストなので創造と表現に集中したい」とかいうタイプのクリエイターとはまったく違う世界にいる人だってことが改めてよくわかりました。それに、普通に考えると「大事なコンサートのトリで出るのでそっとしておいてくれ」と言ってもおかしくないシチュエーションなのに微塵もそんな雰囲気は見せず。まあもうトリが当たり前で慣れっこってところなのでしょうね(同じ人が各種チャリティでトリを務め続けることには、ポールファンである私ですらちょっとこの世界の閉塞感のようなものは感じてしまうのですが)。
あと、ほほえましいのは偶然ポールを目撃した路上の人々。その喜びぶり、めっちゃ同意って感じ。わかりますわかります。しかし一方で金目当てにサインを集める人たちを避けるため運転手さんに指示を出すポールや、見たところ路上生活者で音楽で身を立てたいと言う青年が金銭支援を求めると「力になれない。自力で解決してくれ」みたいに言う場面もはっきり伝えています。
まあポールのすごさを実感できるシーンをポール自らが作品にしているというわけなんですが、この人は人から拍手もらって生きているような面があって、私はそういうところも含めてポールが大好きなので、個人的にはこれは「ほほえましい」のです。
さて、少し居心地悪く感じたところ。
この作品では一貫して、ポールの意志を感じます。音楽の力を信じるポール。これはいいんです。もうひとつの、自由の敵は容赦しないという強い意志。ここになんだかなあという気持ちがあり、それは作品が終わるまでずっと続いていました。
「平和主義はいいんだけど、ヒトラーみたいな奴にも平和主義で対抗するのか」って感じのポールの言葉がはじめのころに出てきます。たしかにそうです。しかし・・・という気持ちが否めないのです。じゃあどうすればいいのか、という具体的な案は私にはありません。情けないことに。一方ポールは、音楽で「毅然とした対応」を果敢に実行している。持てる力を総動員して。文句のつけようがない、はず。でもなあ・・・というのが正直な気持ちです。
この作品、ポール以外のものも含め多くの名曲がフィーチャーされてますが、完奏されているのはひとつもなかったと思います。やはりコンサートの背景にある「思想」が第一のテーマなのでしょう。その根幹に、自分でもはっきりしない居心地の悪さを感じたのが私の正直な反応です。
とはいえ、私のポールへの敬愛の念はこの作品でいささかも衰えることはありません。本作のブルーレイももう予約注文してるし。だからこそ、ポールのすべてを無批判に受け入れることはしないでおこう、とも思っています。盲信しないことも、ポールの基本的な姿勢だと感じていますから。