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日本はなぜ経済成長しないのか(4)- 生産性向上政策の総まとめ

「日本はなぜ経済成長しないのか」を調べてみるシリーズ、生産性についての最終回です。

今回は、これまでに触れていない項目と、生産性向上政策についての総まとめを書いてます。

引き続き、生産性に関する多数の学術論文をベースにしている森川正之氏「生産性 誤解と真実」をもとに確認していきます。


規制緩和は平均レベルにはなっている

「規制があるからビジネスが伸びない」という話を聞きます。生産性にも影響があるのでしょうか。

OECD諸国のデータを用いた研究では、製品市場規制、雇用保護規制、直接投資規制と生産性の間には明確な負の相関があるとのこと(森川正之「生産性 誤解と真実」P.166))。やはり規制が多いと生産性は下がるのです。

では、日本の規制緩和レベルは国際的に見てどうなのでしょうか。

これもOECDの資料によると、規制指標(0~6の範囲。数値が大きければ規制は強い。2013年)は、日本1.41、OECD平均1.48、最大国2.46、最小国0.02となっています*1

つまり、日本の規制緩和はOECD諸国の間では平均より少し進んでいるのです。

もちろん、現存する規制にも撤廃したほうがいいものもあるでしょう。一方で、規制には社会的価値(生命保護など)を守るために妥当なものもあります。どんな規制を残し、撤廃し、新設していくのかは議論をしながら進めていく必要があると思いますが、少なくとも「日本は規制が厳しいので生産性が低い」とはいえない、ということはいえると思います。

どんな税制だと生産性は上がるのか

生産性だけに着目した結果

研究結果をまとめると次のとおりです。

  • 上げると生産性が下がる・・・法人税(設備投資や研究開発投資を抑制)、所得税
  • 上げても生産性へのマイナスの影響が小さい・・・消費税、財産税

この結論については、こんな分析があります。

  • 所得税1%を消費税・財産税に置き換えると長期的な一人当たりGDPは0.25~1%増加(OECD諸国データ)
  • 所得税と法人税を消費税に置き換えるとGDPが15%増える(日本)*2

生産性向上だけを考えるなら「法人税と所得税は下げて、消費税と財産税は上げる」のが正解、ということですね。

消費増税は消費を抑制させるので、経済へのマイナスの影響が大きいと考えていたのですが、それを上回る効果(GDP上の)があるということか・・・

考慮すべきポイント

とはいえ、同書でも述べられているのですが、法人税・所得税の減税は所得再配分を弱めるので高所得者に有利ですし、消費増税は逆に低所得者に不利です。そのため、こういう税制「改革」をもしやるのなら所得再配分政策を一緒にやる必要がありますね。


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地域振興か、都市集中か

生産性だけに着目した結果

地域振興は生産性にどう影響があるのでしょうか。

これは海外の2015年の論文ですが、都市の人口密度を2倍にすると生産性が2%程度高くなるという研究結果があります*3

やはり都市に人口が集中したほうが生産性は上がるのですね。

日本でもこんな研究結果が出ています*4

  • 対個人サービス業では人口密度が2倍だとTFP(生産性)は10%以上高くなる
  • 広告・デザイン・出版といった知識集約型事業サービスの生産性は都市の雇用密度が1倍だと5-10%高くなる
  • 社会資本ストック(鉄道、空港、通信といった産業インフラ)が10%増えると生産が1.5%増加。
  • 2000年以降のデータを用いた分析では東京都、千葉県、神奈川県、愛知県、大阪府などが収益率が高い

こうなると、じゃあ地方振興なんかやめて大都市一極集中するのが結論か、となりそうですが、この件ももちろん、考慮すべきポイントがあります。

考慮すべきポイント

同書でもこのように述べられています*5

誰でも郷土愛はあるし、人口規模が小さく移入者の少ない地域のコミュニティほどそうした傾向が強い。また、国・地方の政治家の選挙区は地域単位に設定されているので、政治的には地域振興政策への要請は強い。このため、どの国でもそうした政策が行われている。

では地方都市はどうすればよいのでしょうか。

同書で提言されているのは、都市のコンパクト化のほか、「外から稼ぐ力」のある産業の強化です。

「外から稼ぐ力」とは、海外への輸出や国内他地域への移出が可能な財・サービスを生産する産業で、具体的には製造業ですね。

たしかに、サービス業はサービスを地域の外に輸出することができないので「外から稼ぐ」ことはできません。しかし製造したモノを地域の外に売ることはできますから、その分雇用の拡大も期待できます。実際、製造業の雇用乗数*6は日本で1.2、アメリカでは1.6とのこと*7

ただしこの日本の雇用乗数、1990年代半ば以降は確認されていないそうです。これは労働力が地域を超えて移動することが少なくなったためだと言われています。

いずれにしても、地方でこそ製造業(外から稼げる産業)が重要、ということは理解できました。だからといって新たな製造業を立ち上げることはなかなか難しいように思います。となると、すでに伝統的で強みのある製造業を有する地域は、それを大切にしていくことが非常に大事、ということになるのでしょう。


企業へは「底上げ」か「新陳代謝」か

トータルで見ると新陳代謝が有効

同一産業内でも「企業間での生産性の分散は非常に大きい」ということが同書では述べられています。

では、生産性の低い企業は、生産性向上のための支援(底上げ)をしたほうがいいのでしょうか。それとも、そういう企業は市場から退出してもらった方がいい(新陳代謝)のでしょうか。

こんな研究があります。

  • 小売業全体の生産性向上はほぼすべてが新陳代謝(参入・退出)で説明できる
  • 製造業の生産性向上は「内部効果」(コストダウンや新製品開発)と新陳代謝の両方で成り立っている
  • そもそも、同一産業内でも企業によって生産性の違いは非常に大きい
  • 国による生産性の違いを生み出す決定的な要素は、企業間・産業間での資源配分の効率性*8

以上を見ると、トータルで見ると「底上げ」よりも「新陳代謝」のほうが有効(特にサービス業においては)、ということになりそうです。

新陳代謝を遅らせる原因は

ちなみに、こんな分析もあります。

  • 新陳代謝を遅らせる主な要因は低金利
  • 規模の大きい企業ほど生産性が高い
    • アメリカではこれが顕著に出ている。
    • 一方、欧州諸国では限定的*9
  • 日本では、1980年代半ば以降、一貫して廃業率が開業率を上回っている
    • また、開業率も米国などより低い
    • なぜか?有用な政策はわかっていない
    • 筆者(森川氏)の仮説:
      • 社会保障制度が雇用者と自営業者・中小企業経営者の間で大きく異なっている
      • 失業保険制度の存在

これだけを見ると、低金利がずっと続いていて開業率が外国より低い日本は、企業の新陳代謝がおきにくい国といえるのかもしれません。


生産性に影響するその他の事象

本書には、この他にも多数の「生産性に影響する事象」が網羅されていますが、その中で個人的に興味深かったものは以下です。

内閣交代の頻度

内閣の頻繁な交代は経済成長率に大きなマイナスの影響があります。

  • 内閣交代が4年に1回から2年に1回に増えると経済成長率は0.6%ポイント低下(発展途上国も含む値ではあるが)*10
  • 日本でのアンケート調査によれば、影響が大きいのが設備投資(66%)、正社員の採用(56%)*11

たしかに、政策がころころ変わると設備投資や正社員採用などの長期にわたる巨額の出費は控えたくなるでしょう。

そしてイノベーションにかかわる設備投資は、生産性に影響する最も大きな要素だというのは以前のメモでも確認したところです。

この点だけを見れば、小泉内閣や安倍内閣は長期政権でしたから生産性向上の面からはプラスの影響をもたらしていたといえそうです。ただし、両政権下でも低金利(企業の新陳代謝を遅らせる)は続いていましたが。

日中間の教科書問題や領土問題

  • 日中間の教科書問題や領土問題が起こると、日中貿易への依存度の高い企業の株価の低下、現地販売の急減、直接投資の長期的減少が起こる*12

これは当たり前でしょうし、そもそもこういった問題は生産性と天秤にかけて判断するものではないですが、こういう研究もちゃんとなされていること自体が興味深かったので挙げてみました。

外国人訪日客

  • 外国人訪日客は季節・曜日などの需要が日本人と異なるので、宿泊サービス業の生産性に大きく寄与している*13

コロナ禍ですっかり見かけなくなった外国人観光客。この人たちが日本経済にプラスの影響をもたらしてくれているのはもちろんですが、生産性という面でもこういう効果があったのか、と今さらながらに気づいたのでピックアップしました。日本の年末年始と中国の春節は時期が違う、という話ですね。

関連して、こんな研究結果も示されていました。

  • 物理的な距離が2倍だとその国・地域からの宿泊者数は3割少なくなる傾向がある
  • 地理的な距離が同じでも、国境を超える移動は6割以上少なくなる

こういったこともある程度数値化できるのがおもしろいです。もちろん、各国の経済力(特に国民一人当たりの所得)によって変わってくる要素もあるのでしょうが。

また、この点についても、観光客激増による地元住民の生活クオリティの低下等、考慮すべき他のポイントがあることはいうまでもありません。


総まとめ ー 生産性を上げる政策とは

これまで3つのメモで「生産性を上げるにはどうすればよいか」について、多数の学術論文を整理俯瞰している森川正之氏の「生産性 誤解と真実」からピックアップしてきました。まとめてみます。

もっとも重要な2つの政策

  • イノベーション・・・研究開発への投資
  • 人的投資・・・教育、人への投資
    • 教師の待遇改善(決定的に重要なのは教師の質)
      • 給与水準の引き上げ
      • 日本の場合は、教師の労働時間(業務量)削減が第一
    • 恵まれない子供への就学前の投資
    • 教育バウチャー(目的を限定して個人に支給する補助金)
    • (参考:教員資格を厳格化することは無意味)
    • (参考:学校のクラス規模縮小はプラスともマイナスともいえない)

労働環境の改善

  • 上司の質を上げる(どうやって?という問題はあるが)
  • 長時間労働はほどほどに(年間労働時間が2,000~2,400時間までなら生産性はプラス、それ以上になるとマイナス)
  • 休暇は確実に(仕事スケジュールの不確実性を減らすことが労働時間の短縮よりはるかに重要)
  • 解雇規制・非正規労働者の割合はバランスが重要
  • 本社機能の強化(本社機能部門が大きい企業ほど生産性が高い)
  • ハイテク産業におけるダイバーシティ(性別・国籍)推進
  • コンプライアンスコストは総費用の2~3%にも上っているので、費用対効果に基づく検証が必要
  • (参考:最低賃金引き上げについての研究は多いが、現時点では確定的なことはいえない)

生産性向上「だけ」を考えた場合の選択肢 ※他の観点からの検討も必要

  • 法人税・所得税を下げる
  • 消費税・財産税を上げる
  • 都市に人口を集中させる
  • 地方都市はコンパクトシティ化し、独自の製造業があれば強化する
  • 企業は「底上げ」(一律支援)より「新陳代謝」(生産性の低い企業は市場から退出してもらう)
    • 「新陳代謝」には低金利は不利
  • 内閣交代頻度を下げる
  • 日中間の教科書問題や領土問題を最小限に留める
  • 外国人訪日客の受け入れ促進
  • (参考:日本の規制緩和はOECD諸国平均より少し進んでいる)


ここまでのことが、学術論文で明らかにされていたのですね(なお、同書には他にも多くの研究結果が記載されています)。

特に教育関係については、賛否の議論が激しそうな分野でもしっかり結論が出ていることに驚くとともに、「ではなぜその議論が今も続いていて、政策に影響を与えているのか」という疑問が湧いてきました。

何度も書きますが、これらを政策にどう活かすか。学術論文がすべてではありませんが、専門家が長い時間をかけて研究しさらに多くの人々の査読に耐えた研究結果を有効活用することは非常に重要ですし、それこそ「政策の生産性」も上がるはずです。ひいては政治家の実績にもつながるわけですから、誰にとってもメリットはあると思うのです。

同書によると、日本政府の経済系白書は、OECD等国際機関の白書に比べ引用文献数も少ないし、文献に占める学術論文の割合も低いそうです(日本は9~25%、国際機関は30~60%)*14

この事実も、もしかすると、生産性にもっとも影響が大きいといわれる「人的投資」に日本がお金を使ってこなかった結果なのでしょうか。その結果、日本政府と国際機関で白書を作る人材の質に差が出てきているという。

だとすると、このことも、日本が生産性向上、ひいては経済成長において負のスパイラルに陥っている例のひとつといえるのかもしれません。残念ながら。



関連メモ



注釈

*1:前掲書 P.164

*2:以上 前掲書 P.244~255

*3:前掲書 P.209

*4:前掲書 P.210

*5:前掲書 P.215

*6:地域内の雇用創出効果。ある産業の雇用が1単位増えたとき、地域内の他産業に何単位の雇用が産み出されるかを表す。

*7:前掲書 P.217

*8:以上 前掲書 P.157~159

*9:以上 前掲書 P.159

*10:前掲書P.173。日本を含む多数国(発展途上国も含む)のデータを用いて分析。

*11:前掲書 P.176

*12:前掲書P.195

*13:前掲書 P.189~190

*14:前掲書 P.261~263


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