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災害の多い日本と治安の悪いアメリカ、どっちが安全?

2020年5月26日追記:以下の内容を、2020年1月25日、金沢大学・地震防災研究会にて「国内及びアメリカにおける地震災害及び犯罪による被害率比較分析事例」としてスライドにまとめ、口頭発表させていただきました。また、発表内容を、同年2月に水道産業新聞に掲載いただきました。

研究会をご紹介くださったTさん、門外漢の私をあたたかく迎え熱心に質問してくださった研究会参加者各位、水道産業新聞様に心から感謝申し上げます。


日本に住む外国人の驚き

知人のアメリカ人男性は、中国人の奥さんと一緒に兵庫県に住んで2年ほどになります。私の英語の先生です。彼との会話は、私の英語がつたないものであるにもかかわらず、月に一度の楽しみになっています。

奥さんも彼も日本での生活を楽しんでおり、しばらくは続けて日本に住むつもりでした。

ところが、2018年の夏、関西地方に比較的強い地震と台風が立て続けに来たことに奥さんがものすごくびっくり。これがきっかけで、あと数年くらいでアメリカかカナダに引っ越すことになってしまいそうだ、との話を聞きました。残念です。

たしかにあの地震と台風は、関西地方ではここ数年にはない大きなものでした。地震は6月、台風・豪雨は7月そして9月とこんなに続いたのも珍しい。ずっと関西に住んでいる友人・同僚も、もちろん私も、しばらく話題にしていたくらいですから、日本に住み始めてたった数年の、地震と台風に慣れていない人たちからすればかなりのショックだったことでしょう。


「災害の多い日本と治安の悪いアメリカ」・・・このイメージは正しいか

日本は自然災害、特に地震と台風が多い。外国人でも日本人でも、そういうイメージを持っている人はたくさんいると思います。

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2011年11月 福島県いわき市(よしてる撮影)


一方で、外国、特にアメリカは、自然災害は日本より少ないのかもしれないけど、治安が日本よりかなり悪く危険というイメージもあります(もちろんそれは地域によってもかなり違うのでしょうが)。銃社会で、しょっちゅう人が殺されているというような・・・

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Photo by Elijah O'Donnell on Unsplash


そんな「災害の多い日本と治安の悪いアメリカ」というイメージ、これは正確なものなのでしょうか。

さすがにアメリカより日本のほうが地震の犠牲者は多いだろうし、日本よりアメリカのほうが殺人事件の発生率は高いとは思います。

ではどの程度違うのか?結局どっちが安全なのか。それをデータで比べていくことにします。

(比較にあたって)

  • 被害にもいろんな要素があり、持ち物や家・職を失うこと、けがをすることも大きなダメージですが、このメモでは「死亡・行方不明者数」のみに焦点を当てます。
  • 人が不慮の事故で亡くなる原因はたくさんありますが、「殺人」「台風」「地震・津波」この3つに絞って比較します。
  • 以下、多くの人が犠牲になった出来事をデータとしてとらえ整理していきます。また、規模によっては省略している災害もあります。これらのことで気分を害される方がいらしたら、申し訳なく思います。


殺人

殺人については、時代によって発生率も変わってくるかと思います。なので、21世紀に入ってからのデータで比較してみます。

日米殺人(犠牲者)数比較

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出典:
統計局ホームページ/日本の長期統計系列/第2章 人口・世帯
総務省 人口推計 長期時系列データ
Census Bureau - Historical National Population Estimates
FBI - Crime in the United States
なお、アメリカの数値は「事件数」か「犠牲者数」のどちらであるかを読み取れなかったため、上記の記載としています。


人口10万人あたりの犠牲者数は日本0.90に対しアメリカはなんと5.20。5.7倍もの開きです。

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これはイメージ通りでした。「アメリカでは日本より約6倍殺人に逢いやすい」

というか、6倍ちょっとしか違わないのか・・・と思った私は、アメリカの治安を悪く考えすぎていたということですね。6倍って相当な違いですから。

では日本は、自然災害(台風・地震・津波)の被害がこれを上回るほど大きいのでしょうか。


台風

台風は、日本でも毎年犠牲者が出ていますし、特に近年は大型のものが頻繁に来ているような印象があります。

アメリカでも何年かに一度大きなハリケーンが甚大な被害をもたらしています。近年では「ハリケーン・カトリーナ」が記憶に残っている人も多いのではないでしょうか。

こちらは詳細が遡れる20世紀後半以降のデータで比較してみます。

日米台風犠牲者数比較

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*1事例ごとの犠牲者が40名以上のもののみを抜粋。
出典:
気象庁 日本に大きな被害を与えた台風の一覧
気象庁 | 災害をもたらした気象事例(平成元年~本年)
デジタル台風:台風被害リスト(国立情報学研究所・北本 朝展)
National Oceanic & Atmosperic Administration, Hurricane Research Division


やはり日本では、アメリカよりずっと多くの被害がありますね。人口10万人あたりの犠牲者数は日本0.18に対しアメリカは0.05。3.6倍の差があります。

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「日本では、アメリカより約4倍、台風の犠牲に逢いやすい」のですね。

ただ、少なくとも日本では殺人よりも台風で犠牲になることのほうが「ありえる」ことだと思っていましたが、違っていました。

台風よりも殺人で死ぬ可能性のほうが高い

「台風よりも殺人の犠牲になる可能性のほうが、日本でも5倍、アメリカではなんと140倍、高い」 これには驚きました。

日本でも、数字の上では「台風で亡くなった人を1人知ってるとすれば、殺人事件の被害者は5人知ってる」ことになるのか。

もしかするとこれは、その人が住んでいる家庭や環境などによって大きく異なるものなのかなあ。「そんなバカな」と感じるか、「そんなもんだろう」と思うか。「そんなバカな」と思える人(私もそうです)は、恵まれた家庭・環境で暮らしているのかもしれません。

その他、感じたこと

  • 「21世紀に入ってから大型台風(犠牲者数40名以上)の頻度が増している」という感覚に対しては、日本よりむしろアメリカのほうがあてはまっている。
  • とはいえ日本においても、2018年の台風第7号は過去50年ぶりの犠牲者数だった(このメモの冒頭で中国人の奥さんがびっくりしてしまった台風)。
  • 2019年の台風第19号の被害も記憶に新しいので調べてみると、こちらは犠牲者数99名。浸水家屋数が非常に多いため、1977年の沖永良部台風(犠牲者1名)以来、42年ぶりに台風に名前がつけられる見通し。出典:消防庁-令和元年台風第19号及び前線による大雨による被害 及び消防機関等の対応状況(第63報))気象庁、台風19号を命名へ 42年ぶり | 毎日新聞
  • 日本の50年代の犠牲者は文字通り桁違い。その後の推移を見ると、やはり災害対策やインフラの整備が功を奏したと考えていいのかもしれない。
    • しかし、50年代の伊勢湾台風はその後の台風よりも実際に強大だったという指摘もある。参考:デジタル台風:過去の台風災害・被害
    • このこともあるので、集計対象期間をこれよりも短くすることは不適切と考えた。
  • 80年代・00年代それぞれの中ごろは、たまたま大きな台風が少ない時期だったんだな。80年代は私自身の10代にあてはまるけど、人間、その時期に経験したことを「常識」にしがちなところがあるので気をつける必要があるなと思った。


地震・津波

地震と津波。これは毎年大きいものが発生するわけではないので、長いスパンで集計したほうがいいでしょう。1901年から2018年まででやってみます。

日米地震犠牲者数比較

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*1事例ごとの犠牲者が100名以上のもののみを抜粋。日本の対象人口は内地在住の日本人、1945~70年は沖縄県を含まない。
出典:
気象庁 明治以降1995年までに、我が国で100人以上の死者・行方不明者を出した地震・津波
気象庁 日本付近で発生した主な被害地震(平成8年以降)
The U.S. Geological Survey (USGS) , The Advanced National Seismic System (ANSS) Impact Summary
National Centers for Environmental Information The NGDC/WDS Tsunami Event Database


これはもう予想通りというかそれ以上というか、大差がついています。

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「日本では、アメリカより約68倍、地震の犠牲に逢いやすい」

そして、もしかすると・・・とは予想していましたが、次のこともわかりました。

「日本では、殺人よりも1.5倍、地震の犠牲に逢いやすい」

地震は、ご存じの通り、一度でものすごく多くの方の命が失われることがあります。ただしそんな大地震はしょっちゅうは起こらない。一方、殺人は毎日起こっている。そんな両者を比べるのはおかしいのかもしれませんが、長いスパンで見ると、数字の上ではこうなるのです。

その他感じたこと

  • 日本の高度成長期~バブル期は大地震がなかったことも幸いしたという話を聞いたことがあるが、この表を見ると本当にそうかもと思えてくる。
  • アメリカでもカリフォルニアって地震よく起こってなかったっけ?阪神大震災の前にもたくさん人が亡くなっていた気がするけど・・・と思って調べてみたら、死者は60名だった(1994年のノースリッジ地震)。出典:アメリカ地質調査所
  • 日本もアメリカも、20世紀(1908~1995)の間は同じくらいの割合で人口が増えている(2.7倍と3.1倍)。その後、日本は減少が始まったが(そして今後激減する)、アメリカは引き続き人口を増やしている。


災害の多い日本と治安の悪いアメリカ、どっちが安全?

日米どちらが安全か

さてここで、「殺人、台風、地震・津波」に限って、日米比較をまとめてみます。

人口10万人あたりの日米「殺人、台風、地震・津波」犠牲者数(人)
  1. 殺人(アメリカ) 5.20
  2. 地震・津波(日本) 1.36
  3. 殺人(日本) 0.90
  4. 台風(日本) 0.18
  5. 台風(アメリカ) 0.04
  6. 地震・津波(アメリカ) 0.02

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日本の自然災害も猛威をふるっていますが、アメリカの殺人はそれを軽く(重く、というべきか)上回る数です。

10万人あたり被害者数合計は、

  • 日 本・・・2.45人(a)
  • アメリカ・・・5.26人(b)
  • b/a = 2.15

よって、この結果を見る限りでは、「災害の多い日本と治安の悪いアメリカ、どっちが安全?」と聞かれれば、「災害が多くても日本のほうが約2倍安全」といえるようです。

殺人と地震

ただ、「殺人、台風、地震・津波」のうち、一番避けにくいのは地震のように思います。

殺人だって避けにくい側面はあるけど、危険なエリアには行かないとか治安のいい場所に住む等の対策はとれそう(経済力があれば、ですが)。

そのことを考えると、日本のほうが安全だと断言はできないような気もします。

そもそも、日本ではこれらよりも交通事故によって亡くなる可能性のほうが高いわけで(2018年で10万人あたり2.79人。出典:警察庁交通局)、気をつけるならまずそちらなのかもしれません。


地震は「人類が最後まで手こずっている自然災害」

自然災害に話を戻します。

こんなグラフがありました。世界の自然災害の犠牲者数を10年ごとにまとめたものです。

https://ourworldindata.org/uploads/2018/04/Global-annual-absolute-deaths-from-natural-disasters-01.png
Natural Disasters - Our World in Data(クリエイティブコモンズ)

これを見ると次のことがわかります。

  • 自然災害の犠牲者はこの100年でかなり減っている
  • かつては干ばつ(グラフの青)と洪水(水色)による死者が圧倒的多数だったが、21世紀に入ってからは地震(赤)が過半を占めている

つまり、人類が最後まで手こずっている自然災害、それが地震ということですね。

現代社会において、自然災害のうち、もっとも避けにくいのは地震なのです。

なので、日本に地震が多いという事実から、「アメリカで殺人に逢うよりは可能性が低い」というような比較論で目を背けるのは危険、ともいえると思います。


まとめ

  • 「災害の多い日本と治安の悪いアメリカ、どっちが安全?」と聞かれれば、殺人、台風、地震・津波に限れば、データ上「日本のほうが約2倍安全」といえる
  • しかし、自然災害のうち、もっとも避けにくいのは地震である。地震はそれだけ避けにくいものだから、日本で生きていくなら地震災害から目を背けるべきではない


上記表のExcelファイル(よしてる集計)

計算式やデータの詳細はこちらをご覧ください。

日米比較-殺人・台風・地震・津波の犠牲者数

戦前の日本の人口に台湾や朝鮮半島の人々は含まれているのか(含まれていない)、アメリカの殺人数に911のテロは含まれているか(含まれていない)等、データの注についても記載しています。

発表スライド(ブログでの公開にあたって一部修正)

drive.google.com

このスライドの英訳版



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