庭を歩いてメモをとる

おもしろいことや気になることのメモをとっています。

村上春樹再読会(3)-「一人称単数」

村上春樹さんの作品をファンの友人二人と再読する会、第3回は短編集「一人称単数」。2020年刊。単行本としては現時点の最新作です。

一人称単数 (文春e-book)


全体を通しての感想

  • 各短編のキーになることばや内容を、春樹さん自身が作中に書いているのがこの短編集の特徴かも。
    • 特に顕著なのが「クリーム」。老人が「中心がいくつもある円や」と語るところなど(それが何なのかは結局読者に委ねられているわけだが)。
  • 全体的に中途半端なのが特徴。完成した、書き切ったという感じがしない。
  • 女性に寄っている(女性の登場人物に意識が傾いている)傾向がある。

私自身は、この短編集はそれほど好みではないのですが、その理由は上記の1番目と2番目に現れているような気がしています。中途半端も時にはいいんだけど、私の好みではなかった。


石のまくらに

あらすじ:大学時代、「僕」がアルバイトをしていたレストランの同僚女性が、自作の奇妙な短歌集を郵送してきた。

こういう感じの人(同僚女性)が今までの春樹作品には出てこなかったように思う。

Now the Time、3月の水、We’ll Meet Again・・・ジャズやボサノバの名曲・名盤のタイトルが短歌に使われている。それぞれチャーリー・パーカー、アントニオ・カルロス・ジョビン、ヴェラ・リン(ロス・パーカー、ヒューイ・チャールズ作)。(ジャズをほとんど聴かない私はこのことにまったく気づいていませんでした。こういうのも読書会ならではの愉しみですね。)


クリーム

あらすじ:浪人生の「僕」に、それほど親しくない同級生だった女性からピアノ演奏会の招待状が届いたので会場に行くと、会場は閉まっていて発表会が行われている様子がまったくなく途方に暮れていたところ・・・

不思議な話。春樹作品はたいていそういう話だが、これは特にそう。

春樹さんは、これで心に引っかかっていたものを吐き出したのではないか。この短編集全般に言えることだが、過去に自身が経験し消化しきれなかった出来事を、小説というかたちで昇華しているのではないか。そして、その後、一時期語っていた「総合小説」(大作)を書くのではないか。


チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ

あらすじ:大学時代の「僕」は「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」という架空のアルバムの記事を書いたが、その15年後・・・

浅い作品だと思った。素人が趣味で書くにはかまわないけど・・・

菊地成孔さんがこの作品を絶賛していたそうで、まあ、響く人には響く作品なのかも。


ウィズ・ザ・ビートルズ

あらすじ:「僕」が高校の時つきあっていた女性の兄は「記憶の配列が狂う」ことがあったと語ったが、大人になってからその兄と偶然再会する。

嫉妬、がテーマなのだろうか。「品川猿」を連想したりもした。
東京奇譚集(新潮文庫)

年上の男性を好意的に書いているのは珍しいのではないか。

冒頭に登場する「ウィズ・ザ・ビートルズ」をかかえた少女が本当に冒頭しか出てこないことに虚を突かれる。


ヤクルト・スワローズ詩集

(エッセイなのであらすじは省略)

書きたいことを書いた、という感じ。

ここでもジョン・フォードの映画「アパッチ砦」についての言及がある。「めくらやなぎと、眠る女」にも出てくる。春樹さんにとって大事な映画、ということだろうか。

黒ビールの売り子が謝る話と、それに対して「黒ビールを待っていた」という話、本当にこれは日々繰り返されていることだろうし、もし私(たち)が同じ場面に遭遇したら、春樹さんと同じように言うだろう。


謝肉祭

あらすじ:「僕」がこれまで出会った中で最も醜い容姿を持つその女性は、ピアノ音楽の中でシューマンの「謝肉祭」が最も好きだという共通点があったので、頻繁に「謝肉祭」の観賞会を催したことがあったのだが、ある日その女性がテレビのニュースに登場していることを知る。

電話番号なくすというくだり、「中国行きのスロウボート」を連想させる。
中国行きのスロウ・ボート (中公文庫)

この短編に限らず、本作で執拗に過去にさかのぼるのはなぜだろうか?春樹さん、吐き出したかったということだろうか。

ここで語られている音楽観については共感するものがかなりあるし、こういう観賞会ができたら楽しいだろうと思う。

本作には終わり際に付け足しのようなエピソードがあるが、これこそが本編なのではないか。


品川猿の告白

あらすじ:「僕」は、地方の温泉宿で働き言葉を話す猿から「気に入った女性の名前を盗む」ことがあったという告白を聞くが、その後、東京で知り合った女性編集者が自分の名前を忘れたと聞き・・・

この短編集にあまり見られない、春樹さん独特のユーモアをこの作品に凝縮させてある感じ。

この短編集の冒頭に描かれている「猿がレコードプレイヤーで音楽を聴こうとしている」イラストに描かれたプレイヤーは、私(よしてる)がつい最近買ったプレイヤー(DENON DP-300F)と同じに見える。

イラストはこの記事でも見られます。
natalie.mu

よしてるのプレイヤー。

DENON DP-300F

上の記事によると、編集者の方がイラストを担当した豊田徹也さんにこのプレイヤーを買ったそうですね。


一人称単数

あらすじ:「僕」が普段着ないスーツを着て初めてのバーに行ったところ、面識のない女性から身に覚えのないことで罵倒される。

ここでの罵倒の内容は、春樹さんが普段、作品や自身について言われていることではないだろうか。

その女性が言った「ギムレット」という言葉を、いちいち「ウォッカ・ギムレット」と訂正するところ、春樹作品に登場する「わざわざ余計なことを言って敵をいらつかせる」行動の典型。

たとえば、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」に出てくる主人公が、自分の家に乱入して物を壊しまくる、体格が大幅に違ういとこ同士の二人組に「あまり中間的な体型を産出しない家系なのかな?」と言うところを連想したり。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(上)(新潮文庫)



私個人はこの短編集はあまり好きではないのですが、ひとつ選ぶとすると「謝肉祭」かなあ。物語の「不思議な話ではあるが、なんとなくありえることのように感じる」と感じさせる妙な説得力と、作品の中に描かれている「謝肉祭」のいろんな演奏を聴くというその行いに惹かれます。



さて次回は何を読むか。

話し合って、順番を「最新作」「第一作」「最新作より一つ古い作品」「第二作」・・・というふうにしていくことになりました。手塚治虫「火の鳥」方式*1ですね。

というわけで、今回が最新作だったので、次回はデビュー作になります。「風の歌を聴け」です。


関連メモ


(広告)