雑誌「kotoba」で知ったこと、第2弾です。
ホワイトアルバムばかり約3,000枚
ホワイトアルバムだけを何枚も何枚も集めている人がいるアメリカにいる、と言うことは知っていました。
(ホワイトアルバムとは:ザ・ビートルズが1968年に発表したオリジナルアルバムで、正式タイトルは"The Beatles"。ジャケットにはタイトルと通しナンバー*1以外何も描かれておらず真っ白なことから「ホワイトアルバム」と呼ばれています。)
このジャケットを見て、デーブ・スペクターさんは・・・
自分はどれくらいバカな若者だったかというとビートルズのホワイトアルバムにカバーアートがないから店に返した
— デーブ・スペクター (@dave_spector) August 12, 2021
さて、そのアメリカ人は、とにかくホワイトアルバムが好きで、いろんな国のいろんなプレスを集めている。あるいは、少しでも若いナンバー(のほうが価値があると考える人が多い)を集めていくうちにどんどん枚数がたまった、そういう筋金入りのレコードコレクター・・・なのだと思っていました。
しかし、この「kotoba」を読んで、それが勘違いだったことがわかりました。その人はアートとしてホワイトアルバムを集めているのです。
その数、2,887枚(2021年8月13日現在)。
そしてそのプロジェクトというかアートの名は"We Buy White Albums"。
そんなにたくさんホワイトアルバムを集めることがなぜアートなのか。
まず百聞は一見にしかず。このコレクター、いやアーティストのラザフォード・チャン氏は、収集したホワイトアルバムをInstagramにアップしています。そこから目をひいたものをピックアップしてみます。
ホワイトアルバムギャラリー
こちらは、まっ白なホワイトアルバムのジャケットをキャンバスに見立てた一種のアート作品ですね。
そうか、こういうこともできるのか。
しかしチャン氏は、こういうホワイトアルバムだけを集めているのではありません。こんなのもあります。
これは手紙でしょうか。ジャケット一面に英文が書かれています。
これも、他の音楽アルバムではちょっと難しい「使い方」であり「楽しみ方」かもしれません。
ちなみにチャン氏は「リチャード・ハミルトンが1968年にこのジャケットをデザインしたとき、こういうことを予見していたのではないでしょうか」と語っています*2。
たしかにこれは、ハミルトン氏のデザインあってこそ。そこにこのレコードのかつてのオーナーのアクションと、チャン氏のアイデアが合わさってできた「アート作品」といえそうです。
一方で、こんな、普通のレコードショップだったら買い取ってくれないような、大きく破損したジャケットもあります。この理由は後述します。
さて、集められたホワイトアルバムの中には、もちろん日本盤もたくさんあります。帯がついているからすぐわかるのですが、中にはこんなものも。
これは、この電気店で配られたレコードのビニール袋に入っている状態でしょうね。それにしても、インスタでひたすらホワイトアルバムのジャケットばかり眺めていく中、いきなりこれが現れると結構インパクトがありました。
どんな人が、なぜ集めているのか
こんなレコードの集め方、というか、このアート活動を考え実行しているラザフォード・チャン氏は一体どんな人で、何を考えてこれをやっているのでしょうか。
ラザフォード氏は、ニューヨーク在住のアーティストで、台湾人の両親の元カリフォルニアで育ちました。15歳の時に、ガレージセールで最初のホワイトアルバムを1ドルで買ったのが始まりだそうです。
「アビイ・ロード」なども持っているけれどもあくまで集めているのはホワイトアルバムだけ。
なぜなら彼は「レコードというマテリアルが年を経て物理的に変化していくこと」に最も興味を持っているのだそうです。
なので彼にとって真っ白なカバーのビートルズのホワイトアルバムは「完璧な収集対象」なのだとか。
もちろんレコードがミント(美品)かどうかは関係なく、むしろ「傷んだ」ホワイトアルバムのほうに興味を持ちます。だからどんなコンディションでも喜んで引き受けるとのことです。
ちなみに彼は、毎日ホワイトアルバムを聴いているそうです。ただ集めるだけでなく毎日聴く。すさまじい人生だと思います。
100枚同時再生サウンド
しかも彼は、いつも展覧会の最後に、ホワイトアルバムA面100枚を同時に再生したサウンドを作ります。
それがなんなのって?これ、同じアルバムとはいえ、再生速度やバージョン(ステレオとかモノとか)が違うせいで、どんどん音が合わなくなっていくんです。
これも1つのアート作品といえるでしょう。
私も聴いてみました。Back in the U.S.S.R.はまだ普通に聴ける(とはいえ独特の分厚い音色がおもしろい)のですが、2曲目のDear Prudenceあたりから音がずれ始め、だんだんと曲が崩壊していきます。不協和音というよりもノイズの中に音楽が埋もれていくような感じです。
そしてA面ラストのHappiness is a Warm Gunあたりになるともうほとんど曲を判別できなくなり、それは「ホワイトアルバム」ではなく「ノイズの大海」になってしまいます。
いやはや、ほんとにいろんなアート作品があるものです。そしてアルバム1つからこんなにたくさんのインスピレーションを生み出して私たちを楽しませてくれるビートルズのホワイトアルバム、そしてラザフォード・チャン氏のアイディアには驚かされました。
"We Buy White Albums"の公式サイト
日本のアーティストによる「ビートルズ全曲同時再生アート」
ところで、最後のホワイトアルバム100枚同時再生サウンドファイル、これに似たようなアート作品を発表している日本人のアーティストがいらっしゃいます。このことも雑誌「kotoba」に紹介されていました。
この方、藤本由紀夫さんは、なんとビートルズの公式発表曲213曲を同時に再生することで、「遠くからはノイズにしか聞こえないその音の塊をスピーカーの近くに行くと1曲1曲が聞き取れる」というその体験をアート作品(サウンド・インスタレーション)として提供していらっしゃったのです。
その様子が次のサイトにレポートされています。BOSEのスピーカーを213セット用意したようですね。これもお金のかかるアートだ・・・
ちなみにこの記事にはビートルズのビの字も出てきませんが、何か事情があったのでしょう(音楽著作権への配慮でしょうか)。
雑誌「kotoba」の記事から
このメモは、「kotoba」掲載の美術編集者・美術評論家の楠見清さんによる記事「2062年のザ・ビートルズ美術館-仮想設立計画と鑑賞ガイド」に書かれた内容をもとに調べたものです。
この記事には、他にもビートル(ズ)とアートとのかかわりが広く網羅されてており勉強になりました。
たとえば、ポール・マッカートニーが抽象画家ウィレム・デ・クーニングと親しかったこと。そういえばポールの会社mplのオフィスにもクーニングの絵が飾られているのですよね*3。
Paul with Willem De Kooning in East Hampton, 1983. Photo by Linda McCartney #ThrowbackThursday #TBT pic.twitter.com/goS5rLmTBE
— Paul McCartney (@PaulMcCartney) 2016年2月25日
ポールの描いた絵"Big Mountain Face"(1991年)も掲載されていました。
Embed from Getty Images
(Photos by Arnaldo Magnani/Liaison)
他、ビートルズをモチーフにしたもっとも古いアート作品といわれるデヴィッド・ウィンによる彫像「四人の頭部」(1964年)と、ウィンがビートルズをマハリシに紹介した縁(マハリシの彫像も作ったことがあるため)など、未知のエピソードもたくさん。おもしろかった。
このような、ジャンルを飛び越えたクロスオーバーな記事こそkotobaの真骨頂と感じ入っているところです。
「kotoba」の他の記事から
関連メモ
出典・注釈
*1:CDについては、ほとんどの盤に通しナンバーは印刷されていません。
*2:出典:Dust & Grooves – Adventures in Record Collecting. A book about vinyl records collectors Rutherford Chang - We Buy White Albums - Dust & Grooves - Adventures in Record Collecting. A book about vinyl records collectors。以後、ラザフォード・チャン氏の発言はこの記事からの引用・和訳。