最近、生活保護についての意見を聞く機会が多くなりました。
その意見とは「生活保護を受けている人たちは、本当は働けるのに働かず、代わりに生活保護で暮らしている」というものです。
要は、ずるをしている人たちだと。
実態はどうなのか。
まずは、生活保護を受けている人たちがどんな人たちなのかを調べてみました。
働けるのに働いていない?
高齢者・傷病・障害者世帯で8割
厚生労働省のサイトにこんなグラフがありました。
これを見ると、高齢者が半数以上。
傷病・障害者世帯も合わせると実に8割。
これは「そもそも働くことが難しい世帯」です。
「その他世帯」の実態
では、それ以外はどうなのか。
まずひとつは母子家庭。もう一つは「その他世帯」。
母子家庭はイメージしやすいですが、「その他世帯」というのはどうなのか。
これも、世帯の中をひも解いてみると、世帯メンバーの半数は10代から60代以上です。
またここには、障害者世帯や傷病者世帯に入らない、中軽度の障害や傷病を持つ人たちも含まれています*1。
なので「その他世帯」の人たちも、そのうち少なくとも半数以上が「働くのが難しい人たち」といえそうです。
ほとんどは「そもそも働くのが難しい人」
以上をまとめると、
生活保護受給者の86%くらい、つまりほとんどは、「働けるのに働いていない」のではなくて「そもそも働こうとしても年齢や障害などの理由で働くことが難しい」人たちなのです。
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不正受給は?
99.5%は適正
でも、生活保護といえば、不正受給している人が多いというイメージもあるけど・・・
たしかにそういうケースもあります。
しかし、金額ベースいうと、その割合は0.5%*2。
つまり、99.5%は不正ではなかったということです。
もちろん、0.5%でも不正は不正ですから、このままでよいということにはなりません。
生活保護受給者から保護費を搾取する「生活保護ビジネス」*3ともつながっている問題ですから、対処が必要です。
しかし「生活保護は不正受給が多い」とはとうてい言えません。
受けてよいのに受けていない人は多い
そして、そもそも日本では、生活保護を受けてよい状態なのに受けていない人の率が外国に比べ圧倒的に多いです。
日本では、生活保護基準以下の低所得者で生活保護を受給していない人が82~84.7%ほどいます。
これに対して、フランスやイギリスではそういう人は10%未満。つまり生活保護を受けられる人は9割以上が受けているそうです*4。
新たな疑問
さて、
- 生活保護受給者のほとんどが「そもそも働くのが難しい」し不正もしていない
- 逆に、生活保護を受けられる資格があっても受けない人が多い
ということはわかりましたが、新たな疑問が浮かぶ方もいらっしゃるかもしれません。
その疑問とは・・・
高齢の生活保護受給者って、最初から「年金保険料を払わず、生活保護をあてにしていた」人たちなんじゃないの?
実は、制度上、年金保険料を払っていなくても、生活保護を受けることはできます。
となれば、年金を払わずに生活保護を受けたほうがトクだと考える人もいるかもしれません。
これについても調べてみます。
年金保険料未納のデメリット
しかし、生活保護受給者には、年金受給者と違って生活に多くの制限がかかります。行政の管理下に置かれる、自家用車や預貯金が原則持てない、など*5。
また、障害年金が受けられないというのも大きなリスクです。
国民年金には、老後にもらえる年金のほかに、けがなどで障害が残った場合に受けられる障害年金という制度もあるのですが、年金保険料を納めていないとこれを受け取ることができないのです*6。
最低賃金労働、年金、生活保護。いちばんお金がもらえるのは?
年金保険料を納めていないとデメリットがある。
しかし、大事な点をまだ確認していません。
どちらがたくさんのお金を受け取れるのか。
比べてみます。ついでに最低賃金で得られる収入とも。
- 国民年金支給額(2021年度・満額*7) 65,075円
- 厚生年金支給額(2021年度・夫婦2人分の老齢基礎年金を含む標準的な年金額) 220,496円
- 生活保護支給額(2016年平均*8) 144,310円
- 最低賃金で1か月労働・時給930円(2021年全国平均*9)×8時間×20日=148,800円
これを見ると、額の多い順に、
厚生年金 > 最低賃金労働 >(僅差)生活保護 > 国民年金
という順番になることがわかります*10。
国民年金より生活保護のほうがたくさんお金をもらえる!
そして、最低賃金労働と生活保護、もらえるお金はだいたい同じ・・・
いびつな制度
これはむちゃくちゃです。本来なら
最低賃金 > 年金 > 生活保護
という順番になるべきではないでしょうか*11。
この「本来の順番」は、厚生年金に加入している人や、給料がある程度受け取れる企業の社員にはあてはまります。
しかしそれ以外の人たち(多くの社会的弱者はここに含まれる)にとっては上記のむちゃくちゃでいびつな順番のままです。
このような状況では、多少のリスクを覚悟しても「年金を支払わず、将来は生活保護で生きていく」という判断をする人が出てきてもおかしくありません。
なお、中橋創さんによる「国民年金の未納と代替行動」(京都産業大学学術リポジトリ)によれば、年金保険料を支払っていない人のうち、将来生活保護に頼れることをあてにしている人は2割程度いるとのこと。
もちろんそれは国民年金法違反で、対処が必要な問題です。
でも、それを国がすすめているような、弱者に厳しく強者に優しいこの制度設計自体がまずおかしい、ということを言いたい。
満額でも足りない年金
そもそも、国民年金の支給額(満額で月に65,075円)では、たとえ住まいにお金がかからない場合であったとしても、かなりの蓄えがないと生きていくのは相当しんどいと思います。
今生活保護を受けている高齢者の方々の中には、ちゃんと国民年金保険料は納めてきたけれども、もらえる額がたったこれだけなので生活できず、結果的に生活保護を受給しているという人もおられるのではないでしょうか。
というか、上記の「将来生活保護をあてにしている人」の割合が2割弱であることを考えると、こちらのケースのほうが多数派だと考えられます。
以上のことから、高齢の生活保護受給者の方々は、こういったおかしな制度設計の犠牲になっていると言う考えもできると思います。
本来、老後は生活保護ではなく、年金と資産でまかなっていくはずものだからです。
「生活保護をあてにしていたのでは?」に対する回答まとめ
話を整理すると・・・
高齢の生活保護受給者って、最初から「年金保険料を払わず、生活保護をあてにしていた」人たちなんじゃないの?
という問いに対する答えは、次の通りになります。
- そうでない人(年金保険料を払ってきた人)のほうが多数派だと思われる。
- 国民年金だけだと支給額が少なすぎて老後に生活するのが難しい。だから年金保険料を払っていても生活保護に頼らざるを得なくなる人がどうしても出てくる。
- 年金保険料を払ってこなかった人も、少数派だが存在すると思われる。国民年金より生活保護のほうがもらえるお金が多いから。
- もちろんこれは法律違反。
- 実際は、年金保険料を支払わないことにはデメリットを伴う。
- どちらにも共通する基本的な問題は、受け取れる額が「厚生年金>最低賃金労働>(僅差)生活保護>国民年金」という順番になっている今の制度のいびつさ。
外国人はさらに増えている
ところで、外国人の生活保護世帯は47,058世帯(2017年)*12で、生活保護世帯全体の2.9%*13を占めますが、こちらも同様、いやそれ以上の問題をかかえています。
過去10年、在留外国人全体の数は23.8%増加したのに対して、外国人の生活保護受給世帯は48.7%も多くなっているのです。
これも日本人の高齢者と似た(というより、さらにきつい)理由によるものだと思われます。
つまり、不正をしている人もいるのでしょうが、根本的には、ハンディキャップがこの増加につながっているのではないでしょうか。
たとえばこのようなケースです。
- 語学力等の問題:バブル期の人手不足で労働者として大量に入ってきた日系南米人などがリーマン・ショックなどによる景気悪化で解雇され、その後の再就職が困難になり年金保険料が払えない*14
- 無年金問題:1982年の難民条約発効に伴う国民年金法の国籍条項撤廃により老齢年金の支給対象から外された在日外国人が高齢化し無年金状態になっている
(以上の数値・内容は特記のない限りこちらの記事をもとにさせていただきました:生活保護受給の外国人4万7058世帯 過去最多 背景に無年金や語学力不足も - 産経ニュース)
全体の2.9%とはいえ、これも、社会的弱者にしわ寄せがいくという残念なケースのひとつです。
ちなみに、今は外国人も年金保険料を払う義務がありますが、こういったハンディキャップをサポートする体制を整えて「働こうとしている外国人が働ける」ようにしつつ、「生活保護>年金」のいびつな制度を改め、その上で年金保険料未納者への対処を行わないと、在日外国人・日本人双方にとって将来のデメリット、つまり貧困と支出(税金)の増大につながると思います。
まとめ
生活保護を受けている人たちはどんな人たちなのか?
- 働こうとしても働くのが難しい人たちがほとんど。
- 特に高齢者が多い。年金額が少なすぎるから生活保護に頼らざるを得なくなっている。
- 外国人受給者は増えているが、それも語学力等の問題で職につきにくいため
- 不正もあるが、全体の0.5%。
以上から、「生活保護を受けている人たちは、本当は働けるのに働かず、代わりに生活保護で暮らしている」というイメージは、生活保護受給者のほとんどにあてはまらない、といえます。
(考え中)どうすればよいか
この問題の根本に、今の日本では国民年金より生活保護の支給額のほうが多いという制度設計自体がある、と書きました。
これをどうやって解決したらよいのかはまだ考えついていないですが、今のところはこんなふうに考えています。
- 生活保護受給額を下げる、という解決方法は現実的ではない(生きていくのがより困難になる)上に、結果的に問題の先送りになる(将来の無年金者が増える等)から、すべきでない
- そうなると賃金と国民年金の支給額を増やすことになるが、ない袖は振れないので、やはりいきつく先は経済成長か・・・
考えが前に進んでいる感じがしませんが、この問題についての政治家や専門家の発言があれば注目していきつつ、自分でも考え、できる行動(働けるうちは働いてお金を使い納税することを含め)はしていこうと思います。
関連メモ
出典
*1:出典:日本弁護士連合会「今、ニッポンの生活保護制度 はどうなっているの?」
*2:2015年度の生活保護費の総額を不正受給額で割った額。貧困と生活保護(46) 生活保護の不正受給率はごくわずか 未然に防げるものが多い | ヨミドクター(読売新聞)より
*3:生活保護費を搾取する「大規模無低」の正体 | 政策 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース
*4:斉鋭「生活保護制度の問題点と今後の展望」香川大学経済政策研究 第11号(通巻第12号) 2015年3月 P.169
*5:「年金を払わず、将来は生活保護を受けた方が得」は本当か? | マネーの達人
*6:障害年金の制度をご存じですか?がんや糖尿病、心疾患、呼吸器疾患など内部疾患の方も対象です | 暮らしに役立つ情報 | 政府広報オンライン
*8:国立社会保障・人口問題研究所「扶助別保護費1人当たり月額の年次推移」
*9:最低賃金3%上げ、全国平均930円 28円増を審議会決定: 日本経済新聞
*10:和田一郎・高橋秀人・ 大久保一郎「国民年金と生活保護に関する実質的受給額の比較」(一般財団法人厚生労働統計協会)ではさらに精緻な分析を行っておられますが、「生活保護 > 国民年金」の結論は同じです。
*11:歴史社会学者・小熊英二さんも同様の指摘をしています。「生活保護」の受給は悪いか?──政治を考える | GQ Japan
*12:総務省「外国人登録者数(生活保護対象在留資格保有者数)の推移」P.41
*13:162.9万人。前掲書・厚生労働省「生活保護制度の概要等について」P.7から
*14:収入が低い場合、年金保険料を減額または免除する制度がありますが、そういう制度も外国人であれば知らない可能性が高くなっていると思われます。