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「分人主義」の学術的裏づけ - 個性は個人ではなく分人ごとにあるという調査結果

分人主義とは

「分人主義」という言葉をお聞きになったことはあるでしょうか。

「分人」。これは、「個人」よりもさらに小さな単位を指します。

人は一緒にいる相手次第、場所次第で多種多様な自分を生きていますよね。このように、状況によって変化する自分が「分人」です。

そして、一人の人間は、複数の分人のネットワーク。

このように「分人」という単位で人間を考える思想を「分人主義」といいます。

いわゆる「キャラ」と似たところもありますが、違うのは、「キャラ」は演技であることもありますが、「分人」はどれも本当の自分だと考えるところ。

首尾一貫した本当の自分などは存在せず、一人の人間は、複数に分けられる存在である。 これが分人主義の考え方です。

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珍しくも新しくもないかもしれないが

この分人主義は、作家の平野啓一郎さんが提唱されている考え方です。

そんなに珍しい考え方でも新しい考え方でもないように思う方も多いと思います。

私もそうでした。人はいろんなキャラで成り立っている。当たり前だよね、と。

しかし、平野さんはこの分人主義の考えを整理し、ご自身の小説に展開され、さらに自治体の自殺対策会議などにアドバイザーとして招かれるたび、分人という考えをもとにした対処策を提案し続けておられます。

つまり、平野さんは、この分人主義を思想として体系化し、さらに実生活で活用できる段階まで発展させているのです。

どう役に立つのか

ところで、この考えがどんなふうに役立つのでしょうか。

例を挙げてみましょう。

「個人」という概念は、政治や経済の仕組みを考えるうえでは便利だが、一人一人が日常を生き抜くために、ある意味、単位として「大きすぎる」考えでもある。何か悪いことがあれば自分のすべてを嫌いになることにつながりかねない。

学校でもいじめられて、家庭環境も荒れていて、居場所がない状況になってしまっている子どもたちもいる。「その子たちが苦しいのは、自分の中に自分の好きな分人が一つもないから。サポートする大人たちは、子どもたちに安心できる『居場所』を提供しようという時に、彼らがひとつでも好きな『分人』を持てる環境づくりを目指すべきだと思うんです」

逆に「しんどい思いをしている自分」もたくさんの「自分」の中の一つだと考えれば、ある程度の割り切りもできるのではないか。自分を複数に分解することでラクになる、ということだ。

(以上の引用、並びに分人主義についての出典:学校や会社に行くのがしんどい時、自分を「分解」すればラクになれる? 平野啓一郎さんと考える。 | ハフポスト

平野さんがこの分人主義を提唱し続けておられる理由、そしてこの考え方によって「ラクになった」と語る人々がいる理由は、こういうことなのではないでしょうか。

つまり、この分人の考え方が「二重人格」や「裏表のある人間」などではなく、むしろ人間にとって自然なもので、かつ、今の世の中を生き抜くために有効なツールになりうる。そのことを伝えたいし、実際にそう感じた人がいる。そういうことなんじゃないかなと私は思っています。


なお、平野啓一郎さんによる分人主義についての解説はこの本にまとまっています。


「分人主義」の学術的裏づけ

私自身も、この考え方には関心をもっています。

そんな中、ある本を読んでいて、これは「分人主義」の根拠になるのではないか、と思えるような学術調査の結果を見つけました。

ワシントン大学の正田祐一教授による、ニューハンプシャー州のサマーキャンププログラムに参加した84人の子どもたちについての観察結果です。観察時間は延べ1万4000時間以上。結果はこうでした。

  • どの子どもにも、一貫した個性はなく、状況によって異なった個性を発揮した。
  • とはいえ、子どもたちそれぞれに首尾一貫した個性がない、というわけではない。
  • 子供たちは、特定のコンテクストで首尾一貫している。
  • つまり、行動は個人の特性だけでも、状況だけでも決まるわけではない。両者のユニークな相互作用によって決まる。

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Photo by Artem Kniaz on Unsplash

どういうことでしょうか。

この結果を記した本には、こんなたとえがありました。

もしもあなたが今日運転しているとき注意深くて神経質ならば、明日運転するときも注意深くて神経質だと考えて間違いないだろう。同時に、べつのコンテクストに置かれたら注意深いわけでも神経質でもない点が、あなたをユニークな存在にしている。たとえば、地元のパブでバンドの仲間と一緒にビートルズのカバーを演奏しているときは、人が変わる可能性がある。

これは、まさに分人主義を裏づける調査結果ではないでしょうか。


ちなみに、この調査結果について書かれている本はこちらです。安っぽい自己啓発本のようなタイトルですが、内容は多くの学術調査結果に基づくもので、興味深い事例が満載です。


この裏づけの意義

分人主義を裏づけるような調査結果があったという事実。

これは、人が何か問題を抱えたときに分人主義によるアプローチを行うことの有効性、それを証明しているのではないでしょうか。

つまり「自分の中にひとつでも好きな分人があれば今をしのげる」「しんどい思いをしている自分もたくさんの「自分」の中の一つだと考えれば、ある程度の割り切りもできるのではないか」・・・こういうアプローチは人間という生き物にとって自然なことで、ごまかしや逃げではなく、人間の特性にぴったりはまった考え方でありやり方である。調査結果はそれを証明してくれている。そんなふうに思うのです。

平野さんはこの調査結果をもとに分人主義を提唱しているというわけではなさそうですが(言及されていることを目にしたことはありません)、これは結果的に優れた作家の敏感な感性が学術調査結果を先取りしていた、ということなのかもしれません。


関連メモ

深く印象に残っている平野啓一郎作品。この中で分人主義が特に色濃く出てるのは「空白を満たしなさい」です。


平野さんのラジオも愛聴しています。


読んで興味深かった本とその感想へのリンクリスト。


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