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2020年の収穫(3) 本・ドラマ - 川上未映子「夏物語」、「ルポ百田尚樹現象」、岸部露伴ドラマ

2020年に読んだ本は、メモを残しているもので54冊(雑誌・まんが除く)。その中で、再読したいと思ったり、実際に何度か読んだものを挙げます。

川上未映子「夏物語」

前にも何度か書いた、「優れた本とは、読後に世界が違って見える本のことである」という言葉を思い出した作品。

二部構成。第一部は川上さんの芥川賞受賞作「乳と卵」のリメイクで、主人公夏子を訪ねる姉が豊胸手術を試みます。第二部はその8年後、30代後半になった夏子が「パートナーも性行為もいらないが子どもを産みたい」という意思のもとAID(非配偶者間人工授精)を選択しようとしている中、出産礼賛者(子は「最大の贈り物」)、反出生主義者(子が不幸になる可能性がある以上出産は悪)、フリー(子育てなんて「ご苦労」)それぞれの女性、そしてAIDで生まれた男性と出会っていく・・・という話です。

この作品を拝読して、出産も、上記のような選択を最終的に引き受けざるを得ないのも、完全に女性だけのものであるということ。それが非常に大きなアンバランスであること。これを(ようやく)深く認識させられました。

これは男性である私にとっては衝撃でした。女性にとってはそんなことで衝撃を受けること自体が衝撃なのでしょうが、少なくとも私は、実子を二人授かっているのに、出産についてそこまで真剣に考えたことがなかったということなのです。

そんなシリアスなテーマの中、涙を誘う場面から爆笑必至のやりとりまでカラフルで見事。頻繁に登場する大阪弁もまるで音楽のような技巧をもって奏でられています。

音楽といえば、主人公が20年前を思い出して聴くビーチボーイズの「素敵じゃないか」の描写が絶品だったので引用します。

聴き慣れたイントロが聞こえ、ドラムがどんとひとつ鳴ると - まるでもう誰もいなくなった部屋にかけられた布がひといきに取り払われ、懐かしい家具や絵や思い出が現れるように、何もかもがいっせいによみがえるような気がした。

あらゆる点で見事で、読んでいて「おもしろく」、かつ読後に世界を変えてくれる傑作です。

石戸諭「ルポ 百田尚樹現象 ~愛国ポピュリズムの現在地」

百田尚樹氏についての私個人の感覚は「Twitterでときどき、到底容認できないようなことを書いている人」「考え方は私個人とは相当違う人」という認識でしたし、今もそれは変わりません。

しかし、氏がベストセラー作家であり、多くのファンがいることも事実。また、とある家を訪問したとき、そこにあった氏の「至高の音楽 クラシック 永遠の名曲」という本を読んで、氏がやはり文章の書き手、特に人に「いい意味での素人目線で、ものをわかりやすくおもしろく伝える力」は相当ある人だと実感したこともあります。

そんな百田氏についての社会の反応は「絶賛」「嫌悪」「無視」の3色で塗りつぶされているような気がしていたのですが、本書では著者の石戸諭さんが、そのどれでもなく、正面から真剣に氏をひも解いていきます。本人への複数のインタビューはもちろん、関係者へのインタビューも、関連書籍の読み込みも踏まえながら。

この姿勢に大いに共感しました。「自分にとってよくわからない対象を避けるのではなく、非難・賞賛のどちらかに与するのでもなく、丁寧にアプローチする」。これこそ求めていたものです。なおかつ、取材が綿密なのでルポルタージュとしても非常に読みごたえがあります。

その上、実は百田氏についての記述と同じくらいの量を、小林よしのり氏等の「新しい歴史教科書をつくる会」にかかわった人たちへのインタビュー・取材結果に費やしているところも見事。これによって「愛国ポピュリズムの現在地」をあぶりだそうとしているのです。そしてその試みは成功していると私は感じました。

取材内容とそこから浮かび上がってくるものが非常に興味深いだけでなく、著者石戸諭さんの、優れたルポルタージュをつくりたいという想いや取材対象に対する姿勢に感銘を受けた本です。


「わが人生の時の時」

石原慎太郎氏についても、私の持っている感覚は百田氏へのそれと似ています。もちろんそれぞれの人物像は、佐野眞一さんの「てっぺん野郎」なども読んだうえで、全く別だと理解してはいるつもりですが。

そんな石原氏自身が書いた小説。氏の身辺に起こった出来事をつづった超短編を集めたものですが、ページを繰る手が止まらないとはまさにこのことかと思いました。

氏はやはり特別な体験を多くしています。いや、この小説はあくまでフィクションという位置づけで、たしかに普通では考えられない話が含まれているのですが、どれも氏の実体験のように感じられてなりません。富裕な家庭に生まれ作家・政治家としても成功した人ですから、いわゆる一般人とは違う世界にいたことはもちろんですが、それだけではない、何かを感じ取る力がある人なのだなと感じさせられます(一方で、氏は、一部の方向へのアンテナが著しく欠如しているとも思っていますが)。

石原氏の、人間への傲岸不遜な視線をこの小説でも感じることはあります。しかし、繰り返し湧き出る大自然への畏怖の念は率直そのもので、それこそ普段の人間への視線との対比もあって、読んでいる自分にも同じ感覚を抱かせるに十分なものでした。

自然への畏怖と物語を紡ぐ力が、作家本人の人物像を乗り越えて迫ってくる作品でした。石原氏の言動を全肯定するつもりはまったくありませんが、この作品を読んでいる最中、夢中になったのは事実です。

参考:佐野眞一「てっぺん野郎」

本人へのインタビューも含む石原慎太郎伝。父親からの影響など、生い立ちや家族について詳細に調べられています。オカルト思想との関係も指摘されていますが、「わが人生の時の時」を読んでもそれを感じることができます。

その他、印象深かった本

新垣隆「音楽という真実」

現代音楽作曲家・ピアニストの新垣隆さんのこれまでのあゆみ、ゴーストライター騒動について自ら語った本ですが、やはり音楽についてのコメントが興味深かった。たとえばYMOについてのこんなコメント。

  • YMO「テクノデリック」は傑作揃い
  • 坂本龍一さんに憧れていた、一番好きなのは「音楽図鑑」、最高傑作は「LIFE」
  • でもやがては細野さん派に、細野さんの音楽には美しい毒とユーモアがあるが、音楽でそういうものを表現するのは難しい

一番「ためになった」のは、現代音楽についてのこんなコメントです。現代音楽からジェニーハイでの活動まで、フィールドの広い新垣さんの活動の根底にある意識を覗けたような気がします。

  • クラシックや現代音楽に「芥川賞(純文学)」はあっても「直木賞(大衆小説)」はない
  • 「HIROSHIMA」の書き方はロマン派を踏襲しているだけのもの。現代の技術をもってモナリザ像を描いたとしても誰も相手にしないのと同じ。
  • 三枝成彰さんは「だってそうは言っても、「名曲」を書きたいんでしょう?どうしてそんな我慢しているんだ」という立場、それも正しい。
  • 一方松平頼暁先生は何も我慢していない。私自身は完全に松平派。
  • 調整で音楽を書くのは難しいことではないが、それは現代音楽の曲を書くよりも難しいかもしれない。たいていは「そんなの聴くんだったらベートーヴェンを聴いてる方がいいよ」となる。そうならない曲を作るのは、やはり難しい。

他、次のような記述から、年齢が近い方なんだろうなと思ってたら、やはり同い年でした。

  • 子供の頃ゴレンジャーが好き
  • 兄が聴かせてくれたYMOに衝撃を受けた
  • 中学では友達が河合その子がいいと話しているなか、家で武満徹を聴いており、学校のピアノでは戦メリを弾いた


大沼保昭・江川紹子「歴史認識」とは何か 対立の構図を超えて

国際法学者の大沼さんが、ジャーナリストの江川紹子さんが質問に回答するかたちで「歴史認識」のもとになる史実や意見が提示されていきます。江川さんという「歴史の専門家ではないが優れたインタビュアー」の視点が自分の興味関心の対象に近かったのもありがたい。

慰安婦問題と国際法(東京裁判、サンフランシスコ講和条約等を法的観点から再検討)に特に筆が割かれており、大沼さんの想いもはっきり出ています。氏は元慰安婦への償い金を拠出した「アジア女性基金」の理事で国際法学者なのでそれが自然なのだと思います。

氏の意見にすべて賛成しているわけではありませんが、歴史について考える自分にとっての新しい視点と、一冊の本の中では比較的多種の意見を取り揃えている点でとても勉強になった本でした、

小池真理子「恋」

互いに外に恋人をつくるのも自由だが睦まじい夫婦と女子大生の「仲のよい三人」を巡る倒錯した関係と、浅間山荘事件の日に起きたある殺人事件。

本の8割くらいまでは「要約すれば3行の話だけど、筆力で読ませるな」という程度の感触でしたが、終盤で物語は奔流となりその後切ない小川になり、そして明るさと虚無の両方を深く感じるラストシーンに。やはり小説は最後まで読まないと、と痛感しました。

ジャレド・ダイアモンド「歴史は実験できるのか」

本そのものはけっこう学術書寄りで調査分析方法についての記述が多く、読むのがちょっとしんどかったのですが、ある章に書かれてある内容が衝撃的だったので以下のメモに書きました。


アリステア・テイラー「ビートルズ・シークレット・ヒストリー」

ラジオ「ディスカバー・ビートルズ」で和田唱さんが中島卓偉との対談で、いろんなビートルズ本を読み比べ書かれている内容を照らし合わせた結果、もっとも正確だと思われる本として、ジェフ・エメリック「ビートルズサウンド 最後の真実」とともに挙げていたのがこの本。エメリックの本が素晴らしかったのでこちらも読んでみました。

和田さんも中島さんも同様に言っていましたが、アリステア・テイラーはビートルズのマネージャー・ブライアン・エプスタインの片腕としてデビュー前からずっとビートルズのそばにいた人。なのにビートルズのオフィシャルヒストリーブックである「アンソロジー」には一切名前が出てこない。それだけ「知りすぎていた人物」だったのかもしれません。

内容は、たしかにビートルズのそばにずっといた人でないと書けないエピソード満載でした。特に、メンバーの無茶な要求やツアーのトラブルをどうやって解決したかについてと、「謙虚な一般人目線」からのメンバー評がすごくおもしろかった。

すでに絶版で古本もほとんど出回っていないので某巨大都市の図書館でなんとか借りましたが、再発してもらえるとうれしいなあ。

参考:ジェフ・エメリック「ビートルズサウンド 最後の真実」についてのメモはこちら。

竹内良輔・三好輝「憂国のモリアーティ」

シャーロック・ホームズの宿敵モリアーティを主役にし、ホームズ作品の登場人物はもちろんジェームズ・ボンドなど他の英国ヒーローも組み合わせて独自の世界観をつくったそのアイデアに感心しました。

ただ、物語のベースになっている「階級社会」についての解釈が私とまったく違うのでそこは入り込めなかった。本作では上流階級による「蔑視・差別」がテーマになっていますが、私の感覚ではそれは「無関心」です。使用人の名前をいつまでたっても覚えない、というような。



この後は、いくつかのシーンを何度か観返すことになるほど印象に残ったテレビドラマについてです。


岸部露伴は動かない(原作:荒木飛呂彦)

原作のファンなので観ました。失敗作にはならないだろうというある程度の期待もありました。

第1話「富豪村」。漫画家の岸部露伴と編集者の泉鏡花は、元禁足地だった山にある、富豪だけが住む、道のない村を訪ねる。そこでは、マナーに違反するごとにひとつ、その人の大切なものが失われるという掟があった・・・という話。

実際に放送がはじまってみると、映像作品から久しく得られていなかった興奮と感興にただ身を委ね続けていたような状態になりました。本当に素晴らしい。

観ていて身体から肯定感があふれてきました。どちらかというと奇妙で恐ろしい話のはずなのになぜなのか。自分でもよくわかりませんが、これは多分、岸部露伴が自分に何の疑いもなく一瞬一瞬を生きていることと、ドラマ制作にかかわる人々が全力で支えている舞台の上でそれがなされているからかもしれません。

第3話の「DNA」(「ブラック・ジャック」の「過ぎ去りし一瞬」を連想しました。ストーリーは全然違いますが、核になる「理由」は同じなので)も、物語そのものは希望を感じさせる幕引きでしたが、それに対し何も変わらない露伴に逆に光を見た思いです。

第1話の「富豪村」を観た翌日、朝起きても本作が頭から離れず、ウルトラジャンプ2020年12月号の高橋一生さんインタビューを拝見。高橋さんの原作愛とプロ根性を知るにつけ、この方に岸辺露伴役をオファーした制作スタッフの慧眼に感心せずにはいられませんでした。

また、原作とドラマの両方でマナー指導をなさった西出ひろ子さんのブログもそうですが、両文章の熱さになんとなく荒木作品キャラっぽさを感じるのは私だけでしょうか。

音楽も物語に劣らず奇妙で上質でいいなあと思いましたが、菊地成孔さんなんですね(氏の音楽をはじめて聴きました)。

露伴先生の家、フランク・ロイド・ライトっぽいと思って検索したらライトの弟子が設計した葉山の加地邸とわかり納得です。参考:国指定登録有形文化財 葉山加地邸 【公式サイト】

高橋一生さんはじめ、森山未來さんや第1話の子役の方も含め、役づくりも見事でした。これはまんが原作ドラマの最高峰じゃあないかと思います。


「マイ・ディア・ミスター」tvN(韓国)

2018年のテレビドラマ。ソウルの建設会社に勤務する部長(40代男性)のドンフンと同じ職場にいる派遣社員(20代前半女性)のジアンを中心に、社会の数々の問題 - 「職場内の待遇格差」「高学歴を活かせる職がない」「支援の行き届かない貧困家庭」「老人介護」「大人になった子どもと親の同居(それに戸惑いつつ子を応援する親)」「後輩に職位を追い抜かれる年代」「不倫」などを描いています。

ただ、それらの社会問題を告発することがメインではなく、劇中で季節が厳寒の冬からあたたかい春に変わっていくのと同様、人の心の雪解けを丹念に描写しているところにこそこのドラマの本領があります。

感心したのは、予定調和感がないことです。そして何事も明示し過ぎない。文学的とさえ言えます。主人公二人の関係の変化からしてそうですし、普通のドラマなら単に強い悪人と弱い善人とだけ描かれそうな借金取りとジアンの関係もそう。

そして、じっくりと物語をあたためながら進めていく丁寧さ。全16話のうち、最初の数話は明るい描写がほとんどないのですが(私はそこで繰り広げられる犯罪の手口の数々をフィクションとして楽しんで観ていたのですが、人によっては冷えて暗いシーンの連続に辟易するかもしれません)、それがあってこそ後半の展開に深みを感じることができます。

この「明示し過ぎない」ことと「じっくり進める」点から、制作側が視聴者を信頼していることも伝わってきます。

あと、私自身は普段韓国のドラマを観ていないので、日本と韓国のちょっとした違い、例えば韓国は普段ハングルがほとんどなのに冠婚葬祭では漢字を使うんだなあとか、家族や地縁の絆の強さに日本以上のものを感じたり(作中ではこれが「雪解け」を下支えする重要な要素になっているものの、現実もこんなだったらちょっとしんどそう)、そういう点も興味深かった。

残念だったのは、ジャケットとタイトルが実態と乖離していること。これでは観たいとは思わないのでは。ではなぜ私がこの作品に出会えたのかというと、友人に紹介してもらったからです。ありがたいことです。

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