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"Get Back"のつづきが読める本「ザ・ビートルズ 最後のレコーディング」

ザ・ビートルズの映像作品"Get Back"を観終わって、あのあと4人が、ビートルズがどうなっていくのかが気になっている今日この頃。

もちろん、だいたいは知ってはいます。が、それは、"Get Back"のあの迫真の記録には遠く及ばないあいまいな知識に過ぎません。

なので"Get Back"のあとが「空白」のように感じられていたところでした。

そんな「空白」を埋めてくれたうえ、今まで知らなかったエピソードも盛りだくさんだったこの本「ザ・ビートルズ 最後のレコーディング ソリッド・ステート(トランジスター)革命とアビイ・ロード」。

友人に薦められるまで存在すら知らなかったのですが、読み終わった今、この本のすばらしさを、一部でも紹介できればと思います。

ザ・ビートルズ 最後のレコーディング ソリッドステート(トランジスター)革命とアビイ・ロード

どんな本か

時系列の記録

まずこの本の素晴らしいところは、史実を時系列で、つまりほとんどの出来事を起こった順番に書いているところ。

あのルーフトップコンサートが行われた1969年1月30日からわずか3日後の2月2日に"I Want You"の録音が行われたことから始まり、2月22日の同曲の録音、ジョージによる"Something"の手直し、3月のポールとリンダそしてジョンとヨーコの結婚、4月の"The Ballad of John and Yoko"の録音・・・と、「アビイ・ロード」完成に至るまでの重要な数か月(そして、その後の解散までの道のり)を丁寧に描写してくれています。

「時系列で4人のアクションを記録する」

これは"Get Back"とまったく同じスタイル。

これが"Get Back"エンディング直後の時期から始まるのですから、まさに"Get Back"のつづきが読める本、といえます。私もその感覚に浸って読み進めました。

また、その記録もかなり詳細で、それこそ"Get Back"の映像のようにリアルです。だから、筆致は感情的ではないのに、メンバーやスタッフの感情やその場の雰囲気が伝わってくる。

奇跡的な「アビイ・ロード」の録音、そして解散に向かう運命の流れを体感できるような圧巻の記録なのです。

サウンドの記録

サブタイトルに「(トランジスター)革命」とあるように、本書はビートルズではこの時期に使われたトランジスタのミキシング・コンソールTG12345が「アビイ・ロード」のサウンドにいかに影響を与えているかを立証している本でもあります。

このことは、ジェフ・エメリックの名著「ザ・ビートルズサウンド 最後の真実」にもはっきり書かれていますが、その点により踏み込んだ解説をしているのが本書です。

その他にも、サウンドメイキングや曲づくりのプロセスについてもかなり詳細に記されており、この点でもジェフ・エメリックの本に迫る(「アビイ・ロード」に関してはもちろん本書のほうが詳細)内容です。


そんな本なので、もう読んでいて付箋とかつけまくりになったのですが、その中のごく一部をご紹介します(熱心なファンの方々には既知の内容もあるのかもしれませんが、私は本書を読むまで知らなかったことです。)。

興味深かったエピソード(のごく一部)

タムのサウンド

私は「アビイ・ロード」というアルバム全体に流れるサウンドが大好きなのですが、そのクリアかつあたたかみのある音の中でも特に好きなのがリンゴの叩くタム。"Come Together"や"Something"なんてそれだけでも十分うっとりです。

なぜこのアルバムだけ音がそんなに違うのか。もちろん最大の理由は前述のトランジスターコンソールによるものでしょうが、本書にはもうひとつの理由が記述されていました。

リンゴ・スター「子牛皮を張った新しい木製のキットを手に入れたら、タムタムの音の深みが凄かったんだ。僕はタムに夢中になった。」

そもそもドラムの皮が違っていたのか・・・

もう1回出てくる"You Never Give Me Your Money♪"のきっかけ

"Carry That Weight"には"You Never Give Me Your Money"の冒頭のメロディがもう一度出てきますよね。

これはクラシックではむしろ標準的な「モチーフの再現」という構成です。でもロックではあまり聴かない、というかこれが初めてでは?

で、20年ほど前、ビートルズファンの友人たちが「これをロックでやるのがすごいですよね。さすがポール」「いや、ジョージ・マーティン先生が教えたんじゃないかな」なんて話をしていたのですが、まさにこんなコメントが本書に収録されていました。

ジョージ・マーティン「(B面メドレーをつくるにあたって)クラシック音楽の技法を使って彼らを指導しようと試み、ソナタ形式とはどういうものかを説明した。ポールはこのような音楽的実験に大賛成だった」

ソナタ形式には「モチーフの再現」が含まれています。20年来の謎?が解けて興奮しました。

"Maxwell's Silver Hammer"のシンセはキーボードではない

あと、ちょっとしたことですが、"Maxwell's Silver Hammer"のシンセソロはキーボードで弾いているのではない、というのも本書で知りました。

では何で弾いているのかというと、リボンです。下の写真*1の、キーボードの下にあるもの。

Embed from Getty Images

このつまみを動かして(おそらくスライドギターのように)音をとっていたのですね。

たしかに、"Maxwell's Silver Hammer"を聴いてみると、音も音階も切れ目なく出ているのがわかります。

本書でアラン・パーソンズは「指をひと続きのリボンの上で上下に動かすだけでソロを弾いたんだ。ヴァイオリンみたいで正確な音を見つけるのはとても難しかったが、ポールはすぐに使いこなした。彼は音楽的なものなら二日もあれば何でも弾きこなせた」と語っています。


こんなエピソードが満載なので、"Get Back"のつづきを「体感」できるだけでなく、サウンド面での「そうだったのか!」も得られる傑作ビートルズ本です。



著者のケネス・ウォマックは1966年生まれのアメリカの作家・文芸評論家・大学教授で、ジョージ・マーティンの伝記などを執筆しているそうですが、これまでノーマークでした。他にもビートルズ関連の本を書いているのですが、訳書はこれだけっぽいのが残念。邦訳が他にも出たら、ぜひ読みたいです。


関連メモ

「アビイ・ロード」をCDやLPのもとになるマスターテープで、かつ極上のオーディオ環境で聴く機会があったときの体験記。

いわゆる「ビートルズ本」の中で、個人的にはこれが一番おもしろく、かつためになりました。音楽・サウンド理解の面でも、四人の人となりを感じる面でも。

このブログの、ポール・マッカートニー関連メモの目次。キンタイア岬への旅行記、東京ドームのポールのステージに上がった経験、ラスベガス「LOVE」の見どころから、「ザ・マッカートニー・ローズ」などのトリビアまで雑多に。


注釈

*1:モーグ・シンセサイザーの1968-1969モデルなので、まさに「アビイ・ロード」の時代に使われていたものです。ビートルズが使用していたものと同じかは不明ですが、時代は同じです。


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