庭を歩いてメモをとる

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坂本龍一 featuring 小沢健二

関心ある人が関心ある人について語っていたり、関心ある人たち同士が対談しているのってすごく関心があるんですよね(関心関心うるさい)。

なので、坂本龍一教授と小沢健二さんが対談したことがあると知ったときは興奮しました。そしてその雑誌を入手したので、内容を確認してみます。

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対談が掲載されている月刊カドカワ1994年8月号


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特別対談 坂本龍一 featuring 小沢健二


きっかけ

坂本 僕は小沢くんの話はアズテック・カメラのロディ・フレイムから聞いたんですよ。何回か会ったことがあるんですよね。

小沢 ええ。僕、アズテック・カメラが大好きだったから。

なんと、教授が小沢さんを知ったきっかけはアズテック・カメラだったのか。

小沢さんやフリッパーズ・ギターがアズテック・カメラに大きな影響を受けているのはファンの方ならご存じのとおりですね。
"Pillar to Post"とフリッパーズの「Sending to your Heart/恋してるとか好きだとか」とか。

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「YMOに関しては引いてた」とちゃんと伝える小沢さん

では、二人は、お互いの音楽をどう感じているのでしょう。

まずは、小沢さんから見た坂本さんの音楽。

小沢 ええ。だから、僕らの世代はYMOが好きな人がすごく多いんですよ。でも僕はそういうのはちょっと苦手だったんですね。なぜか知らないけど。

坂本 ギターをやってたから?

小沢 それはあります。あと、フテクサレ気味に。今はもう笑い話ですけど、変な洋モノ指向というか、日本のものじゃなければなんでもいい、みたいなところがすごくあったりして・・・。(中略)だからそういうアメリカの古いロックとかイギリスのニューウェイブとかを聴いて、それからアメリカのソウルを聴いたりする方にずっといってて・・・。YMOに関しては引いてたところがありますね。最近は昔の日本のものも聴いてますけど。

坂本 僕の例でいくとビートルズになるのかな。最初に聞いたのは小学校五年生(引用者注:1962~3年)の時で、クラス全員がビートルズで盛り上がっていた高校の頃にはもう、聴かなくなってた。中三の時にビートルズが日本に来たんだけど、なぜか武道館に行かなかったからね。やっぱりちょっとひねくれてるのかもな。

小沢 そういうことをしたがるところが、常にあるんじゃないか、と思いますね(笑)。

坂本 そうそう。誰も知らないのが好き、みたいなね。

小沢さん、YMOからは「引いてた」んだ。それをちゃんと伝える小沢さんとさらりと自分の経験に紐づける教授。この距離感が「褒め合い対談」よりもずっといいな。

でも、小沢さん、教授の音楽に全然関心がないというわけでもないようです。

小沢 中古盤屋でいろいろ捜していると、サーカスの「アメリカン・フィーリング」が出てきたりして。

坂本 ガクッ!(笑)

小沢 オーッ、これは!しかしプロデュースが坂本龍一である必然性がどこにあるんだ!って(笑)

このことにコメントできる小沢さん、教授についてけっこう詳しいのでは?まあ、小沢さんなので、単に膨大なレコード情報が頭の中にあって、そこから「坂本龍一」でヒットしたレコードを取り出してるだけかもしれませんが。

小沢 僕、この間ティンパンアレイのビデオみてて、すごくかわいくて、かっこいいピアノ弾いてる人がいて。

坂本 僕もいた?天真爛漫って感じでしょ?

矢野顕子さんの名前を出さずに語り合うのもかっこいいなあ、と。

あと、小沢さんは、教授の「哲学思想系方面の話題に対するスタンス」に関心があったようで、「当時、若い人に受けてる人はどんなことを言ってるのかなって思って雑誌をめくってると、坂本さんが出てきて難しいことを言ってる。」と触れ、思想の内容ではなく、そういう話を振られたときにどう返すか、ということについて語り合っています。

教授が人に聴かせたがる「今夜はブギー・バック」、小澤征爾からの影響

では、教授は小沢健二さんの音楽をどうとらえているのでしょうか。

坂本 ニューヨークでアメリカ人の友達が来ると、必ずあの曲(引用者注:「今夜はブギー・バック」)を聴かせるんですよ。これはすごくいいんだよって。

小沢 そんなことは・・・それは間違ってますよ。あれは「こんなのあったの知ってる?」って言う位のレベルでいいんです(笑)。

教授、「今夜はブギー・バック」が大のお気に入りのようですね!そして照れる小沢さん。

ちなみにこのインタビューが行われたのは、「今夜はブギー・バック」は出ているけどアルバム「LIFE」はまだ、というタイミング。小沢ファンや一部の音楽ファンは「ブギー・バック」をヘビロテしているけどまだ小沢健二がチャートをにぎわす存在にはなっていない、そんなタイミングで、かつNYに住んでいても、教授はしっかりチェックしていたのですね。

そして教授は、小沢さんの叔父さんからも影響を受けていました。

小沢 僕んとこは丸ごと音楽だったんです。叔父さんのコンサートには必ず言ってたし、叔父さんをリードボーカルとした父親の兄弟四人のコーラス隊みたいなのが、冠婚葬祭につきまとうんですよ。それはずっと嫌じゃなかったなあ。

坂本 僕の小学校時代のアイドルなんですよ。小澤征爾さんは。

小沢 へーっ。向こうはびっくりしますよ。

坂本 本も読んだし、結構影響されてるなぁ。

小沢 「僕の音楽武者修行」ですね。

坂本 小学生の頃から、黙っていても日本だけじゃなく外国でも仕事するようになるだろうと思ってたのは、多分、その本の影響だと思う。

たしかに小澤征爾さんは、日本の音楽家で、おそらく世界で名が知られるようになった最初期の人の一人ですね(貴志康一ほか戦前から海外で活躍した人はいますが、小澤征爾さんほど長く活躍している人は思い当りません)。ブザンソン国際指揮者コンクールで1位になったのが1959年、ボストン交響楽団の音楽監督に就任したのが1973年。YMOデビューが1978年、「戦メリ」は1983年ですから、教授が小澤征爾さんの背中を見て海外を意識したのもタイミングとしてもぴったりだったのかもしれません。


ちなみに、お二人が音楽面で語り合っていたのはヒップホップについてでした。「(教授)どこか壊れてて」「(小沢)そういうのがたくましくて最高にいいんじゃないか」という発言もありました。


自己予言

対談はこんな話題で締めくくられています。

坂本 小沢くんは海外で、なんて思わないの。

小沢 僕は三代目のごくつぶしですからね。このままごくをつぶして・・・。海外へ行く時には仕事をさぼって一年行く、とか。実際そういうこともやってますからね。今度海外に行くとしたら、仕事はバッくれて、レコード会社と契約を切られることを承知の上で、一人でポコポコ旅に出て・・・。(後略)

まさにこの数年後に、小沢さんはそれに近い状態になるわけですが、まさか「LIFE」の前にこんなことが本人の口から語られていたとは。

この対談を読んで、一番驚いたのはここだったかもしれません。

もう四半世紀以上前の対談となると、こういう楽しみ方もできますね。


関連メモ

対談・カバー

坂本龍一・中田ヤスタカ対談

坂本龍一・岡村靖幸対談

大槻ケンヂによる小沢健二「天使たちのシーン」カバー


小沢健二関連メモ

旅に出てしまった小沢さんが帰ってきて、自ら「三部作」を完結させたライブだと感じています。



坂本龍一関連メモ


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