庭を歩いてメモをとる

おもしろいことや気になることのメモをとっています。

本・まんがで見つけたポール・マッカートニー

※ ここでは、音楽系の本・まんがはとりあげていません。
あくまで「こんなところにポールネタが?」というちょっと意外なとりあげられ方を対象にしています。

※ 「新聞・雑誌で見つけたポール・マッカートニー」はこちらです。


ジョン・ファーマン「これならわかる アートの歴史」


長男が「こんなところにポールが出てるよ」と教えてくれました。

この本、私は通読はしていないのですが、名画におふざけの吹き出しを付け加えたりしながらコミカルに美術史を語っていきつつ、記述はなかなか詳細で、読みごたえはそれなりにありそうな内容のようです。


さて、この美術の歴史を書いた本に、なぜ、どんな文脈でポール・マッカートニーが登場するのでしょうか。

なんとそれはダリについての説明に登場します。

道路掃除夫から上流階級の人間にいたるまで、ありとあらゆる人々に訴えかける現代芸術をダリが初めて作ったということは否定のしようがない(今でもそれは変わらない)。言ってみれば、美術界におけるポール・マッカートニーみたいなものである。

なるほど。あらゆるタイプの人に訴えかける「現代の音楽」をつくったのはポール・マッカートニーであることは否定しようがない。著者の人はそう考えているし、たとえに使うということは、読者もそう思っているに違いないと思っているということですね。

個人的には、ダリとポールってあんまり共通点を感じなかったのですが、言われてみると意外に似たところもあるなとも思えてきました。作品も本人も世界中の人たちが知ってるし、作品には革新的な要素も普遍的な要素もあるし、それぞれのジャンル(音楽界・美術界)だけでなくそれ以外にも大きな影響を与えているし、作品は今に至るまで古びる気配がまったくない。少なくともそのあたりは共通していますね。

まあでも、私ならこのたとえは使わないかな。そういえば、映画「イエスタデイ」では、主人公がポールの書いたある曲について、別の超著名画家の作品をたとえに使っていましたね。


ちなみに、このダリの説明は、ポールファンからすると余計なひとことで締めくくられています。

言ってみれば、美術界におけるポール・マッカートニーみたいなものである(これは失礼、サルヴァドール)。



川上未映子・村上春樹「みみずくは黄昏に飛び立つ」

比喩としてのポール・マッカートニー東京ドーム公演

作家・川上未映子さんから村上春樹さんへのインタビュー本。川上さんが、村上さんの本が発売前から何十万部も注文が入ることを、

それってどんな気分なんだろう。ご覧になりました?『マッドマックス・フューリーロー ド』、あの素晴らしい映画...あれに出てくるイモータン・ジョー、渇ききった大地は出版業界そのもので、出版社とか読者とか編集者とか取次とかがうわーっといるそこに水をどばあああっと落とす、みたいな(笑)。あんな感じかなーって思ってるんですけど。

と尋ねます。

すると村上さんは、

観たけどあそこまですごくないよ。でもそういう数って十万過ぎたら、あとは同じじゃないかな(笑)。(中略)東京ドームに行けば、四万五千人ってこれぐらいだな、って目で見てわかるわけです。(中略)ところが、十万人 を超したら、目で見るって感じはもうなくなっちゃいますよね。

これに対しての川上さんの語りにポールが登場します。

不思議ですよね。東京ドームのコンサートに、例えばポール・マッカートニーの公演に行 ったら、人々がひしめき合ってるわけですよ。仏像の螺髪みたいに、全部もうこのクチュクチュが何万人にもなっていて。ひとりひとりが見えないわけ。でも、これだけいてもまだ四万五千人なのかあ、とか思うと、十万とかってやっぱりすごい。ここにいる人全員が本を持ってるのかと思ったら。

仏像の螺髪とはすごいというかさすがの表現やな・・・以前川上さんの本を読んだときに、その文章と表現力には驚かされたことを思い出します。

参考:川上未映子さんの文章(当ブログ「川上未映子による村上春樹インタビューの秀逸さ - MONKEY Vol.7 古典復活」より)

物語が人の暗黒部分を目覚めさせること

ちなみに、このインタビューには以下のやりとりもあります。村上さんがその人物の名前を挙げていないのに川上さんはフルネームを返しています。ミュージシャンでもあった川上さん、ひょっとするとビートルズへの思い入れもおありなのではないか、と想像してしまいました。

村上:例えばサリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を愛読して、ジョン・レノンを射殺した人がいますね。そういうことは時として起こります。物語というのは生き物です。僕らは生き物をこしらえているんです。その生き物はあるときには、人の抱える暗黒部分をつついて目覚めさせたりもする。それは怖いといえば怖いことです。でも、それはサリンジャーのせいじゃないんです。

川上:犯罪者になるのはもちろんそのせいじゃないし、それは無数にある構成要素の一つであったりするんだけれども、マーク・チャップマンがサリンジャーを愛読していた、みたいなことが起こる、というか、あとになってわかる。それも含めて、物語を書く、ブラックボックスを渡すという行為は百パーセントの娯楽を書いているって自覚している人は別かもしれないけれどいわゆる消費とは違う届きかたを理想として文学とか物語をつくるには、やっぱり覚悟がいりますよね。もちろん、小説が善的に機能することを願ってはいても、必ずそういう危険性を孕みますよね。

村上:ある種の危険性を孕んでいないと、物語が機能しないというところはたしかにあります。 古代から延々と続いている装置だから、それが人の心の地べた的な部分を掘り返すのは、ある程度やむを得ないことかもしれない。

こういう、物語が生み出した作品が人の暗黒部分を目覚めさせることは、音楽にも、たとえば"Helter Skelter"とチャールズ・マンソンたちとの関わりなどにもいえることですよね。音楽も「生き物」だし「 古代から延々と続いている装置」だから、そういう力は避けがたく内包しているのでしょう。特に優れた音楽は。

「ポールが登場」というこのメモの主旨からはまったく違う地点に来てしまいましたが、このように示唆に富むやりとりが多く含まれたインタビューでした。


ジェンマ・エルウィン・ハリス編「世界一ときめく質問、宇宙一やさしい答え」河出書房新社

世界一ときめく質問、宇宙一やさしい答え: 世界の第一人者は子どもの質問にこう答える

子どもの素朴な質問に各業界の第一人者が答える本。イーサン君10歳の「どんなものからでも歌は作れる?」という質問(No.12・P.47)に対しては、「ポール・マッカートニー卿(ミュージシャン・シンガーソングライター)」が1行で答えています。回答そのものはポールファンなら簡単に予測できる内容ですが、横には、ゴミ箱が踊りながら歌っているようなイラストが・・・ポールが回答に何を付け加えたのかは、本書を手にとって確かめてみてください。いつもの彼の謎のジョークというかなんというか・・・を目にすることができると思います。つまり、期待するとがっかりする内容です(本の他の内容はなかなか面白いと思います)。(2015年11月)


三田紀房「エンゼルバンク」第1巻 講談社

エンゼルバンク ドラゴン桜外伝(1) (モーニングコミックス)

転職まんがにもポールが登場。単行本にある「カリスマ転職代理人による転職模擬面接」のコーナーで、リクルートエージェントの及部和香さんがこんな例を出しています。

実は、プレゼン能力の根幹にあるのはこの部分なんですね。つまり「みんながイメージを共有できる対象や言葉を知っている」ということが大切なのです。・・・ポール・マッカートニーという人を説明するときに「元ビートルズのポール」といえばすぐにわかるだろうけど、「元ウイングスのポール」といっても、いまいちピンとこない。

こんな例えがさらっと出てくるということは、この方、ファンなのではないでしょうか。(2008年1月)


デイヴィッド・プロッツ「ジーニアス・ファクトリー ノーベル賞受賞者精子バンクの奇妙な物語」早川書房 訳者あとがき

ノーベル賞受賞者の精子バンク―天才の遺伝子は天才を生んだか (ハヤカワ文庫NF)

表題の通り、ノーベル賞受賞者の精子バンクによってスーパーキッズをつくろうとした試みの顛末について書かれたこの本の訳者あとがきに、こんな言葉が。

訳者も、ポール・マッカートニーとキャロル・キングの血を引く子供が生まれたらいったいどんな曲を聴かせてくれるのか、エリック・クラプトンとボニー・レイットの血を引く子供は、両親のコカインへの嗜癖をよそにブルースギターの才能だけを継承できるのか、とタブロイド紙並の無責任で俗な興味が尽きない。

それは私も興味が尽きないですね、下世話ながらも。ちなみに本文中には、ポール・マッカートニー、ジョン・レノン、ジミ・ヘンドリックスなどの精子を販売するというガセ広告も紹介されています。(2007年11月3日)

この本の内容についてのメモはこちら。



アラン ピーズ・バーバラ ピーズ 「話を聞かない男、地図が読めない女―男脳・女脳が「謎」を解く」主婦の友社 P.72

文庫版 話を聞かない男、地図が読めない女

男性と女性の脳の違いについて説明した本です。その中で、有名な「左ききの人は、クリエイティブな右脳のほうがよく発達する」という説が紹介されており、例として以下の人物が挙げられています。

アルバート・アインシュタイン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ピカソ、ルイス・キャロル、グレタ・ガルボ、ロバート・デ・ニーロ、ポール・マッカートニー(2005年8月7日)


楳図かずお「14歳」小学館(収録巻不明)

14歳 ワイド版 コミック 1-4巻セット (ビッグ コミックス〔スペシャル〕)

ダゲルヒン@北方楽隊さんよりいただいた情報です。

<ダゲルヒンさんからのコメント>

「14歳」の中に「ポールとリンダ」というカップルが登場します。ホントに一瞬しか出てきませんが、その登場場面と言うのが、「セントラルパークに生えている“新しく見つけた食べられる草”を採るために、ポールがリンダをつれてパークに忍び込む」という、ポール&リンダ愛好家にとってはタマラナい設定になっています。

ちなみにこの二人、草食動物という設定以外はポール&リンダには全然似ていません。楳図先生、ポールとリンダのエピソードは知っていたけれど、近影が入手できなかったのでしょうか(笑)

<よしてるより>
タレコミ、いつもありがとうございます。

楳図作品にポール&リンダとは、これまた意外ですね。しかも、草食動物でセントラルパーク(これはジョンネタですが)に登場という設定。名前だけでなく、設定もなかなか渋いですね。

このカップルがどれくらい似ていないのか、読んで確かめてみたいです。(2003年1月26日)


殊能将之「ハサミ男」講談社文庫

ハサミ男 (講談社文庫)

じぞうさんよりいただいた情報です。

<じぞうさんからのコメント>

「首を吊った人間の耳には、このうえなく美しい天上の音楽が聞こえてくるそうだが」
デスクから振りむいて、医師がにこやかに言った。
「何か聞こえたかね。たとえば、山下達郎の<クリスマス・イブ>とか」
「いや、何も聞こえなかった」
「ビーチ・ボーイズの<リトル・セイント・ニック>は? ポール・マッカートニーの<ワンダフル・クリスマスタイム>は?」
「どうしてクリスマスソングばかりなんだ」 わたしはいらだっていた。

 じぞうです。お久しぶりのタレコミ・メールです。

 今回の『ハサミ男』はミステリィ作品で、作者のデビュー作でもあります(1999)。でもかなりひねくれた作品です。なんたってタイトルになっている『ハサミ男』の元ネタがXTCの'Scissor Man'なんですから。あらすじをカンタンに書きますと…。

 連続女子高生殺人事件の犯人はマスコミ等から「ハサミ男」と呼ばれていた。被害者の首に必ずハサミが突き立てられていたからだ。そして、「ハサミ男」は第3の被害者を決めた。彼女、樽宮由紀子の周辺調査を始めた「ハサミ男」。しかしある日、「ハサミ男」は彼女の死体を発見する。それも、あたかも「ハサミ男」による犯行であるかのように、首にハサミが突き立てられている死体を。こうして「ハサミ男」は、自分を騙る人物を探し始めたのだった。

 …う~む。いや、こんなんカンタンなハナシではないです。でもけっこう面白そうでしょ? 実際かなり面白いです。とにかくいろいろとひねくれてて、そのひねくれテイストがワタクシ的にはかなり好きですね。

 でやっと本題なんですが。最初に引用した部分ですね。正直言って、ポールの「ワンダフル・クリスマスタイム」が出てくる小説を読むなんてワタクシ想像だにしなかったです。でも、それもこの作品(あるいは作者)のひねくれテイストのなせるワザなんですねきっと。ここではナイショにしておきますが、上記引用部分自体かなりひねくれた設定なんです実は。

 この作品、99年度の「このミス」9位らしいですけど、ミステリィ好きでなくても愉しめる作品だと思いますよ。

<よしてるより>
情報ありがとうございます。 いつもタレコミをありがとうございます。それにしてもじぞうさんはいろんな分野の本をお読みですね。

ミステリーにポールというのも不思議ですが、「ワンダフル・クリスマスタイム」とはさらに不思議。しかも登場部分がかなりひねくれた設定とは、興味をそそられます。

一方で、個人的には、ポールの音楽って、たしかに美しいのだけれど、同時にひねくれた要素が多分にあると思うんです。まっとうな作法に従ったものではなく、普通ではありえないような違和感一歩手前のサムシングが作品をより魅力的にしているというか。だから、ひねくれた小説にポールの音楽が登場するというのも、一面ではぴったりはまっているという気もします。

ま、そもそも、音楽でも小説でも何でも、本当にすごいものはそういうひねくれた何かを持っているものなのかもしれませんね。(2002年12月23日)

後日読んでみました。非常に楽しめ、ひとことで言えば「この手があったか!」という驚きにやられた感じ。加えて、音楽・美術などに関する著者の幅広い知識があちこちに散りばめられていたのも興味深かったです。


エンカルタ総合大百科2002(マイクロソフト)項目「ポール・マッカートニー」

マイクロソフトのマルチメディア百科事典「エンカルタ」。通常の百科事典にあるようなアカデミックな事項からポップカルチャーまで幅広い項目について動画や音声も交えて伝えてくれるこのソフト。「ポール・マッカートニー」という項目もありました。 ※当時はまだWikipwdiaは一般的ではありませんでした。

章の構成は、
I. プロローグ
II. 250万枚のセールス記録
III. 「ナイト」の爵位
IV. 「リバプール・オラトリオ」
V. ビートルズの再結成
となっています。これだけ見ると「え?」という感じですね。「なんで250万枚ぽっちで記録になるの?ポールはその程度じゃないでしょう?」「ナイトになったのってオラトリオの後じゃないか?」「リバプール・オラトリオがなんでひとつの章にまでなってるの?」違和感は大いに感じますが、とりあえず読み進めてみましょう。

I. プロローグ
「ポール・マッカートニー (James)ポール・マッカートニー 1942~ イギリスの歌手、作曲家。ポピュラー音楽史上もっとも大きな商業的成功をおさめた作曲家といわれている。」これが書き出しです。いかにも百科事典といった感じの書き出しですね。本名Jamesをきちんと紹介しているのは評価したいところです。その後はジョンと出会い、ビートルズのメンバーとして活躍したこと、曲が多くのアーティストにカバーされていることなどが簡潔に書かれています。その下には、へフナーベースを持つ93年ツアー時(と思われる)ポールの写真が。この時代のポールの写真を使うところに、個人的には好感が持てました。

II. 250万枚のセールス記録
この章で、早くもソロ活動にうつります。ビートルズ時代については、前章の「60年代はビートルズのメンバーとして、レパートリーの大半をレノンと合作。」の一文で終わり。ジョンと通常の意味で合作した曲が大半、というのは大間違いだと思うのですが、このシンプルなまとめかたは個人的にはポイントが高いです。ポールの項目なんだからソロ活動に焦点をあてるのは当然とはいえ、巷にあふれる伝記でもビートルズ時代にかなりの紙数を割いていることが多いですから。

またこの章では、「マッカートニー」(事典本文では「ポール・マッカートニー」となっている)「ラム」「スピード・オブ・サウンド」などのアルバムが「発表するアルバムがことごとく大衆と批評家の賞賛をあびた。」と書かれています。大衆はともかく批評家からは酷評もされていたように聞いているのですが・・・・その他、「マイ・ラブ」で全米No.1になったこと、「夢の旅人」がイギリス国内で250万枚のセールスを記録したことなども書かれています。そう、この章のタイトルの「250万枚」とは「夢の旅人」のことだったのです。でもこの枚数では、ポールのすごさが伝わりにくいですね。

III 「ナイト」の爵位
ここでは、ポールの名誉面でのトピックを集めているため、次の章と時代が前後しているようです。75年に来日中止になったことは書かれていますが、80年の逮捕のことは書かれていません。これはおかしい。まさか圧力があったとも思えませんが・・・・97年にナイトの爵位を贈られたことも書かれています。

IV 「リバプール・オラトリオ」
ここではウイングス解散後のことが書かれています。「主演映画「ヤァ! ブロード・ストリート」(1984)は興行的には成功しなかった」とここは包み隠さず書いています。「エルビス・コステロと数曲を合作し、そのひとつ「フラワー・イン・ザ・ダート」(1989)で作曲能力の完全復活を証明。」との文には、完全復活は大げさすぎるもののこのアルバムをポールのキャリアのポイントのひとつとして扱った視点は的確なのかな、とも思いました。肝心のアルバム名が違っているところは残念(「フラワー」のあとの「ズ」が抜けている)。

V ビートルズの再結成
「初の単独来日公演をふくむ1993年のワールド・ツアーでは」という書き出しでいきなり間違いがあります(初の単独来日公演は1990年)。それに、「フリー・アズ・ア・バード」のことを「まがりなりにもビートルズの再結成をはたし」と書いていますが、個人的にはあれを再結成だとは全然思えません。世間的にはそうみなされていたのでしょうか。ここで本文は終了となります。残念ながら音楽や動画はついていませんでした。

以上、簡単に内容をご紹介しました。誤った情報が多く含まれているものの、事典という視点の中で、ポールのソロ活動を総括的にまとめようとしている姿勢は評価してもいいのでは、と思っています(そもそも、事典であれば「誤った情報が多く含まれている」のは非常に問題なのですが、ポールのソロ活動を事典でとりあげるケースは珍しいので、かなりひいき目に見てしまっています。)。

年月がたてば、ポールが事典に掲載されているのは当たり前になるのでしょうね(ビートルズなら、もう完全にそういう扱いになっていますね)。その頃には、誤った情報が書かれなくなっていることを願いたいものです。


村上春樹「スメルジャコフ対織田信長家臣団」(朝日新聞社) P.146

スメルジャコフ対織田信長家臣団

村上春樹が「マッカートニーの”ラン・デヴィル・ラン”」で、同アルバムを「ほとんど期待せずに聴いたけど、全然悪くない」と、控えめに褒めています。この腹の底からの歌には、奥さんの死が関係しているのかも、という推測もしています。


岡田斗司夫著「オタク学入門」新潮OH!文庫 P.72

オタク学入門 (新潮OH!文庫)

じぞうさんとkatsさんよりいただいた情報です。

<じぞうさんからのコメント>

「オタク」の歴史や実像について文化論という側面からマジメに論考した本で、これを読むとワシなんか一生オタクにはなれないのだなあなんてつくづく思い知らされるほど奥深いオタク界が眼前に広がります。オススメ本にしてもいいくらい。

で、この本の72Pにゲームプロデューサー宮本茂のことが紹介されているんですが(マリオやゼルダを作ったヒトらしい)、そこでこんな一文が出てくるんですな。

『彼は、ポール・マッカートニーがサインをもらいに来たというほど、ゲーマーにとっては神様的存在だ。』

…なんかよく読むとヘンな文ですが(ポールってゲーマー代表なのか?)、しかしポールからサインを求められた日本人がいたなんてワタクシは驚いてしまいました(ワタクシが知らなかっただけかもしれませんけど)。それにしてもポールってそんなにゲーム好きだったの?(これもワシが知らないだけ?)

ま、これだけなんですけど。面白い本なのでお暇でしたら読んでみてください。


<katsさんからのコメント>

昨日、水戸芸術館で「テレビゲーム展」を見てきました。水戸の前には神戸のファッション美術館というところでも開催されていたのでもしかしたら知っているかな?

その中で、ゲームにかかわる重要人物の紹介があったのですが、その内の一人、確か宮本茂という人だったと思いますが、この人は任天堂の人で「スーパーマリオブラザーズ」のディレクターだそうですが、その解説文の中に「P マッカートニーがサインを欲しがったという逸話は有名」とかいう記述がありました。唐突に出てきたしそんな話は知らなかったので、なんだそりゃ?という感じでしたし、後で買った展示会のプログラムにはその記述がなかったのでほんとかな?という感じがするのですが、確かに会場の展示ではそういう記述がありました。


<よしてるより>
情報ありがとうございます。実はお二人からはほとんど同時にこの情報をいただきまして、ちょっと驚きました。

"Flowers in the Dirt"の"Ou est le Soleil?"(太陽はどこへ?)。この曲のプロモーションビデオは、なかなか楽しいつくりになっています。画面の中を小さなキャラクターが走り回り、敵をよけたりやっつけたり、障害物を飛び越えたり。そう、スーパーマリオそっくりのTVゲームの世界なんです。そんな画像をポールがときおりのぞきこむ、というこの映像からも、ポールとスーパーマリオの関係がうかがい知れますね。

ただ、スーパーマリオに熱中していたのは、ポール本人ではなく、息子のジェイムズ君のようです。90年来日当時11歳の彼は、まさにファミコンに熱中する年頃。ポール本人も、何かのインタビューで「彼はニンテンドウのファンなんだ」と語っていた覚えがあります。きっとポールが息子のためにサインを欲しがったってことなんでしょうね。 そういえば10年ほど前に、このことを紹介した本を読んだことがあります。"Ou est le Soleil?"のプロモの画面も掲載されてたなあ。で、たしかその記事の見出しは「スーパーマリオはビートルズを超えたか?」。おおげさだなあと思ったので覚えています。この本の書名などがわかる方がいらしたら、ご連絡ください。(2001年2月4日)


福井ミカ「ラブ&キッス英国」(徳間文庫)P.205

ラブ&キッス英国―イギリスは暮らしの達人
(リンク先はハードカバーです)

イギリス研究会のNさんからいただいた情報です。

ミカが、当時一緒に暮らしていたクリス・トーマスからの束縛を気に病んでいたとき、ポールから「愛のために自分をしばりつけておくことはない」とアドバイスされたという経験が書かれています。時代的には、おそらくアルバム"Back to the Egg"の頃。クリス・トーマスがプロデュースしたアルバムですから、ポールとのつきあいも当然あったでしょうね。同アルバムの"Baby's Request"の歌詞が、ミカとの会話をもとにして出来ていることは有名ですが、その会話がこれなのかな?

この他、別ページにも、「ポールとリンダに手作りのマーマレードをプレゼントしたらすごく喜んでくれた、彼らのようなリッチな人たちは手作りの真心のこもったものを喜ぶものなんだと感じた・・・」という出来事が紹介されています。


高尾慶子「イギリス人はおかしい 日本人ハウスキーパーが見た階級社会の素顔」文芸春秋 奥付(著者略歴紹介)

日本人ハウスキーパーが見た階級社会の素顔 イギリス人はおかしい (文春文庫)

イギリス研究会のNさんからいただいた情報です。

安易な「イギリス礼賛」の姿勢をシニカルかつ軽いユーモアを漂わせつつ批判しているこの本にも、ほんの少しだけポールの名前が出てきます。著者略歴に、「1942年生まれ(ポール・マッカートニーと同い年!)」と書かれてあるのです。きっとファンなんでしょう。

※手元に本がなく、記憶に頼って書いていますので、引用語句が少し違っているかもしれません。ご了承ください。


荒木飛呂彦「魔少年ビーティー」集英社

魔少年ビーティー (少年ジャンプコミックス)

主人公ビーティーの憧れの女生徒。その生徒に接近するいわゆる「勉強でもスポーツでもなんでもできてかっこいいけどいやな感じ」の剣道部の主将が登場。その主将の人となりを説明するときに、「ジェームズ・ディーンみたいにハンサムで・・・音楽の才能はポール・マッカートニーなみ」という表現が使われています。本当ならすごい奴だ。 ちなみに同じ作者の「ジョジョの奇妙な冒険」第1部では、主人公の名前がジョジョで、ガールフレンド(のち妻に)の名前がエリナです。


マイク・カプーゾ著、植松 黎訳「動物ワンダーランドへようこそ」ハヤカワ・ノンフィクション文庫 第6章他

動物ワンダーランドへようこそ―ユーモア・コラム237 (ハヤカワ文庫NF)

じぞうさんよりいただいた情報です。

<じぞうさんからのコメント>

フィラデルフィア・インクワイアラー紙に連載されていたコラムをまとめた一冊。動物にまつわるコラムなのですが、タッチは比較的カラめなのでけっこう面白く読めると思います。さてこの本の6章に、「ポール・マッカートニーのビートル狂」という一篇があります。ここではゼネラル・モータースの動物を用いた衝突テストを巡るPETAとポールの活動が紹介されています。ワタクシ的にはこの辺りのことはまったく初耳だったのでとても興味深く読みました。ま、ポール・ファンならご存知のことなのかもしれませんけど。

ただこの章、いきなり「菜食主義者であり、イギリスの百姓として知られる歌手のポール・マッカートニー」なんて書き方なのでちょっと面喰らうかもしれないな。でもこのヒトの芸風なので気にしないでね。それよりも「ポール・マッカートニーのビートル狂」ってタイトルが今イチよく解らないんですけどね。原文はどうなんだろ。自動車のビートルとカンケーがあるのかな。

それから同書には、リンダのレシピに言及しているところもあります(「どのくらいの七面鳥が感謝祭に命をささげるのか」という章)。何と言うか、コラムや小説に登場するB4と言えばジョンが圧倒的に多いのだけど、こと「動物愛護」という切り口で見るとポールの独壇場なのかもしれないななんて思いました。

<よしてるより>
情報ありがとうございます。 じぞうさんからのこのご紹介をいただくまで、「動物愛護」「菜食主義」というカテゴリーをすっかり忘れていました(^^; おっしゃるとおり、このあたりのジャンルをたどれば、ポールネタはかなりころがっているのかもしれないですね。動物愛護や菜食主義の活動をしている有名人は多いですが、その中でも、ポール&リンダは本当に真剣に取り組んでいる人の筆頭ではないかと個人的には思います。

そういえば、90年代初頭に出た環境保護の本で、大判でカラーのイラストをふんだんに使ったもの(これだけではどの本か全然わかりませんね(^^; )でも、帯と本文にポールの言葉が記載されていたのを覚えています。普段このような本を読まない自分でも目にするくらいですから、探せばもっとあるのかもしれないですね。


ホイチョイ・プロダクション「気まぐれコンセプト」小学館・ビッグコミックスピリッツ

気まぐれコンセプト クロニクル

Zさんよりいただいた情報です。

<Zさんからのコメント>

私も一つネタがあります。 それはスピリッツに今も連載中の「気まぐれコンセプト」で90年の来日頃の時に、広告代理店がチケット斡旋業者みたいになる、というバブリーなネタがあったのですが、そこで広告代理店が受け付けるチケットがポールの日本公演だったというものです。「はい、こちら”チケで”です」「ポール・マッカートニーのチケットください」「...アレうちらチケット屋じゃなく広告代理店じゃなかったっけ?」みたいな感じで。

当時ポールの公演の前にストーンズも来日しており、世間的にはそちらの方がもてはやされていたのですが、そんな中でのポールネタ、かなり嬉しかった記憶があります。

<よしてるからのコメント>
情報ありがとうございます。 そうですね、おっしゃるとおり、当時世間的にはストーンズの方が話題でしたからね。その中でこのネタというのは、嬉しいものですね。

「気まぐれコンセプト」といえば、おそらく同じ時期だと思うのですが、ハシラ(まんがのコマとページの端の間のスペース)に、「誰とストーンズ行って、誰とマッカートニー行ったか覚えておかないと、マドンナの時大変だ!」(うろ覚え)という一言が書いてあった覚えがあります。「マッカートニー」という言い方に若干の違和感を覚えつつも、この名前が登場すること自体に喜んでいたことを思い出します。



秋本治「こちら葛飾区亀有公園前派出所」集英社 第14巻49ページ

こちら葛飾区亀有公園前派出所 14 (ジャンプコミックス)

週刊少年ジャンプでの超長期連載で有名なギャグまんがにもちょっとだけポールネタが登場。

婦人警官の麗子が、「あら、ウィングス来日するわね!」とのセリフを。おそらくあの80年1月前後に掲載されたものなのでしょう。同じページで財閥の御曹司中川は、「おじいちゃんがロック好きで、ビートルズを家に招いたら彼らが3日泊まっていって演奏してくれたが客は僕ひとりだった」みたいなことを言っています。さすが中川・・・ (協力:たけぷ~さん他のみなさん)


古谷実「行け!稲中卓球部」講談社 第3巻69ページ

行け!稲中卓球部(3) (ヤングマガジンコミックス)

お下劣ながら個人的にはかなり笑えるこのギャグまんがでは、万引きされるアイテムとしてポールネタが登場。二人の女子高生がCDショップでCDを大量万引き。戦果を山分けするとき、二人が欲しいと言って取り合う"RAMO"というアルバムは、どうみても"RAM"です。


E.B.ゼックミスタ,J.E.ジョンソン著 宮元博章他訳「クリティカル・シンキング実践編」北大路書房 P.57

クリティカルシンキング 実践篇: あなたの思考をガイドするプラス50の原則

「ものの考え方を系統的に学習するためのテキストブック」であるこの本にも、ポールの名が登場します。こんなふうに。

「ポール・マッカートニーの妻は何という名前か。(a)リンダ(b)ヨーコ」

この問題は、問題を解く際の「確信度」について学ぶための問題です。何かの問題について、「この問題なら間違いなく答えを知っている」「多分これが答えだと思う」「わからないから当てずっぽうで答える」などどいう「確信度」と、実際の正答率を比較し、確信度と正答率は意外と一致せず、過信が存在しがちだということを学ぶための例題なのです。

それで、この問題を関西の女子短期大学生81名に対して行ったところ、こんな結果(平均)がでたそうです。

「正答率:56.8% 確信度:75.8%」(確信度50%で「当てずっぽう」、100%で「間違いない」とした上で)

つまり、そこそこの自信を持って、「ポールの妻はヨーコ」と答えた人がいたということです(とほほ。でも世間の認知度はそんなものか。)。

ちなみに確信度、正答率ともに高かったのは、「甲子園球場はどこにあるか (a)大阪府(b)兵庫県」で正答率95.1% 確信度92.5%、低かったのは「[笑ってお仕事]という宣伝をした会社はどこか (a)マイクロソフト(b)吉本興業」で正答率24.7%,確信度60.4%(ちなみに正解は(a)。)でした。


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