(2018年1月16日更新)
本書は、漫画史上に燦然と輝く山岸涼子さんの名作「日出処の天子」の理解を深めてくれるガイドブックです。
それもただ表面をなぞっただけではなく、ビジュアル・歴史的背景・創作それぞれのポイントをしっかり掘り下げる、制作者さんの想いが伝わるつくりです。
ビジュアル面
山岸涼子さんの画はモノクロでも本当に端正なのですが、カラーの美しさもとびきりです。このムックではカラー原画を堪能できます。これが素晴らしく、見とれてしまいます。
予告カットや未公開のものも。これはぜひ、現物をご覧になっていただきたいです。
他にも、写真のサイズは大きくありませんが雑誌連載第一回の扉絵なども収録されています。
歴史的背景面
タイトルに「古代飛鳥への旅」とあるように、このムックには観光ガイドの側面もあります。
でも、法隆寺のようなメジャーどころは載せず、物語序盤に登場する渡来僧・日羅や蘇我氏にまつわる飛鳥と、蘇我・物部の戦いの場所である河内など、「日出処の天子」の熱心なファン向けの案内となっています。
法隆寺近辺の紹介もあるのですが、それが調子麻呂を埋葬したと言われる調子丸古墳や厩戸の愛馬黒駒の墓と言われる古墳だったりとやはりなかなか渋いセレクションです。私も本書を読んでそこへふらりと行ってきました。
(以下、2,017年5月よしてる撮影)
△案内板
△調子丸古墳
△愛馬黒駒の墓と言われる駒塚古墳
こんなふうに、旅情を誘う内容でもあります。
歴史の解説も、ありきたりの「飛鳥時代解説」ではありません。国立歴史民俗博物館の仁藤教授など専門家により、厩戸の超人伝説を歴史書に見いだしたり、マニアックなところでは物語に一度だけ登場する「薬狩り」の歴史をひもといたりと、ファンをにやりとさせる内容です。
あと、特に勉強になったのは仁藤教授のこの記述。
同母兄弟姉妹である中大兄皇子と同母妹・間人皇女との婚姻さえ王族の間では「ロイヤル/インセスト」(王族のみに特権的に許された近親婚)として必ずしもタブー視されなかった可能性も指摘されている。物語では、毛人は同母関係にある刀自古との関係に悩むが、同様に考える余地がある。
!!これには驚きました。それに、仁藤教授もきちんと「日出処の天子」をお読みになっているのがわかり、それもうれしく思います。
創作面
特に興味深かったのがこの創作面の掘り下げです。
こちらも専門家により、「聖徳太子絵伝」などの古来の絵画と「日出処の天子」の画との関連を解説してくれています。もとになった美術品を観て「あの画はここから来ていたのか」と驚くこともしばしでした。
しかしこの「絵伝」、厩戸の子孫たちが蘇我入鹿に襲われて全員天に昇っていくシーンまであるのですね。もちろんここから連想するのは「あの画」です。
また、山岸涼子さんのコメントやインタビューも秀逸。
連載を巡る当時の状況、例えば連載開始前は山岸さん曰く「どん底の時期だった」ことや、連載開始時は編集部に「男ばかり」「男同士の関係を描くなんてとんでもない」と大反対されたことも興味深かったし、厩戸の父が亡くなるときと似たような経験を山岸さんご自身がなさったことにも感じ入るところがありました。
しかし何より驚いたのは、大胆でありながら史実にかなり忠実なあの物語を描く前、山岸さんが読んだ資料は、以下のたった3冊だけだったということ!
他にも、山岸さんの現在の仕事場写真(「日出処の天子」連載当時のも少しあり)も興味深いし、荒俣宏さんとの対談では、荒俣さんが「(四天王寺を建立した、世界一古い企業)金剛組の方も『日出処の天子は愛読書です』と言われた」と話し山岸さんがびっくりする、などのやりとりも楽しい。読みどころがたくさんです。
この名作を、連載終了後30年以上たった今、こうして新たに掘り下げて愉しめるのは本当にありがたいことです。
原作というか本編というか、はこちら。
山岸さんが執筆にあたって参考にした3冊。
関連メモ
古代日本
江戸時代