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ジャレド・ダイアモンド「文明崩壊」(下)−ルワンダ大虐殺と人口圧力

文明崩壊 下: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫)

文明崩壊 下: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫)


機会があったのでこの本を再読しました。今までこのブログで何度も取り上げてきたこの本ですが、もう一度メモしたいなと思える部分がまた。1994年のルワンダ大虐殺の原因について、政治・歴史以外の側面から考察した章です(下巻第10章「アフリカの人口爆発」)。この章で著者は、以下のような説を述べています。


1950年以降、世界で起こった大虐殺の中で、1994年のルワンダのそれは人口に対する比率から見るとカンボジアに次いで第二位。いろんな説がありますが、全人口の1割近くが殺されたといわれています。

なぜ、大勢の人々が、昨日まで一緒に暮らしていた人々を殺すようになったのでしょうか?一般的に言われていて、かつおそらく最大の要因だと思われるのが、フツ族対ツチ族の民族間憎悪(と、それを作りだした元宗主国ベルギーの政策)です。しかしそれなら、ルワンダ北西部でフツ族がフツ族を殺戮したのはなぜなのでしょうか。また、ルワンダの他の場所でも、ツチ族の人数が減るにつれ、フツ族がフツ族を殺すようになりました。一体どうして?


著者の立場は、民族間憎悪やその他の様々な要因を認めつつも、人口爆発とそれによる環境破壊も大きな要因だと考察しています。要は、人が増えすぎて一人当たりの農地が狭くなり過ぎたということです。しかし本当にそんなことで、隣人が隣人を殺すのでしょうか。

ルワンダでは、独立後人口が増加しても、国は従来の農法を続け、生産性の向上を図ろうとはしませんでしたし、家族計画も推進しませんでした。1984年にルワンダを訪れた著者の友人は、環境破壊が進行中であることを感じ取っています。国全体が菜園とバナナ園になっているようで、急斜面の丘も段々畑にせず起伏に沿って畑をつくったり(雨で畑が流されやすい)、作物の間の土を草木で覆って休ませない(土がすぐ悪くなる)など、基本的な農法も実践されていなかったといいます。

結果、ルワンダと隣国ブルンジ(ここでも虐殺が行なわれました)の人口密度はアフリカで一番、隣国タンザニアの10倍、世界でもトップクラスとなります。ただ、人口密度世界最高クラスのオランダやベルギーは高効率な農業とその他の産業があり、バングラディシュも「緑の革命」を経た新しい農法に移行しているところですが、ルワンダはそのまま。

そのルワンダでは人口は増え続け、1988年には農民一人当たりの農地平均面積は0.09エーカー(約360平方メートル)、1993年には0.07エーカー(約280平方メートル)となってしまいます。ちなみに、アメリカのモンタナ州でも一家族を支えるのに必要な農地の広さは40エーカー(それでも足りないのが実情らしい)です。ルワンダの農地の不足がどれだけ深刻かがわかります。


繰り返しになりますが、著者は人口圧力を虐殺の唯一の原因としているわけでは決してありません。もしそうなら、オランダやベルギーでも虐殺が起こっているはずだからです(バングラディシュでは、ルワンダほどの規模ではありませんが虐殺が起こりました)。それに、ルワンダより人口密度の低いドイツ第三帝国やカンボジアでも虐殺は起こっています。しかし、様々な要因が重なり合えば、人口圧力は最悪の筋書きを描くことがあるということを結論としています。

私としては、映画「ホテル・ルワンダ」や、フィリップ・ゴーレイヴィッチ「ジェノサイドの丘−ルワンダ虐殺の隠された真実」(上)・(下)を観たり読んだりしたときに感じた「なぜこんなことが?」という疑問に、少し納得度を加えさせてくれたようには感じています。しかし、依然としてこの出来事は、私の想像力を超えたところにあります。理解したい、する必要がある、とは思うんですが・・・


(参考)過去に「文明崩壊」についてとったメモ:
イースター島に木がないことの意味
ひとつの島に2つの国家、2つの歴史
マーサズヴィンヤード〜特別な環境と共存する島
AERA2006年6月5日号にジャレド・ダイアモンドのインタビュー
"Collapse"→ヴァイキングの良港→ドイツ海軍の沈没船→高感度センサーの材料に


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