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SF、推理、純文学3つの要素が染みこんだ小説 - カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)


[物語]
物語の語り手キャシーはある施設の出身。現在は介護人をしている。施設での生い立ちから現在までを淡々と語る。その施設は、健康診断を毎週行い、絵や工作、詩に異常なほど力を入れていた。出来のいい作品は、「マダム」と言われる女性が引き取っていく。その意味が、語りの中から明らかになっていく。

[感想]
ドラマティックな展開などみじんもありません。衝撃的な一言が、平易な語りの中にぽつんと置かれていたりします。登場人物たちはいたって普通の性格の持ち主です。そしてもちろんこれはフィクション。こんなふうに、先日読んだ「沈まぬ太陽」とは正反対の小説でした。だけどこれもとびきり「おもしろい」。

静かな文章の中で、徐々にその世界の特異さが伝わってくる。この点にも惹かれたのですが、この小説はミステリーではありません。謎がある程度解けても解けなくても、登場人物たちの会話や行動から、人間くささが淡く、しかし力強く伝わってくる。このような文章が紡げるカズオ・イシグロの想像力はたいしたものだと感じました。

読み終わって、ふと目にした表紙のカセットテープの絵を見て、切ない気持ちになりました。


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