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認知症になる人とそうでない人の違いとは-デヴィッド・スノウドン「100歳の美しい脳」

100歳の美しい脳―アルツハイマー病解明に手をさしのべた修道女たち

修道院の世界は、実は医学の研究にうってつけです。修道女たちは全員たばこを吸いませんし、医療や住居、食事も平等。条件が揃っているので、比較研究をしやすいのです。このような状況下で、なぜアルツハイマー病(認知症の原因の6割を占める)になるシスターと、ならないシスターがいるのか。著者はそこに目をつけ、研究を進めました。

最初にわかったことは、素人の私から見ると意外な結果でした。学歴の高いシスターほど、どの年齢で比べても死亡率が低いのです。それ以前に行われた、マサチューセッツの(修道院ではない)一般社会で行った調査結果も同じでした。しかし、一般社会では、小学校しか出ていない人はそうでない人に比べ喫煙率が高く、低い水準の医療しか受けられないという「原因」がありました。しかし、それらの要素が平等な修道院でも、同じ結果が出たのです。


著者はさらに研究を進める中、修道院に研究に活かせる貴重な資料があることに気づきます。シスターが修道院に入るときに書く短い自伝です。これにより、シスターの若いころの知的能力とアルツハイマー病との関連がわかるのでは、と考えたのです。そこで、著者は老化と言語機能の関連を専門にしているスーザン・ケンパー博士の協力を仰ぎます。

ケンパー博士は、文章の「意味密度」を調査することを提案します。この「意味密度」とは、単語10個あたりに表現されている命題の数のことです。そこで著者は、若いころのシスターの自伝におけるこの「意味密度」と、老齢になったシスターのアルツハイマー病を測定する「認知テスト」の関連を調査します。すると、驚くべきことがわかります。この二つには、はっきり相関関係があったのです。

つまり、若いころ「意味密度」の高い文章を書ける言語能力の高い人は、年を取ってからアルツハイマー病になる可能性が低い、ということです。

ただ、この「意味密度」については、次のような批判もありました。そういった複雑な文は、わかりにくいのではないか。そのようなわかりにくい文を書くことは、言語能力の低さを示しているのではないか、と。これに対して著者はこう答えます。「私たちが分析した自伝には、意味密度の高い低いに関係なく・・・どの文章も文法的に正しく、明確な考えを適切に表現していた。意味密度が高いからといって、理解しづらいわけでは決してない。」
また、著者自身もこんな疑問を持っていました。「ヘミングウェイは簡潔な文体で知られているが、彼のような作家を分析するとどういう位置づけになるのだろう。」これに対するケンパー博士の答えはこうでした。「意味密度が高い文が、優れた文学を作るわけじゃないのよ。」


若いころの言語能力が、年老いてからの生活に影響があるとは驚きです。もはや自分は手遅れにしても、子どもには何かできることがあればしてあげたい、と思うのは親としては自然な思いでしょう。これに対しては、ケンパー博士は即答しています。「読み聞かせですね。」博士によると、意味密度を左右するものは語彙力と読解力なのだそうです。「語彙力と読解力を高めるには、子どもが小さいうちから本を読んで聞かせるのが一番なんです。」


もちろん、アルツハイマー病の原因となる要素は、言語能力だけではありません。遺伝子も関連していますし、禁煙や野菜を十分取ることなどもアルツハイマーの予防によいそうです。しかし、そんな原因の中に、言語能力が含まれているというのは大きな驚きでした。

また、この結果が、著者と数多くのシスターの協力(彼女たちは、記録の提出やテストの参加だけでなく、死後に脳の提供までしている)によって判明していく過程も興味深いものでした。意外な事実と、そこに至る過程の両方が印象深い本でした。


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