タイトルからして「運動って脳にもいいんですよ」って感じの軽めの本だと思っていましたがとんでもない。医学者が様々な実験結果から実証できた内容を脳の構造や働きとともに詳細に説明する、質・量(約350ページ)ともにボリュームたっぷりでした。以下、ポイント部分の引用と要約です。
背景
この本が書かれた背景には、ニューロンの回路、つまり脳のインフラを構築し維持する脳由来神経栄養因子(BDNF)の研究が1990年代に進み、ニューロンの結びつきがどのように作られ強化されていくかの理解が劇的に進んだことがあります。
具体的な例は次の通りです:カリフォルニア大学のカール・コットマンが老後も健全な精神状態を維持している人を4年間観察し研究したところ、共通点は教育、自己効力感(ある行動や課題を達成できるという信念や自信)、そして運動だとわかりました。前の二つはわかるけど、運動?ここからBDNFと運動は何か関連しているのではないか、と彼は考え、研究が進んでいったのです。
そして、運動すると脳の能力(記憶力・理解力・不安への対処など)が上がることがわかってきた。この本の冒頭には、通常の体育の授業に加え「生徒個人の最大心拍数のうち一定の割合を超えればOK」というプログラムを組み込んだところ劇的に成績が上がったというイリノイ州ネイパーヴィル高校の実例が報告されています。その後は、脳の基本的な働きの解説と、「症状」別の運動と脳の関係−学習、ストレス、不安、うつ病、注意欠陥障害、依存症、女性ホルモン等−が記述されています。以下は、その中で個人的に関心がある部分をメモします。引用の際要約しています。
ストレス
ストレスとは、生物学的には、体の均衡を脅かすもの。脳で言えば、ニューロンの活動を引き起こすものは何でもストレスになる。椅子から立ち上がることを含めた筋肉を動かす一切の動作も、フランス語を習うことも、宝くじに当たることも、何かを想像することもそうだ。
要は刺激は種類・程度にかかわらず何でもストレスになるということですね。
ストレスは、免疫系にワクチンがもたらすように、筋力トレーニングが筋肉を鍛えるように、適度なものであれば脳細胞を十二分に回復させ、将来の要請に備えてガードを固くする。ストレスによって鍛えられ、回復能力を増していくのだ。ストレスは良い悪いではなく、必要不可欠なものなのだ。問題はその強さと頻度だ。軽いストレスでも四六時中感じているとシナプスの結合は切断されてしまう。
ストレス=体に悪い、というわけではない、それどころか適度なものは成長につながる−これは感覚的にすごく腑に落ちる内容でした。そして安心もしました。仕事その他で感じるストレスや不安も強さと頻度にもよるけど悪いものではない、「必要不可欠なもの」なのですね。ベストセラー「7つの習慣」にもまったく同じことが書かれていたことを思い出します。著者のコヴィー博士が、精神的なハードルを超えるとそれ以前より強靱な精神力が身につく、筋力トレーニングに非常に似ている、と。コヴィー博士は脳の研究結果ではなく自身の感覚を比喩的に述べていたのですが、果たしてそれは脳科学的にも適切な表現だったのです。
続いて、このような記述もありました。
定期的に有酸素運動をすると体のコンディションが安定するので、ストレスを受けても急激に心拍数が上がったり、ストレスホルモンが過剰に出たりしなくなる。少々のストレスには反応しないようになるのだ。
また、よく知られた「健康法」も実はストレスによるものだったという以下の2つの例は驚きました。
アメリカ国立老化研究所の神経科学部門長マーク・マットソンによると「野菜や果物といった植物に含まれる体にいい化学物質のほとんどは、昆虫などに食べられないようにするための毒として進化してきたもの。こうした植物を食べると、私たちの細胞には適度なストレス反応が引き起こされます(例:ブロッコリーのスルフォラファンという物質は細胞にストレスを与え抗酸化酵素の量を増加させる。ただし食事で摂取する程度の量では抗酸化効果は期待できない。)」
マットソンは、摂取カロリーを抑えると寿命が延びるのも、ストレスが将来の危機に備えて抵抗力を増し、フリーラジカルを減らすためだとわかった。ラットでは、食事のカロリーを30%減らしたグループのほうが好きなだけ食べることを許されたグループよりも1.4倍長生きした。喘息患者で「3食しっかり食べる日」と「1日に500カロリーしか摂取しない日を交互に繰り返す」の2グループをつくり血液を調べると、食事制限をしたグループは酸化ストレスと炎症を示す値が低くなっていた。喘息の症状も改善された。「それは軽いストレスになりますが、回復する時間さえあれば、体にいいのです。」
このように、適度なストレス・負荷の有用性が学べたのがこの本からの一番の収穫でした。
不安・うつ
不安やうつについても興味深い記述がありました。
運動すると筋肉の張力がゆるむので、脳に不安をフィードバックする流れが断ち切られる。体のほうが落ち着いていれば、脳は心配しにくくなるのだ。また、運動によって起きる一連の化学反応には気持ちを落ち着かせる効果がある。脂肪から分解された遊離脂肪酸が血液中を移動する際の乗り物としてトリプトファンからアルブミンを奪い、身軽になったトリプトファンは脳に入り、セロトニン(不安、衝動、自尊心、学習に影響する神経伝達物質)の構成材料となる。
この「体を緩めると不安が軽減される」のもよく経験します。仕事で重い案件を抱えたままお風呂に入ったりマッサージ受けたりするといつのまにか「まあなんとかなるか」って気になったりしたこと、何度もあります。
運動と抗うつ剤を科学的に正しい方法で比較したのは、1999年のデューク大学におけるものが最初だ。ジェームズ・ブルメンタールと同僚は、うつ病の患者156人を抗うつ剤(ゾロフト)グループ、運動(週3回・30分・有酸素運動能70-85%強度のウォーキングかジョギング)、両方試すグループに分けた。16週間後の結果は、3グループともうつの症状が大幅に緩和し、それぞれ約半分は症状が完全に消えた。13%は症状は緩和したが、すっかり治ったわけではなかった。
実験でもうつに運動が効くことが証明されているわけですね。薬と同じくらい効果があると。
ではそもそも人間はなぜうつになるのでしょうか。以下にひとつの説が紹介されています。
精神科医のアレクサンダー・ニクレクスは、うつは希望が全くない環境で資源を保存しようとする生存本能だと述べている。一種の冬眠、それも往々にして一シーズンでは終わらないものだ。そのため、多様な思考システムだけでなく、体にも影響が出る。
結局、どれくらい運動すればいいのか
で、どれくらい運動すればいいの?この本を読み始めた人の大半が教えてほしいと思うことでしょう。著者が見たり読んだりしてきたことから判断すると、理想は以下のとおりだそうです。
- 週に6日、何らかの有酸素運動を45分から1時間
- そのうち4日は中強度(最大心拍数の65-75%、ジョギング程度)で長めに
- あとの2日は高強度(最大心拍数の75-90%、ランニング程度)で短めに
- しかし2日続けて高強度の運動をやってはいけない。回復のための時間が必要だからだ。
これ、ハードル高いですね・・・私はちょっとこれは無理、と思いました。ただ、以下のような研究結果も。
ただし、やめてしまうよりは、低強度でも続けていたほうがはるかにいい。数日間、あるいは1、2週間運動しそびれても、再開した翌日には海馬はBDNFをどんどん生産することがカール・コットマンの研究からわかっている。
そして著者自身は、こんな感じで実践しているそうです。
運動をやり損なう日はあるが、2日続けては休まない。週に2日は20分のジョギングの合間に20秒から30秒の全力疾走を5回含ませている。何をしたらいいかわからない人には、私はこの話をする(このほかにウェイトトレーニングなども行っている)。
仕事が忙しい時期でなければ、これくらいならできるかな。ここ数年は週2〜3回のウォーキングを続けている私ですが、時々は全力疾走もしてみようかな。