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坂本図書 - 坂本龍一さんの私物蔵書、私は何を読んだか

坂本龍一さんの私物蔵書を実際に手に取って読める場所「坂本図書」が都内某所にあると聞いたので、私は兵庫県在住ですが、行ってきました。


目次


「坂本図書」とは

概要

公式サイトによると次のとおりです。

『坂本図書』は、ある人の心を動かした「本」という文化資本を共有するための事業です。

2017年より、坂本龍一が進めていた構想を引き継ぐ形で、2023年より、一般社団法人坂本図書が運営しています。


入室前の様子とルール

完全予約制です。1回3時間。詳細は公式サイトを見ていただければと思います。

当日は、指定された場所の前で扉を開くのを待ちます。私を含めて7人が並んでいたと思います。


この扉の前で並びます。


その間に、スタッフの方から台本板が渡されます。そこにルールが書いてあるのですが、その中の1つにはこうあります。

「室内での撮影(書籍の表紙や背表紙も含む)、及び当施設の所在地が特定される写真の撮影又は情報の伝達は禁止です。」

なので、ここがどこにあるかという事は書けませんが、ご了承下さい。

ただ、スタッフの方にお伺いしたところ、室内でメモを取ること、また読んだ蔵書の名前と状態をブログで発信することは問題ないとのことだったので、このメモでそれを記録に残していきます。


空間内部

書架は、高さが大人が手を伸ばせば最上段の本も取れるサイズ、幅が1.5メートルくらいのものが10ほどあったと思います。

その1つの書架の表裏両方(一部は表紙を向けて)に本が収納されていますので、単なる「本が好きな人」の域を軽く超えた蔵書量と言えるでしょう。それに多分、ここにあるものが全てというわけではなさそう。まんがなどの巻数が一部だけだったりしたので。

その書架の合間に椅子が設置されており、そこに座って本を読むわけですが、机のある席は1席だけだったと思います。私は運良くそこに座ることができたので、読んだ本をメモにとりやすかった。


さて、この「坂本図書」の楽しみ方はそれこそ千差万別だと思いますが、私は限られた時間の中できるだけたくさんの本を楽しみたかったので、次のように本を探していきました。


写真集

まず、写真集なら、ざっと見ることもできるし、多くの本を楽しめるのではと思って、席の近くにある写真集を手に取っていきました。それが以下の3冊です。

アンリ・カルティエ=ブレッソン"and the Artless Art" 1996

Henri Cartier-Bresson and the Artless Art

荒木経惟「東京物語」1989

東京物語

リュウ・ハナブサ"PRESENCE" 1996

Presence プレザンス / ハナブサ・リュウ | Natsume Books
安倍公房、ジュリエット・ビノシュ、ゴルチェなど当時のアートの最先端にいる人々のポートレート集。もちろん坂本龍一教授も。「戦場のメリークリスマス」ピアノバージョンのカセットブックのために撮影されたもののようです。


献本

写真集を眺めているうちに、せっかく教授の個人蔵書を読める機会なんだから、もしかすると教授と親しかった人の本については献本メッセージが書かれていたりするんじゃないだろうかと思い、そういう本を手に取ってみると、果たしてその通りでした。

村上龍「新 13歳のハローワーク」2010

新 13歳のハローワーク
「To 坂本龍一君 村上龍 19. Mar. 2010」との記載が。私は村上龍さんのサイン本を持っていますが、まったく同じ筆跡でした(当たり前)。

塩崎恭久「日本復活」2003

日本復活: 「壊す改革」から「つくる改革」へ
「坂本龍一大兄 感謝と友情を込めて 平成15年9月 塩崎恭久」と書かれてありました。
帯も教授のものですね。
文中でも、中学時代に「世界の坂本に音楽を教えた」ことや高校時代に教授とともに多くの時間を過ごしたことが書かれています。


教授らしい、と思った本

これまで目にした教授の発言や書籍版「坂本図書」(後述)を通じて、教授の本の好みはなんとなくわかっていたつもりですが、実際にさあ次は何を手に取ろうかと書棚を眺めている中で、特にこれは教授らしいなと痛感した本の一部を挙げてみます。

八大山人「石濤」1961

石濤・八大山人 | NDLサーチ | 国立国会図書館
八大山人については書籍の「坂本図書」でも語られていますね。

NTTインターコミュニケーション・センター推進室「季刊インターコミュニケーション」1993 Spring

公式サイトInterCommunication No.4 Contents (J) ← 一部の記事が読めます
教授の作品やインスタレーションが何度も展示されてきた初台のNTTインターコミュニケーション・センター(この「坂本図書」訪問後も、せっかく東京まで来たのでトリビュート展に行きました)の機関誌。この号では「時間のランドスケープ」と題して様々な論考を収録。「ウゴウゴルーガ」についてのものもありました。

ルドルフ・シュタイナー「色彩の本質」1986

色彩の本質 (シュタイナー著作集 別巻 6)
なんとなくですが、80年代後半の教授とシュタイナーって通じるものを感じたり。教授が他の人に薦めていたという記事を見たことがある気がします。

鶴見俊輔・小熊英二・上野千鶴子「戦争が遺したもの」2004

戦争が遺したもの
教授とともに私がファンである小熊英二さんの本もあってうれしかった。書かれている内容も教授の関心に合っていそうだなと。

全集があったり、一定数揃っていた著者

  • 夏目漱石
  • チェーホフ
  • 深沢七郎
  • 吉本隆明
  • 大江健三郎
  • 谷川俊太郎
  • 羽仁もと子(ちょっと意外だったけど、自由学園出身だからかな)
  • 村上龍

書籍版の「坂本図書」で語られていた人がやはり目立ちます。

もちろん、原発関連、哲学関連(カント、ヴィトゲンシュタインなど)、縄文時代・日本人のルーツ関連、写真集(洋書も多い)、詩集も多数ありました。


ちょっと意外だった本

ちょっと意外だった本も。

綿矢りさ「大地のゲーム」2013

大地のゲーム(新潮文庫)
小説については、古典作品や、現代作家でも、教授より年齢層が上の作家のものがほとんどだったのですが、目についた中での例外はこちらでした。

「コンプリート・モータウン」2016

コンプリート・モータウン
当然音楽に関する本は多いのですが、教授がモータウンについて言及していた記憶がないので(私が知らないだけかもしれませんが)、こちらも意外でした。ちなみに私もモータウンの音楽が大好きなので、これもうれしい発見です。


ガーデニングや料理の本もわりとありました。意外なようでもあり、中年期以降の教授を考えると自然な気もしたり。


まんが

まんがも多数。

手塚治虫「聖書物語」1994

愛蔵版 手塚治虫の旧約聖書物語 全3巻・全巻セット (愛蔵版 手塚治虫の旧約聖書物語)
かなりボロボロになっていて、何度も読んだと思われます。ひょっとするとお子さんが子どものころに読ませていたのかな?などと想像が膨らませることができるのもこの「坂本図書」ならでは。

教授は手塚治虫を愛読していたこともどこかで語っていましたね。手塚先生の描く線が音楽的だ、というようなことも含めて。

ほか、目についた作品や漫画家は次のとおり。

  • 手塚治虫「ブラック・ジャック」「人間昆虫記」
  • 山上たつひこ
  • 諸星大二郎
  • 水木しげる
  • 「綿の国星」(ちょっと意外)

まんが雑誌も複数(「ガロ」など)ありました。

また、こんな発言も読めました。

高橋悠治×坂本龍一「長電話」1984

長電話

  • 坂本「家の奥さんがね、もう少女漫画のキャリアがすごいわけ」
  • 高橋「うちもそうだね。推薦してくれるから時にはそれを読むけど」
  • 坂本「やっぱりあの、あれ?日出処の天子?」
  • 高橋「うん、今のところはそれかな」

私のもっとも好きなまんが作品のうちのひとつ「日出処の天子」が思わぬところに登場(本書は教授ファンの間では有名な本ですが、私はここで初めて読めました。)。
その他の会話も非常に興味深く、じっくり読みたい本のうちのひとつです。近所の図書館には軒並みないし、古書もなかなかの値付けになっているのですが・・・


愛読書 - 書き込みがあった本、何度も読まれた形跡のあった本

このように書架を眺め本を物色する中、教授本人の書き込みがあったり、何度も読まれた形跡のあった本にはやはり特別な思いを感じましたし、実際に手を取る時にも非常に緊張しつつわくわくしました。どのようなメモや書き込みがあったのかも含めて紹介していきます。

私が書き込みが見つけられた本は次のとおり。

テオドール・アドルノ「ベートーベン 音楽の哲学」1997

ベ-ト-ヴェン: 音楽の哲学

  • P.11「消滅し、衰弱していくものこそ、音楽にとって本質的なのである。」・・・下線

これ、晩年のインタビューでも語られていたことですよね。たしか、雨音とピアノの音の減衰が似ているという文脈で。

  • P.35
    • 「労働」・・・四角く囲む
    • 「全体性における個人的な契機の止揚とが統一されている。」・・・下線
    • 「主題の不完全性」書き込み


谷川俊太郎「夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった」1975

夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった
「音楽がぼくをダメにし、音楽がぼくを救う。」・・・下線

中沢新一「芸術人類学」2006

芸術人類学
P.324「大地性への帰属やそこから離脱していくことの困難」・・・下線、そして「日本人の幼児性?」とメモ

北山 耕平「ネイティブ・タイム:先住民の目で見た母なる島々の歴史」2001

ネイティブ・タイム: 先住民の目で見た母なる島々の歴史

  • P.307「ネブタ」・・・「語源は?」とメモ
  • 「アイヌ」「沖縄」・・・下線
  • 参考文献のR.マクドナルド「日本回想記 インディアンの見た幕末の日本」・・・チェックあり
    • マクドナルド「日本回想記」: インディアンの見た幕末の日本 (刀水歴史全書 5 歴史・民族・文明)


以降は、本の傷みがかなりあり、教授が何度も何度も読んだと思われる本の一部です。

ミヒャエル・エンデ「モモ」1976

モモ 時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語

ライヤル・ワトソン「生命潮流」1981

生命潮流: 来たるべきものの予感

ティモシー・リアリー「フラッシュバックス ティモシー・リアリー自伝」1995

フラッシュバックス : ある時代の個人史および文化史 ティモシーリアリー自伝


もっとも興奮しながらページをめくった本 ー 坂本龍一少年が写真を切り抜いた作曲家とは

そんな中でも、最も「緊張とわくわく」を感じた、自分にとって一番重みがあり、かつ興味深かった本がこちら。おそらく教授が小学校高学年くらいの時に愛読したであろう本です。

大田黒元雄 少年少女図説シリーズ16「世界音楽物語」1962

表紙カバーがなくなっていて、オレンジの表紙に「ZUSETSU SERIES」と書いてあるだけでした。なので一瞥しただけでは何の本かわからないのですが、表紙をこちらに向けて「展示」されていたのでこれは重要な本だろうと思い手に取ったところ、なんと一部の写真をカッターナイフで丁寧に切り取った跡が!

関西に帰宅後、自宅や勤務先から行ける範囲の図書館を検索したところ、幸運にも本書(ただし版は異なる)を収蔵している図書館があったので、教授が切り取った写真を以下に引用掲載します。

切り抜き(以下、写真はすべて大田黒元雄「世界音楽物語」1964より)
口絵 ③ショパン

P.34 ドビュッシー

P.58 モーツァルト

P.78 ショパン、ショパン自筆の楽譜

P.95上ブラームス

P.159 ラヴェル

彼らはきっと当時の教授の「アイドル」だったのですね。

モーツァルトがあるのと、ショパンが多いのがちょっと意外。

モーツァルトは、坂本図書で私がとったメモには「ベートーヴェン」とあります。ひょっとすると教授が愛読した1962年版と写真引用元である1964年版では異なっていて、教授が切り取ったのはベートーヴェンなのかもしれません。

ショパンについては、「坂本龍一選 耳の記憶 後編」の「第31回 ショパン 舟歌」の項で、教授自ら「どちらかといえば、ショパンはそんなに好きな作曲家ではありませんが」と語っているので、意外だなと。ただその後「『子守歌』と「『舟歌(バルカロール)』だけは好きで、子どものころは、よくペルルミュテールの演奏する盤を聴いていました。」と続きます。その「子どものころ」に切り取ったのがこの写真なのかもしれません。


なお、本書は、国立国会図書館のデジタルアーカイブでも一部を読めます(利用者登録要)。
世界音楽物語 - 国立国会図書館デジタルコレクション

ドリンク、グッズ、BGM

以上のように、「坂本図書」は本を眺め手に取るだけでも非常に興味深く貴重な場所なのですが、ドリンクも楽しめ(ワンドリンク制)、グッズも販売されています。

ドリンク(価格は2024年3月当時)

麦茶650円、ワイン赤白1,000円(教授が愛飲していたものとのこと。飲めばよかった・・・)、コーヒー、緑茶、古式緑茶など。私は麦茶をいただきました。

グッズ

いくつかのグッズが売られていますが、私は教授が記譜などに愛用していた(スタッフが切らさないように常備していたとのこと)極細シャープペンシルのロゴ入り版と、希望すればつけてもらえる袋(有料)を。



BGM

かなり抑えた音量で音楽も流れています。途中から本に集中したのであまり覚えていませんが、認識できたのはこちら。さすがに実に教授らしいですね。

  • バッハ「フーガの技法」(グレン・グールド)、「音楽の捧げ物」
  • 「太陽がいっぱい」テーマ曲
  • 「1900」テーマ曲
  • 古楽(ダウランド?) その他多数


以上、いろいろと書きましたが、とにかく坂本龍一教授のファンであり本がそれなりに好きな私にとっては至福の場所でした。関東に住んでいたらきっと何度も通うだろうし、そうでなくてもまた行きたいと感じられる特別な空間。この構想を発案した教授と、その遺志を継いで実現・運営を継続してくださっているスタッフの皆さんには心から感謝します。


書籍版「坂本図書」

なお、以上の図書空間とは別に、坂本龍一さんが36の著者・作品について語った書籍版の「坂本図書」もあります。図書空間の「坂本図書」を訪れる前に本書を通読しておくとより充実するかと思います。


関連メモ


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