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人間の暗い情念を刺激する世界の凄み-江戸川乱歩「心理試験」(短編集)

親が誤った情報を子に伝えてしまうことは珍しくないとは思います。しかし私の親が教えてくれた「エドガー・アラン・ポーは、江戸川乱歩のことを尊敬してそういうペンネームにしたらしい」という話はそれはないでしょうって感じです。ちなみに当時小学生だった私はそれを本気で信じていました。

さらに、親はこうも言いました。「江戸川乱歩に『心理試験』って話があるけど、それは連想ゲームを使って犯人を見つける話なんや。植木鉢に隠してあったお金を盗んだから、犯人に「植木鉢」と言うと「お金」って答えてしまうんや。」この話も上記のエピソード同様とんでもない誤りであることが、この話を聞いた30年後に本物の「心理試験」を読んでやっとわかりました。

表題作「心理試験」は乱歩の代表作ですから内容をご存じの方も多いとは思いますが、親の話がどう誤っていたかを説明するためにあえて書きます。学生が老婆を殺害し植木鉢に隠してあったお金を奪いました。刑事は真犯人を見つけるため二人の容疑者に心理試験=連想ゲームを行ないます。一般的な言葉の中に犯行に関係のある言葉を織り交ぜ、容疑者の反応を見るのです(ここまではあってる)。真犯人である学生は、この試験についても対策をたて、一見完璧な回答をしたかに見えました(植木鉢→お金、などとは言っていない。)。しかし刑事は学生が真犯人であることを見抜きました。それは・・・という話です。親のしてくれた話は、この短編の一番おもしろいところを伝えていなかったのです。もしかしてそれが親心だったのかもしれないけれど(そんなわけはない)。


と、長々書きましたが、この短編集を読んで一番感じたことは、探偵小説としての面白さではなく(それももちろんあるにはあるが)、乱歩が描く、人間の暗い情念を刺激する世界の凄みです。作品のタイトルだけでもそれが感じられます。

「心理試験」
「二銭銅貨」
「二廃人」
「一枚の切符」
「百面相役者」
「石榴(ざくろ)」 ※顔面を切り刻まれた被害者のこと
「芋虫」 ※戦争で四肢と発話能力・聴力をなくした男のこと

特に「芋虫」は、順序が逆ですが、デヴィッド・リンチを超えていると思います。


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