庭を歩いてメモをとる

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80年代、奈良のゲームセンター(1)斑鳩・王寺

ふと、子どものころよく遊んだ場所を検索してみたら、まったくヒットしませんでした。

それはいわゆるゲームセンター、ゲームコーナーです。

なんだか残念だったので、ここに書いてみます。

ものすごくローカルですし、私がゲーセンによく通っていたのは84年~87年くらいなので、その時代限定になります。そこまで対象者を狭める内容、誰得って感じですが・・・

ちなみに、2021年現在、全店舗閉店しています。

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まずは、法隆寺のある斑鳩町から。

森文房具店

場所

斑鳩東小学校のすぐ近く。

ゲーム

ディグダグ、レディバグ → ソンソン、サスケVSコマンダ → カンガルー → サーカスチャーリー、クレイジーコング、クラッシュローラー → Mr.Do!(これだけアップライト筐体、他はテーブル)

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想い出

当時よくあった「文具店だけど店の半分以上が駄菓子屋兼ゲームコーナー」という小学生相手のお店の典型。わりと清潔、というと大げさかもしれないけど汚くないし、何より当時やりたいゲームがちゃんとあってそれが50円というので、よく通いました。特に84年ごろ。

ゲーム以外にこんな経験も。

ある日、突然スーツを着た年配の男性が3人ゲームコーナーに入ってきたことがありました。

そのうちの一人が「みんな、ここにはよく来るんかな?」と尋ねます。子どもたちは全員無視していましたが、私は、これはちゃんと応えた方がいいという気がすごくして「はい」と言ってしまったんですね。その後はその一人の男性と私の会話になりました。

「これ(ゲームのこと)おもしろい?」「はい」

「電気(照明のこと)暗くて、ちょっと目が疲れないかなって思うけど」「あんまり明るいと画面が見えにくいんで、このほうが見やすいです」「そうなんや」

「お金けっこう使ったりする?」「1回100円のお店が多いんですけど、ここは50円なので。お母さんと相談してお金もらって、その中でやってます」「それで足りるの」「もっとやりたいですけど、友達がやってるの見たりして。それもおもしろいし、次(のプレイ)に役に立ったりもしますし。」

その年配の男性はにっこり笑って「ありがとう」と言い、他の人を引き連れて去っていきました。

そんなことまで覚えてる?と思われるでしょうが、見知らぬ大人からヒアリングを受けたことなんてこれが人生初なので、ものすごくはっきり記憶に残っています。

まだまだゲーセンが非行の温床とか言われてた時代。まあたしかに、ヤンキーがカツアゲしたりなんていうできごとは実際にありました(後述)。

このお店は、そういうカツアゲとかはまったくなかったんですが。それもこのお店によく行く理由でした、そういえば。


あかね

場所

JR法隆寺駅の北西200mくらい

ゲーム

よく変わった。その分、リクエストにもわりと応えてくれた。

カプコンの第1作バルガスはここで初めてプレイ。ソンソン、1942、魔界村、ゼビウス、リブルラブル、パックランド、ドラゴンバスター、ASOなど。こうしてみると意外に覚えてないなと思う。

全部アップライト筐体。ディスプレイの端っこがゆがんだりにじんだりとか画面があまりきれいではないのが多かった。

想い出

ここも、「森文房具店」同様、小中学生相手の文具・駄菓子・ゲームコーナー併設店。おばあさんとその娘さんが店番をしていました。

古い商品を替えずほこりっぽくて清潔とはいいがたいこと、おもちゃでもいわゆるパチモンが多かったこと(ガンダムの版権無視ステッカーとか)、ヤンキーたちによからぬ(吸うと気持ちよくなる)ものを売っているのでは?等よくない噂があって近隣の小中学校でも先生が店名を出して否定的なコメントを言ってたりしたこと、などいろいろいわくつきの、アングラ的な(小中学生にアングラも何もないけど)存在でした。

でも私はよく通いました。そんなやばいものは売りつけられなかったし、おばあさんも実は親切な面もあったし、何よりゲームがすべて50円以下で、前述のようにリクエストに応えてくれたから。この二つは、お金はないけどいろんなゲームをとにかくやりたいという中学生にとっては「七難隠す」メリット。

中3になり部活動がなくなった後はここが事実上仲間うちの放課後の部室みたいになってたのも楽しかった。「魔界村」のネームレジスト音楽を聴くと、今でも、高校入試の結果をこの店で報告しあってたのを思い出したりもします。そんな場所。

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ジャスコいかるが店

国道25号線沿い。現在、イオンいかるが店になっていますが、ゲームコーナーがないばかりか、売り場面積が80年代当時の3分の1になっていて*1、まったく別のお店といっていいですね。

ゲーム

スクランブル、ジャンプバグ、リバーパトロール、ドンキーコング、ドンキーコングJr.、マッピー、ポールポジションII等。NewラリーXやスペースファイヤーバードもあったかも・・・

想い出

わりとよく行っていたはずなのにあまり覚えていないですね。100円だった(と思う)から眺めるだけであんまりプレイしなかったからか。

マッピーをここで初めて見たけど、音楽のすばらしさ以前に、音そのものが、騒がしいゲームコーナーの中でもすごく目立っていましたね。当時のナムコ音源はそういう点でもすごかった。あの環境でこそ理解できるナムコサウンドの真の実力と言いましょうか。


みますや

場所

王寺駅の北西側*2。あんまり覚えていない。

ゲーム

ゼビウス、沙羅曼蛇など。あんまり覚えていない。

想い出

ここにはゲームとは別の忘れられない「想い出」があります。人生で最初で最後(であってほしい)のカツアゲにあったんです。

店にいるヤンキーに突然肩を組まれ脅されて、財布から自分でお金を出しました。300円くらいだったかな。

小学校の時の同級生はこの店でトイレに連れ込まれて腹を殴られてお金を無理やり取られていました。お店のおばちゃんは見て見ぬふりをしていた模様。

もちろんうわさは聞いていました。それでもその店に何度も行ったし、カツアゲにあったその日もそのままゲームしていました。ここも50円だったから。

男子中学生はたいていあほだけど、私もほんとうにあほでした。


王寺ファミリー

場所

王寺駅南側。現在はルカーラという名称になっていますが、当時のお店はおそらく残っていないはず。ここの通路の端にアップライト筐体があった。

ゲーム

85年度後半にドラゴンバスターとスカイキッドが50円でプレイできたので、そのとき一番よく通ってました。

想い出

ここの3階*3に、関西の老舗レコードチェーン店・ワルツ堂がありました。

ここで世界初のゲームミュージックアルバムといわれる「ビデオゲームミュージック」を買いました。このアルバムは、今もワルツ堂のロゴが入ったレコード袋と一緒に大切にしています。

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ワルツ堂の袋と「ビデオゲームミュージック」

少し話はずれますが、当時の中学生をめぐる音楽事情はここに書きました。


ニチイ西大和店

場所

近鉄大輪田駅から200mくらい(河合町)。その後イオン西大和店になったのでさすがにここは健在だろうと思いましたがまさかの先月(2021年7月)閉店*4・・・

ゲーム

ニチイ自体が1986年とできたて(当時)だったので、ゲームコーナーも「新しい」という印象しかないですね。スーパーハングオンをやったはず。

80年代後半は、自分自身も高校生になり行動範囲も広がったので、このあたりのお店に自転車で行くことは減っていきました。なのでこれ以上の想い出は残念ながらありません。

想い出

当時の「できたての新しい店」も35年たつとそれは老朽化も激しくなっているのでしょうね。当時は周辺もまさに「新興住宅地」で、その後も順調に人口は増えていますが、2021年現在はWikipediaにも「老朽化と住民の高齢化によるニュータウン共通の課題「オールドタウン」化が懸念となっている。」と書かれている*5状況。どこも同じ。「時代の流れ」ですね。



以上、まとめると、いかに安くゲーセンでゲームをするかしか考えていなかった中学生時代、ってことですね。


後日、懲りずに大和郡山市や奈良市のゲームセンターについても書いてみようと思います。


関連メモ

この頃に熱中していたゲームが、歴史のある大学の国際学会イベントで紹介されていたので息子と観に行った時のこと。「非行の温床」と言われていた場所から生まれたものが国際的な学術研究の対象になったわけです。これも「時代の流れ」。


当時、どれくらいゲームのことばかり考えていたか。それにナムコはどう応えてくれたか。


私にとってもっとも思い出深い斑鳩町のお店。閉店する前日に家族で行きました。


注釈


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