長編「決壊」でその実力を実感させられた平野氏の短編集ですが、その中で個人的に突出して心に染みいったのは「フェカンにて」。どこからどうみても平野氏本人を思わせる小説家「大野」が、フランスのフェカンに立ち寄る、というそれだけの話なのですが、その短い、特にハプニングもない旅も、ここまで味わい深く描き出せるものなのだなあと感心しました。
平野氏自身の独白と読める部分や、フェカンにまつわる歴史的事実などもこの作品に彩りを添えてはいますが、やはり「味わい深い『旅行/非日常』の切り取り方」と「小説家の構想」のクロスオーヴァーがこの作品の魅力だと思います。
その他の短編は?楽しめたもの、実験以外の意義が理解できなかったものなど、さまざまです。いずれにしろ、野心的であることはクリエイターにとって大事なことなのかな、とは思った次第です。
全編読み終わって残った気持ちは「一人旅に出たい」。結局、「フェカンにて」の印象がそれだけ強かったということですね。