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人類はなぜネアンデルタール人などを駆逐して広がっていったのか? - マット・リドレー「繁栄−明日を切り拓くための人類10万年史」

繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史(上) 繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史(下)


この本の原題は"The Rational Optimist"(合理的な楽観主義者)。要するに「昔はよかった、これからは悲惨な世の中になっていく」という世間の声に真っ向から異議を唱えるのが主旨なのです。しかし、それ以外にも興味深い内容が多数含まれていたので整理しながらシェアします。ジャレド・ダイアモンドの超名著「銃・病原菌・鉄」とやや重なりながらも「銃」で語られなかった部分に詳細に踏み込んでおり興奮しました。人類史をあらゆる角度から俯瞰したのが「銃」なら、人類のイノベーションの部分を中心に記載したのが本書という感じですね。

人間社会はなぜ発展したのか

この本で一番学びになったのはこのことです。人間社会はなぜ発展したのか。他の生物、特にネアンデルタール人とは何が違ったのか。

異なるものを交換するのは人類だけ

人類はなぜネアンデルタール人などを駆逐して広がっていったのか?どちらも複雑な言語を使っていた点では同じだが、決定的な違いは「経済」にあった。人類は物々交換を行っていた。ネアンデルタール人はしなかった。彼らの石器の材料はその石器が使われた場所から徒歩で一時間以内の範囲に限定されている。物々交換をしていなかったためだ。「何かをしてもらったらお返しをする」のは様々な動物が行う。チンパンジーも行う。しかし異なるものを交換するのは人類だけだ。(以上要約、以下も同様)

狩猟採集生活を続けている社会と強大な国家を築いた社会との違いの一つが「農耕による余剰生産物→専門家の誕生つまり分業」にあるというのは「銃・病原菌・鉄」で知りなるほどと思った次第ですが、分業を可能にするには交換ができないとだめですよね。こちらもなるほど、です。著者もこう述べています。

従来の通念では、余剰物を蓄えることによって資本を成立させたのは農業であり、蓄えられた余剰物が公益に使われるようになったとされている。農業が始まる前は、余りものを貯蔵できる人はいなかった。この説には真実も含まれているが、話があべこべになっている部分がある。交易があったからこそ農業が可能だったのだ。交易のおかげで人びとは、農産物に特化して余剰食糧を生産する気になった。

ではなぜ人類だけが交換を行うようになったのでしょう。

火の使用がポイントかもしれない。調理が可能になったことで、食べ物の物々交換はしやすくなったはずだ。

火を使えるって本当に大きな進歩だったのですね。

分業と交換を行う条件

ただし、分業と交換を行うには必要な条件があります。これはまったく同じ話が「銃・・・」にも出ていました。

分業と交換がイノベーションの源だ。しかしそれを実現するためには、一定規模の人口が必要。タスマニア島は1万年前にオーストラリア大陸と切り離された。その時点では針・骨から作る道具、寒い気候用の衣服、ブーメランなどを使っていたが、初めて西洋人が接触した頃にはこれらすべてのテクノロジーが消滅していた。アイルランドほどの広さ(=北海道よりやや広い程度)に4000名しかいないと、テクノロジーは発展どころか継承もされない。文化は親や身近な人からではなく達人を真似することで受け継がれ進化するものだが、この人口密度ではそれができなかった。ある集団が何年も釣りをしないでいるうちに釣り道具の作り手たちが一人残らず死んでしまうと、釣り道具はなくなってしまう。しかしティエラ・デル・フエゴ島は違った。同じように人口はそれほど多くないが、彼らはマゼラン海峡の向こうの人々とかなり頻繁に接触していた。

そして、分業と交換、つまり市場を用いる社会とそうでない社会は、以下のような違いをもたらします。

経済学者ハーブ・ギンディスが言うように、市場を広く用いる社会は、協力と公平性と個人の尊重を旨とする社会を築く。最後通牒ゲーム(合理性だけを追求し相手への配慮を欠くと参加者全員が負ける可能性のあるゲーム)で、欧米の大学生やケニアのオルマ族(遊牧民で市場に取り込まれている)はたいていお金の半分を、アマゾンで焼き畑式農業を営むマチグエンガ族は15%だけを、タンザニアのハッザ族はとても少ない額を提示し、それでも拒まれることはめったになかった。

「人は信頼できるか、それとも他人を相手にする時は慎重になった方がいいか」というアンケートや実験で、ノルウェーでは65%が、ペルーでは5%が信頼している。「ある国の中で他人が信頼できると考える人の割合が15%増えると、その後毎年一人あたりの所得が1%ずつ増え続ける」と経済学者ポール・ザクは言う。

つまり、市場がある社会は人々が相互信頼を持つようになるというのが著者の主張です。この二つが完全に正比例しているかどうかは私はわかりませんが、たしかに信頼がないと市場や経済は回らないですよね。お金だって信用がなければただの紙切れや金属ですし(筋肉少女帯も「一万円札はただの紙」と「労働者M」で唄っています)。
発展した市場経済は競争に明け暮れる非人間的社会・・・というのは間違っているというのが本書の主張です。古き良き狩猟採集生活の実態は「現代の狩猟採集民の2/3がほぼ絶え間なく部族間の戦争状態にあり、87パーセントが毎年戦争を経験している。」のだそうです。


将来は暗くない

食糧問題

本書のもうひとつ(というかこちらがメインか)のテーマは、人類の将来は暗くない、というものです。例えば食糧問題について。人口がこれだけ増えて、食糧が足りなくなるのでは?これに対し著者は、食糧生産の技術の飛躍的な高まりを強調しています。

1952年、ノーマン・ボーローグは農林10号(日本が戦前に開発したコムギ)を元に丈が低く収穫量の多いコムギ(短棹コムギ:食べる部分が多くても茎が折れない)を開発。インドでの普及までの間には、税関の熱心すぎる消毒で種子の半分が死んだり、その種子は病気に弱いという穀物専売公社によるうわさが広まったりするなど、インド政府は国内の肥料産業を育成したいため様々な妨害を展開した。しかし結果的には導入され、1968年から1974年の間に収穫量が3倍になった。人口が急増したにもかかわらず、ほぼ飢餓が消えた。

1961年の平均収穫高が1998年にもまだそのままだったら、60億人の人口に食糧を供給するためには、32億ヘクタールを耕作する必要があるが、実際に1998年に耕作されていたのは15億ヘクタールだった。その差は南アメリカからチリを除いた面積に等しい。

まだ人間がみな狩猟採集民だったとき、一人が自活するのに必要な土地は1000ヘクタールだった。今では(中略)1/10ヘクタールだ。


除草剤や遺伝子組み換え作物

また、食物消費者からは眉をひそめられる対象である除草剤や遺伝子組み換え作物には「人道的」な面があること、逆に消費者が好む有機栽培の「害」について語ります。

除草剤の普及により、雑草を鋤き込む必要がなくなった。これにより、土壌の浸食、土中の無害な小動物の大虐殺が減った。保存料を使った食品加工により廃棄される食べ物の量が大幅に減った。家畜を小屋に閉じ込めることは良心を悩ますが汚染や病気を抑えながら少ない餌でより多くの食肉を生産できるのは確かだ。

遺伝子組み換えは、1980年代半ばに発明された。それ以前は「突然変異育種」というガンマ光線と発癌性化学薬品を使う技術が使われていた。多くのパスタは放射線を照射されたデュラムコムギから、アジア産の梨のほとんどが放射線を照射された接ぎ木から、有機ビール醸造者がとくに好むゴールデン・プロミスというオオムギ品種は1950年代の中でイギリスの原子炉の中で作られた。遺伝子組み換えにより作られた、害虫への毒素を持つ「Bt綿」はインド綿の大部分を占めているが、この品種の導入により、収穫高はほぼ2倍、殺虫剤の使用は約半分となった。2002年、ザンビアはグリーンピース・インターナショナルやフレンズ・オブ・ジ・アースなどの団体による運動により、遺伝子組み換え食品だから危険かもしれないと説得された政府が、飢餓のまっただ中に食糧支援を断る事態にまでなった。ケニヤの科学者のフローレンス・ワンブグいわく「あなたがた先進国の人たちが遺伝子組み換え食品のメリットについて議論するのは自由だが、私たちにまず食べさせてくれないか?」

世界が有機栽培を行えば、90億人の多くが飢えに苦しみ、すべての雨林が伐採されるだろう。有機農業は収穫高が少ないし、肥料のために石や魚を集めなければならない。土中の無機栄養素も消耗する。

このように、様々な「悲観論」を豊富な例を挙げて批判していくのが本書の真骨頂です。その内容は私から見るとかなり一方的で問題のマイナス面を書かなさすぎる面があるようには見えますが、通底しているのは著者の「思考停止状態で悲しがってるんじゃないよ」といういらだちのようです。

人口問題

人口問題については、もうしばらくすれば出生率は下がっていくから大丈夫、とのこと。国が豊かになればそうなるのが普通なのだそうです。

パターンは常に同じ。まず死亡率が下がり、人口急増を引き起こし、その2−30年後多産能力が突如として落ちる。出生率が40%下がるにはふつう15年ほどかかる。

ただ、こんな興味深い動向も。

最新の研究により、世界屈指の富裕な国々では繁栄が一定レベルに達すると出生率がわずかに上がるという。人間開発指数が0.94を超える24カ国のうち18カ国で出生率は上昇している。説明のつかない例外は日本や韓国などで、まだ下がり続けている。ペンシルヴェニア大学のハンス=ピーター・コーラーは、これらの国では女性がワークライフバランスを実現できる状況を整えられていないのだと考えている。


エネルギー問題

また、エネルギー問題については、化石燃料がどれだけメリットのあるエネルギー源なのか、そしてたしかに有限ではあるがまだまだ大丈夫、そして一見「エコ」に見えるエネルギー源に大きなマイナス面があることを綴っていました。

2005年に作られたバイオ燃料のために、世界の耕地のおよそ5%が食物用から燃料用に転用された。このことが、オーストラリアでの間伐や中国での肉食増加と相まって、2008年には世界の食糧供給を需要に届かないレベルに押し下げた。


アフリカと気候変動

さらに、著者の言う「二大悲観主義:2010年以降のアフリカと気候変動」についてはこうです。アフリカの発展条件についてはこの例を挙げています。

アフリカの内陸部にあり干ばつが頻繁で人口増加率がきわめて高く、独立時には黒人大学卒業者は22名、ダイヤモンド鉱床の発見、エイズ禍、一党支配のあったボツワナは、独立後の30年間で国民一人当たりGDPは平均してどの国よりも高く成長(ほぼ8%)し、13倍となり、現在ではタイ人やブルガリア人より豊かだ。何が違ったのか?安全で拘束力のある財産制度が広範に行き渡り、機能しているのだ。18世紀に土着のコイサン族を征服したツワナ族(現在でもコイサン族を適切に扱っているとは言いがたい)は民主的な政治制度を持っていた。牛は個人で、土地は集団で所有した。族長は長老集会に審議を諮るという強い義務も背負わされていた。また、他部族を自分たちの社会に組み入れるのを厭わなかった。さらに、イギリスの放任主義植民地支配により、タイや日本のようにヨーロッパ帝国主義の直接の影響をまぬがれている。

タンザニアでは、事業を興すには379日と5506ドルかかる。そのため、企業の98%が違法である。ダムや工場よりこうした制度の改革が必要だ。それも、ボトムアップでなければならない。最近のすばらしい例としては、携帯電話の活用がある。インド南部ケララ州では、漁師が市場に行くまでイワシが幾らで売れるかわからなかったが、携帯電話の活用により、より高く買ってもらえる市場に陸揚げできるようになった。その結果、漁師の利益は8%上がり、消費者が支払うイワシの価格は4%下がり、無駄になるイワシの量はほぼゼロに減った。誰もが利益を被ったのだ(イワシを除いて)。

社会制度に加え、効果的な処方箋は以下だそうです。しかし社会制度をボトムアップで変えていく処方箋の記述はありませんでした。これはどうしたらいいんでしょうね・・・

貧困国において本来なら予防できたはずの死を招く四大要因は、現在もこれからもずっと、飢餓、汚染された水、屋内の燻煙、マラリアだ。これらの原因によって、それぞれ1分あたりおよそ7人、3人、3人、2人死亡している。これらをなくせば人びとは繁栄し気候変動に立ち向かう準備ができるだろう。経済学者の試算によると、気候変動緩和に投入される1ドルは90セントの利益を生むが、医療に投入されれば20ドル、飢餓なら16ドルの利益を生むという。

以上は納得できる部分もあるものの、アフリカの問題すべてに回答しているとは思えませんでした。また、気候変動については、様々なデータを挙げ、予測の範囲内で気候変動が起こっても(過去の変動を見る限り)大きな問題とはならない、としていますが、他の記述に比べ具体性が欠けているように感じました。

以上のように、楽観論を強調し悲観論を軽んじている傾向ははっきりあるものの、人類を信頼した視点もいいものだな、とは感じました。悲観論もそれはそれで重要ですけれど。


なぜ産業革命はイギリスで起こったか

さて、本書には「銃・病原菌・鉄」に書かれていなかったもうひとつの人類史の「謎」への回答もありました。なぜ産業革命はイギリスで起こったのか。なぜフランスやオランダではなかったのか。これも大きな学びでした。

植民地

イギリスは広大な植民地があったので、産業革命に必要な「土地」をまかなえた。1830年ごろ、イギリスの牧草地は1010万ヘクタール未満だったが、930万ヘクタールの牧草地から産出される羊毛に相当するアメリカ産の綿花があった。

当時の植民地の存在が大きかったようです。しかし、それだけならかつてのスペインやポルトガルもそうでした。他の要因は?

名誉革命・海岸線

トゥルーズ周辺やシレジア、ボヘミアのように交易と繁栄の自由があった地域でも規則(通行料など)や賄賂、戦争などが商業を混乱させた。フランスやスペインも国の中が小集団で切り離されたような状態だった。しかしイギリスは違った。その背景の一つはジェイムズ2世の専横な政治に対する内乱や「名誉革命」など前世紀の大動乱である。名誉革命は単なる国王のすげ替えではなく事実上オランダの投機資本家によるマネジメント・バイイン(企業を買収した投資家がその企業に新たな経営陣を送り込む手法)であったので、オランダの資本が勢いよく流れ込み、オランダと同様政策は対外交易に傾いた。入り組んだ海岸線のおかげで海上交易を国のほとんどの地域に広げられた。


石炭

イギリスは石炭から、スコットランドと同じ面積の森林を余分に燃やすのと同じ熱量を生み出した。1870年までには、8億5000万人の労働者を使うのと同じだけの熱量をも生み出した。

1700年代に以上の3つが揃っていたのはたしかにイギリスだけでした。なるほど。加えて、以下の状況も産業革命を後押ししたそうですが、なぜそうなったのかという理由は書かれていませんでした。

1700年までに、イギリスでは貧困者の大部分が実は富裕者の子孫という状況になっていた。識字能力、計算力、家計管理などを労働者階級に持ち込んだ。相対的な富裕層は相対的な貧困層より子どもが多く、1000ポンドの遺産のある商人は4人、10ポンドの労働者は2人。


所得の増大

さて、この産業革命。たしかに人類の大きな一歩だったかもしれないけど、貧困層や児童労働を生んだのではないか?私も高校の世界史の教科書で炭鉱で働く少年の挿絵を見た覚えがあります。これも、著者は「違う」と唱えます。

産業化は本当に生活水準を向上させたのか。1700年の田舎の貧民は1850年の都市の貧民より著しく困窮していてその人数も多かった。児童労働については、動力源を備えた装置かが出現するずっと前の1678年から、手動のリネン紡績機の特許状は「3、4歳の子どもでも7、8歳の子どもと同じことができる」と自慢している。平均的なイギリス人の所得は3世紀間停滞していたが、1800年ごろに上がり始め、1850年までに人口が3倍になったにもかかわらず所得は1750年レベルの1.5倍になった。上昇率がもっとも高かったのは単純労働者だった。

1550年から1800年にかけて次第にイングランドの大部分に広がった「囲い込み」を、共有地から追い出された絶望的な賃金奴隷と見る人もいるかもしれないが、地方の織工たちは、専門化と交換へ、自給自足から現金経済に逃げ込んだのだ。

遺伝について

以上のように、本書は人類史の大きな「謎」に回答を与えてくれる本でしたが、著者は「やわらかな遺伝子」という、こちらも興味深い本を書いてもいます。そのことが垣間見える部分を引用しておきます。

悲観的遺伝子は楽観的遺伝子より多い。セロトニン輸送体の遺伝子は、私たちに物事の良い面を見る遺伝的傾向があるが、この遺伝子の長いものに対するホモ接合型は約20%しかいない。なお、DRD型遺伝子の7回繰り返し型によって、男性が取る金銭的リスクの20%が説明でき、この気質はまた、人口の大半が移民の子孫である国ではより顕著となる。

1万年前から6000年前までの時期、バルト海または黒海周辺のどこかでOCA2という色素遺伝子に突然変異が起こり、最終的にヨーロッパ人のほぼ4割に受け継がれた。目の色が青くなり皮膚の色が異常に薄くなった。日光の少ない北方の気候の中で、ビタミンDが少ない穀類を食べて生きようとしていた人々にとって、こうした変異は役にたったのかもしれない。



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