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21世紀にホームズがいたら? - BBC「Sherlock」

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19世紀のロンドン。アフガニスタンから帰国した軍医のワトソンは、家賃を安くあげるためルームシェアの相手を探していた。学生時代の友人が紹介してくれたその相手は、ワトソンを一目見るなりアフガニスタン帰りだと見抜く異常な観察眼・推理力の持ち主。彼の名はシャーロック・ホームズ。その後、奇妙な殺人事件を見事な推理で解決に導き・・・

これはシャーロック・ホームズシリーズの第一作「緋色の研究」のあらすじですが、冒頭の「19世紀」を「21世紀」に変えると、そのまま昨年BBCで、今年の8月にはNHKでも放送されたテレビドラマ「Sherlock」の第1回「ピンク色の研究」のあらすじになります。もちろん現代のドラマですから、ホームズは捜査にあたってスマートフォンを駆使しますし、原作でヘビースモーカーだったのがニコチンパッチで禁煙中。ワトソンはホームズの冒険譚をブログに書き、原作の有名なホームズのことば「地動説なんか知らなくても私の仕事には影響ない。脳は小さな屋根裏部屋みたいなものだから必要な知識だけを蓄えるようにしないと。だから地動説のことは忘れるよう全力を尽くす。」(要約)という内容は、「屋根裏部屋」の部分が「ハードディスク」に変わっています。そして彼らは「ホームズ」「ワトソン」ではなく「シャーロック」「ジョン」と呼び合います。


この見事な「現代版アレンジ」だけでも唸らされたのですが、このドラマは単なるアレンジものではありませんでした。原作のエッセンス・名セリフなどを巧みに取り込みつつ、このドラマオリジナルの、それだけでも十分楽しめる推理ドラマになっていたのです。例えば、殺人現場に残されたダイイングメッセージ"rache"について、原作では警察が「Rachelという人名を書こうとした」と考えたのに対し、ホームズが「これはドイツ語のrache、つまり毒だ」と見抜くのですが、このドラマでは警察が「ドイツ語の毒という言葉だ」、シャーロックが「Rachelだ」とまったく逆になっています。ここで原作を知っている人はにやりとできるのですが、ではその「Rachel」は何を意味するのか・・・捜査してみると被害者の娘の名だが、その娘は死産している。なぜ死ぬ間際にその名が・・・こういったストーリーの核は完全にオリジナルで、原作を知る人も知らない人もドラマに集中できるようなつくりなのです。

加えて、カメラワークや演出が見事でした。キーになる物体へのスピーディーなクローズアップとヒントとなるキャプションのポップアップが目まぐるしく切り替わっていく様は現代の映像作品ならではで、シャーロックの観察眼を視聴者にも疑似体験させてくれます。

また、シャーロックがふとした瞬間に見せるジョン・ワトソンへの友情がこのシリーズの魅力になっているのは原作同様なのですが、このドラマ版ではそれがあちこちで周囲の人たちから同性愛だと勘違いされるところがまさに現代的な笑いを醸し出しており、こういうところもうまいなあと思ってしまいました。二人が知り合ってベーカー街221Bに下宿するときからして、おかみさんのハドソン夫人が「ベッドルームは一つ?」ですし。


こういう熱心なファンがたくさんいる原作をベースにしたドラマって実は制作するのがすごく難しいと思うんです。原作ファンも喜ばせながら原作を知らない人も楽しませるというのはかなりハードルの高い仕事ですから。しかしこのドラマではこれが見事に成功しています。音楽でいえば、過去の大作曲家の名を冠したクライスラーのヴァイオリン曲(「ベートーヴェンの主題によるロンディーノ」等)や、ビートルズのエッセンスを昇華したTears for Fears / Sowing The Seeds Of LoveやExtreme / More Than Wordsを連想しました(これらの作品は先人のメロディをそのまま拝借しているわけではないですが・・・)。

これは言い換えると、原作への愛と、原作のような素晴らしい作品を世に送り出そうという気概がなせる技なのでしょう。「シャーロック」制作者は間違いなくこの二つを兼ね備えていると感じるので、今後の展開が本当に楽しみです。なお、現時点では放映済みの3作に加え*1、次の3作を制作中だそうです。


参考:
BBC:Sherlock
ジョン・ワトソンのブログ: The blog of Dr. John. H. Watson (Googleに"john watson"と入れると関連ワードに"blog"が出てくるところからもこのドラマへの注目度がわかります。シャーロック他登場人物からのコメントもあり芸が細かいです。)
シャーロック・ホームズのサイト: The Science of Deduction
NHK:シャーロック

*1:どれも楽しめましたが個人的にはこの「ピンク色の研究」が特に完成度が高いと感じました。


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