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奥泉光「シューマンの指」

シューマンの指 (100周年書き下ろし)

[物語]
音大中退経験を持つ里橋が、自身の高校時代(1970年代後半)を回想する。そこには常に、天才少年ピアニスト永嶺修人の姿があった。里橋は永嶺の才能とシューマンへの傾倒に魅了されていく。そして卒業式の夜、校内で永嶺のシューマン「幻想曲」に酔いしれる里橋の耳を、演奏が止まった瞬間、女性の叫び声がつんざいた。女子学生が殺害されたのだ・・・


[感想]
ミステリーとしてもけっこう楽しめましたし、丁寧な言葉で綴られた(でもがっしりともしている)文章も味わえたのですが、やはりこの作品は「音楽評論」いや「シューマン作品への愛情の独白」なのだと私は思います。読後に残ったのは圧倒的に「シューマンの音楽を聴いてみたい」という気持ちでしたから。

私がそれまでにシューマン作品で接したことがあるのは「子どもの情景」だけでした。しかしこの作品を読むと、ちょっとこれはシューマンをちゃんと聴いてみたほうがいいかもしれない、トッカータ作品7、交響的練習曲作品13、そして幻想曲作品17。どんな曲なんだろう。そう強く思わせる力がこの作品にはあります。というか、奥泉さんはそのために、シューマンの音楽を多くの人に知ってもらいたくて、この作品を綴られたのではないでしょうか。代表例として、永嶺修人が春の月光の下「幻想曲」を弾くシーンはこの小説のクライマックスのひとつなのですが、あのシーン全体が、「幻想曲」について表現し読者にその魅力を伝えるための大舞台装置なのではないかと感じたわけです。

音楽ファンが自分の愛する音楽の魅力を伝えるために友人や周囲の人達に「布教活動」をしがちなのは、音楽ファンから見るとほほえましく、関心のない「布教される側」から見ると迷惑な行為なのかもしれませんが、このようにエンタテインメントとして「布教」してしまわれると多くの人がストレートに興味を喚起されるように思います。そういう手法をとったことも含めて、奥泉さんのシューマン作品への愛情を深く味わうことのできる一冊です。

参考: 作中に登場する作品を集めたCD「シューマンの指 音楽集」試聴リンクつき(HMV)


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