小熊英二さんの時評集から、特に興味深かった点をピックアップ。すでに発表から5年程度が経過している論考も含まれているので、今では状況の変化を少し感じる内容もありますが、それもまたおもしろいと思いメモします。
なぜ日本の労働者の待遇が悪化したのか(2014年7月)
- 日本では、労働者は、過重労働・低賃金でもにこやかに接客し無断欠勤も持ち逃げもしない
- 信頼があるから、高給の会計係や衛生管理者を別に雇うコストがかからない
- しかしこのような信頼を不変の文化的特性だと思うのは危険である
- 労働史の研究によれば、日本の労働モラルは昔から高かったのではなく、高度成長期以降に上昇した
- 理由1:高度成長で企業に余裕ができた
- 理由2:50年代の労働争議の多発に懲りた企業側が不当な解雇や劣悪な待遇を避けるようになった
- 日本の労働者の待遇が悪化したのは90年代からだが、理由は上記の裏返し。経済停滞と労働争議を知る経営者の引退
- 労働条件に耐えかねた離職者を多く出した日本の労働者を安くこき使っても高いモラルで働いてくれるはずだと何の根拠もなく思い込んでいたなら、それは甘え以外の何物でもない。
ここで私が初めて知ったのは、日本の労働モラルは高度成長期以降に上昇したということと、50年代の労働争議がそれに関連しているという点です。これらについては、ざっと調べてみたところデータ等を見つけることはできなかったのですが、モラルが不変のものではないということは理解できます。
小熊さんはこう述べていますが、これは企業だけではなく、多くの日本の組織の上層部にもあてはまる指摘だと私は感じました。
くだんの牛丼チェーン店の経営者は、日本の労働者のモラルを不変の前提と考えていたのだろう。言葉を換えれば、甘えていたともいえる。(中略)「最近の若者は甘えている」と発言する経営者が時々いるが、甘えているのはどちらの側か、よく考えてみたほうがよい。
アメリカ・イギリスが自由化に価値を置いていない理由(2012年5月)
そもそも「アメリカ・イギリスが自由化に価値を置いていない」という認識自体がなかったのですが、これはどういうことでしょうか。
アメリカ・イギリス
- 1929年の大恐慌前に金融自由化
- 大恐慌 → 金融自由化が行きすぎた、との反省
- → グラス・スティーガル法の制定により証券と金融の分離が行われる
- 第二次大戦
- 50~60年代にケインズ経済学(政府が経済をコントロール)の全盛期
- 73年石油ショック → 福祉財政行き詰まり
- もう1回規制緩和、自由化路線 → 国際金融が成長
- しかし2008年リーマンショック
日本
- 1929年の大恐慌 → 軍部独裁・統制経済 → 敗戦 → 自由経済は統制しないほうがよかったのでは?との認識
- 戦後も政府主導の開発経済 → 高度成長
- 中曽根改革・小泉改革
- 経済は停滞 → まだ不十分では?との認識
よしてるの感想
なるほど、英米はすでに自由化を2回やりきって、その負の側面も経験したから自由化に価値を置いていないというわけですね。そこは理解できたと思います。同時に、正の側面(アメリカではIT・金融が、イギリスでは金融が発展し現在の屋台骨になっている等)も果実として得ていると思います。
一方で、日本は自由化をやりきってないのでまだ価値を信じている。でもそれは果実を未だ得ていないのだから当然のように思います。
いずれにしても、自由化に関する価値の置き方が日本と英米では違う、というところは勉強になりました。