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手塚治虫ゆかりの地・東京 - 住んだ家・好物のお店・お墓

私は関西在住ですが、ときどき東京に出かけることがあります。そんなときに時間を見つけて訪れた手塚治虫先生ゆかりの地についてのメモです。

住んだ家 - 並木ハウス

(2018年1月20日訪問)

手塚先生が住んだ所としてはトキワ荘が有名ですが、実は居住期間はたった1年間ほど。その後は「並木ハウス」というところに転居されています。そこには約2年住んだそうです。

  • 参考:トキワ荘に行った時のメモ


並木ハウスへは都電唯一の路面電車・荒川線で鬼子母神駅まで。私は山手線の大塚駅から行きました。4駅目。


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鬼子母神駅。

駅を降りて北側(大塚方面に向かって左側)にいくとすぐケヤキ並木が印象的な通りに出ます。


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鬼子母神大門ケヤキ並木。東京都指定天然記念物です。

で、ここの通りに入ってすぐの右手側にある道に入ると・・・


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突き当たりに家が見えます。これが並木ハウスです。2階の左側が手塚先生がお住まいだった部屋(隠れてますけど)。どうやら今も住んでいらっしゃる方がおられるようなので、写真はこのくらいにしておきます。

手塚先生が住んでいた当時と同じ建物だそうですが、けっこういい感じのデザインで、当時としてはかなりモダンだったのではないかなと想像します。

ところで、建てられたのはいつで、家賃はどうなんだろう。

調べてみると、1K(和室4.5畳)シャワートイレ共同で月35,000円、築65年(1953年築?)、「鉄腕アトムの生まれた家!」とありました(2018年1月30日現在。https://www.athome.co.jp/chintai/6963849915/より)


そういえば、売れっ子になる前の赤塚不二夫先生・石森章太郎先生もここ並木ハウスの手塚先生を訪ねてきたそうです。手塚先生は締め切り間際でも赤塚・石森先生に丁寧にアドバイスに応じたとのこと。その模様はアンソロジー「トキワ荘青春物語」の編集者・丸山昭さんの手記に書かれています。

ここはそんな場面にも想いを馳せることができる場所です。


高田馬場-手塚先生の好物のお店

次は山手線の高田馬場駅へ。

高田馬場周辺は、手塚作品の著作権管理・アニメ制作会社である手塚プロダクションの本社がある場所。かつての手塚先生の仕事場のひとつでした。そして、鉄腕アトムの生まれた場所(作中の科学省の所在地)でもあります。というわけで、地元のみなさんも手塚先生との縁を大事にされているようです。

駅の発車メロディ

まずJRの発車メロディが「鉄腕アトム」。これは高田馬場西商店街の方々の尽力で実現したものです。当初はアトムが誕生した2003年4月・1ヶ月間だけの限定だったのですが、好評のためJR側から今後も使わせてほしいという要望があり今に至っているそうです。

ちなみに、手塚治虫記念館に近い阪急宝塚駅の発車メロディも同じ「鉄腕アトム」。ただ、JR高田馬場駅は「♪心やさし ラララ科学の子↑〜」から始まりますが、阪急宝塚駅はその後の「♪十万馬力だ」から。なので高田馬場駅は最後まで聞けないことが多いのですが宝塚駅はたいていちゃんと最後まで聞けます。


高田馬場駅の壁画

駅を降りて北側の早稲田口を出ると、高架下にいきなり手塚治虫キャラクターの壁画があります。
これも21世紀に入ってから地元の方々が設置されたもの。

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JR高架下

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西武新宿線高架下

青柳

早稲田口を出て左側(西側)に数分歩くと和菓子の「青柳」さんがあります。

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「青柳」

こちらの「更科」というそば饅頭が手塚先生の好物だったそうです。1個211円(税抜き)。

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更級と手塚治虫

また手塚治虫先生とのご縁にちなんでくりまんアトムというオリジナルの和菓子も販売されています。アトム(くりまん)3個・ウラン(こしあん)2個のセットで1,270円。ばら売りや他のセットもあります。

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アトムくりまんと更級

いただきました。おいしい!どっちもまっとうなお味で、これぞ正統な蕎麦饅頭、栗饅頭という感じ。

注意点としては、保存料等を使っていないので賞味期限が早いです。更科のほうは買った翌日、アトムも約1週間でした。

一番飯店

(2016年4月23日訪問)

同じ通りには中華料理の一番飯店さんがあります。手塚先生に出前を何度も届けたお店です。

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外観

出前の際に手塚先生の要望にしたがってできた特製上海焼きそばがあります。もともとは手塚先生専用の裏メニューでしたが、町おこしのためにメニューリストに加わったそうです。

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特製上海焼きそば

私もいただいてみました。1,380円。確かに今までに食べたことのない具の構成でなかなか面白く、食べ応えのある焼きそばでした。ごちそうさまでした。また食べたいな。


アトム通貨 - 地域通貨の先駆けであり最大の流通量

ところで、この高田馬場駅の西側の商店街、この青柳さんも一番飯店さんも「アトム通貨」という地域通貨が使えます。

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アトム通貨

その名の通り鉄腕アトムをデザインしたものなのですが、こちら、地域通貨の先駆けなのだそうです。

地域通貨は一時期はやったものの今はあまり見かけなくなったな・・・というイメージがありますが、そんな中「アトム通貨」12年連続使用されており、高田馬場以外にも札幌や石垣島など他地域でも使用でき、かつ発行枚数も毎年2,000万円分と、今も大活躍中。

アトム通貨が配布される活動は、「環境」「地域」「国際」「教育」の4テーマのどれかに沿った社会貢献活動です。
例えば「環境」のテーマに沿った清掃活動や、打ち水に参加することでアトム通貨を入手できます。入手したアトム通貨は1馬力=1円として、加盟各店舗で使用することができるのです。


ところで、その世界の先駆けであり、安定した人気があり、そして手塚先生の作品をモチーフにしたものといえば・・・まったく違う業界ですが、私はトヨタのプリウスを連想しました。初代プリウスのテレビコマーシャルのキャッチフレーズは「手塚先生、21世紀に間に合いました。」というものでしたから。


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通りのサインボード

「青柳」と「一番飯店」のある通りには、街頭に手塚キャラクターのサインボードがあります。小さいですが、その分街の景観を邪魔していないというか、うまく街の風景にマッチしてるように思いました。

手塚プロダクション

さて、この商店街から5~6分程度歩いた住宅地の中に手塚プロダクションがあります。

一般公開はしていないようなので(ビジネスの事務所なのですが当たり前ですが)外から眺めました。

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外観

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社員用入口

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正面入口


ちなみに、手塚プロの本社はここに移転する前の1976年から1995年までの間「青柳」さんの向かいにありました。

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以前の手塚プロダクション。90年3月、ポール・マッカートニーのライブのために上京したときの空き時間に撮影。


お墓

(2017年11月19日)

最後に、手塚先生のお墓をご紹介します。

都電荒川線・新庚申塚駅から徒歩数分、地下鉄三田線・西巣鴨駅から徒歩6分くらいの場所にある総禅寺(東京都豊島区巣鴨5-32-2)が墓所です。

こちらも住宅街の中にあるお寺です。

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この外観を見るとかなり近代的なイメージですが、この向こう側に墓所があります。

墓所は一般にオープンにされているわけではないようですが、お寺の方にお声がけして、手塚先生のお墓にお参りに来た旨をお伝えすると、笑顔でお墓までご案内くださいました。

どちらからいらしたんですか、と聞かれたので、兵庫県からですとお答えすると、遠くからもよくファンの方がいらっしゃるんですよ、と教えてくださいました。

お参りのためのお線香代200円をお支払いして墓前にお参りしました。

ここは手塚先生お一人のお墓ではなく、当然手塚家累代のものとなっています。そのためもあってか「写真撮影はご遠慮下さい」との看板がありました。

正面の手塚家の墓石に向かって左側には火の鳥、アトム、サファイヤ、レオ、ブラック・ジャックなど手塚キャラクターを彫り込んだプレートが。

また、右手には手塚良仙の墓碑が。幕末の医師・蘭学者で、「陽だまりの樹」の主人公良庵の別名で、治虫先生の曾祖父だった人ですね。あるいは、その良仙の父も同じ良仙という名前だったそうですから、そちらの人なのかもしれませんが。

どちらにしても「陽だまりの樹」のあの幕末の時代から手塚先生の生み出したキャラクターが今も息づいている現代までの連綿としたつながりを強烈に感じました。そして手塚先生にお会いしている気持ちに。

私が先生の作品を心から愉しんでいるだけでなく人生におけるいくつかの重要な指針をいただいたこと、小学生の長男も大ファンで「新宝島」と「どろろ」が特に好きであることを報告しました。


次は、ファンの長男を連れて手塚治虫先生ゆかりの地を巡ることができたら、と思っています。


関連メモ

手塚治虫

息子・眞さんが語る父・治虫氏。

手塚プロダクションによる手塚作品の分析。

娘・手塚るみ子さんと岡村靖幸さんの対談を含む。岡村ちゃんも手塚ファンだった。

夏目房之介さんによる評論。

その他

トキワ荘のあった街と、その愉しみ方のご提案。


日本でのまんが産業隆盛の理由を歴史社会学者が論理的に分析。


まんが表現規制の経緯。なぜ規制が起こり、どう克服されたのか。


特に興味深かったまんがについての要約・感想メモリスト。


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