庭を歩いてメモをとる

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自然と観光客、両方との共生 - 針江地区・生水の郷(しょうずのさと)[滋賀県高島市]

きっかけ

2004年1月にNHKハイビジョンスペシャルで放映された映像詩「里山・命めぐる水辺」(今森光彦さん撮影)。子どもの頃から水景色に惹かれていた私は、この番組をたまたま目にして以来すっかりこの映像のとりこになってしまいました。

この映像詩に関するメモ:


ここに足を運んでみたい、と思ったのはもちろん私だけではありませんでした。舞台となった滋賀県高島市の針江地区・生水の郷(しょうずのさと)は、この番組放映後訪問者が急増しました。結果、次の写真にあるような制度が発足するようになりました。

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見学者への案内

見学には必ず現地のボランティアガイドさんがつくようになったのです。これは、急な環境変化に対して集落の方々がとった適切なアクションだと思います。果たして私は生水の郷サイトを通じて一番盛りだくさんなCコース(2000円。この料金は地域の環境整備・保全や水に恵まれない世界の子供達への寄付等に使用しているとのこと)申し込みました。(訪問日:2011年9月24日。このメモに記載してあるのは当時の情報で、現在とは異なる場合があるかもしれません。)

行き方

JR大阪駅から直通新快速で約1時間20分 → JR湖西線の新旭駅 → 徒歩15分。詳しくは針江生水の郷委員会のページをご参照下さい。


どんなところ?

琵琶湖の脇の集落です。張り巡らされた水路にわき水由来の清らかな水が流れており、各家庭にはわき水とその水路を活用したかばた(川端)といわれる取水場・洗い場があり、水・魚等の生き物・人間が共生しています。


集合

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集合場所・公民館
散策には最高の快晴、そして一週間前の猛暑が嘘のような涼しさ。幸運に感謝しつつ、集合場所の公民館に着きました。ガイドツアー出発は1日3回あるらしいのですが、見たところ13時の回だけでも30人ほどの参加者があったようです。私は7人のグループに入ることになりました。

水田

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地元のボランティアガイドさんの車に乗って数分、まずは生水の郷針江地区から出て広大な水田へ。こちらの田の半分は完全無農薬(だから鳥や虫が押し寄せてくるそうです)、もう半分も農薬を減らしているそうです。写真の水路に見える階段のようなものは、琵琶湖の魚が水田に入ってこれるようにするための道だそうです(実際は水の中に入っている)。こんな段差を、魚たちはものともせずやってくるとのこと。


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泥を沈殿させるエリア
草が生い茂っているのでわかりませんが、ここは水路が蛇行している場所で、水田の泥水の泥を沈殿させてから琵琶湖に返す仕組みになっているそうです。ここで、以前琵琶湖水系全体で78匹しか確認されていなかった希少なドジョウが600匹以上見つかるなど、生態系の維持にも大きな力を発揮しているそうです。


琵琶湖畔・自然池

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車でまた数分、琵琶湖湖岸へ。水質浄化の役割をもつヨシを守るためのいろんな仕組みが紹介されています。いいなと思ったのがその仕組みの名前。「砂ノ小路とめまろ」「笑波亭(消波堤)波太郎・波平・小波」この遊び心、行政さんの仕事としてはかなりいい感じなのではないでしょうか。


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ヨシ群落の手前の杭の名前は「砂ノ小路とめまろ」


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湖岸からほんの少し入ったところに、突然広がる中島自然池。NHKの番組で漁師さんが漁をしていたハイライトシーンのひとつです。しかし実は、この池のすぐ左手には民家がありますし・・・


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後方には水門と湖岸道路があり、車がけっこう走っています。21世紀にも川魚の漁ができるなんて人里離れた秘境のイメージがあったのですが、実はここも人間の生活圏に隣接し共生している自然なのです。これは、この針江地区を貫く印象的な基本テーマです。


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自然池の水面。ここは清水ではなく、多くの命が集まっている野生の池ですね。なかなか見られない種類のトンボやカワセミが空を舞っていました。


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番組に登場した漁師さんの船。数年前にその漁師さんは引退されたそうで、船も自然と一体化しかけています。奥の箱は、番組にも登場した、余った魚を入れる箱。鳥がその魚をとっていくのです。とれた魚をすべて市場に持って行くのではなく、自然に還元していく仕組みです。なお現在は、別の方がこの池で漁をされているものの、番組に登場した方とは違って毎日ではないそうです。


水路とかばた(川端)

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車で集落に戻ります。出発地点の公民館の前では子どもたちが魚取り。他にも、発泡スチロールでできた簡易いかだで水路を下る子どももいました。まさに水との共生。


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この水路の水には多分にわき水が含まれているのでとにかく透明度が高い。そして清水にしか生えないことで有名なバイカモが群生しています。しかもこのバイカモ、生えすぎてちょっとしたゴミをひっかけることがあるので年4回集落の方が刈り取っているくらいに元気に生えているそうです。


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集落の中で、ご厚意でこのツアーに生活施設の一部を公開してくださっている方がいらっしゃいます。その施設とは、これもNHKの番組で印象的だった「かばた(川端)」です。わき水と水路と住宅が一体化した天然の水道・台所です。


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中はこんなふうになっています。この辺りは比良山系の雪解け水が数十年の時を経ていろんなところからわき出るようになっています。それをパイプでくみ上げ(琵琶湖の水の圧力で、ただパイプを地下20mくらいまで通すと勝手にわき出てくる)、それを飲料水などに用います。細菌の量は上水道基準の10分の1以下とのこと(水質検査証が掲示されてありました)。だからこの集落の方々は「飲み水や料理に使うのはかばたのわき水」「風呂やトイレに使うのは水道の水」なのだそうです。ちなみに生活排水はすべて下水道処理しているとか。

パイプの先の四角い枠の外は、外の水路と直結しています。ここに使用後の食器などを置いておくと、水路のコイがやってきてごはんつぶなどをきれいに食べてくれるそうです。このコイの雑食具合はすさまじく、なんでも好物はカレーなのだそうです・・・


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ガイドツアーに申し込むといただける竹のコップでかばたのお水をいただきました。やわらかくておいしかった!なお、この竹も一種の廃材利用です。以前竹細工等で竹林を定期的に伐採していたのに最近の需要減でそれをしなくなったところ、竹林の通気が悪くなり生態系に影響が出てきたので、こうして竹を切ってコップにしてプレゼントしているそうです。竹の繊維によるささくれ除去と熱湯消毒もちゃんとしてくださっているとのこと。


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水路の脇には花が植えられていることが多いです。見学する人が増えるようになってから集落の方々が自主的に植えるようになったそうです。このように、ここの方々は、環境の変化に極めて柔軟に対応されています。テレビの影響で人が増え不安に思う住民が出てくればガイド制度をつくり、一方で来てくれる人を楽しませるように花を植える。この姿勢、学ぶところが多いです。


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この水路にはコイがこんなにたくさん。かばたの残飯やエサなど食べ物が豊富なせいかすごく太っています。だから人が来ても逃げずに寄ってきます。


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この中には、ビワコオオナマズもいました。実物ははじめて見ました。琵琶湖固有種です。


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信仰の対象になっているわき水もあります。奥のほこらには以前お地蔵さんがまつられていたそうです(現在はお寺が保管)。手前の泉は、スチール管がなくても水がわき出ています。古来より、病気回復の祈願などが行われ、患者はこの水を飲むなどして御利益を得ていたそうです。


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別のかばたにはスッポンもいました。そしてここにはオオサンショウウオまでいました(夜行性のためうまく写真を撮れませんでした。)。天然記念物が日常生活の場にいるすごさ。


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こちらは集落にある正伝寺のかばた。特に水が澄んでいるように感じました。


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こちらの薬師堂は江戸時代からあるとか。


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境内のわき水。


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境内にはさらに池もあります。このお水は100%わき水。


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ガイドさん個人宅のかばた。伝統的なかばたとは異なり、私たちのような見学者が手や顔を洗ったり、野菜を冷やしたりできるようにとご自宅を改築された時新たに作られたものだそうです。こういうところにも「柔軟性」と思いやりを感じました。


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バイカモの花。


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約3時間半の散策とガイド(説明が豊富で親切、楽しく学びも多かったです。時間制約のある見学者がいないことを確認した上で、ガイドさんは予定を30分もオーバーする熱心さでした。)の末、集合場所に戻ってきました。すぐ近くに洗い場、わき水、シンボルの水車がありました。

ここでは三つの大きな感銘を受けました。一つ目は水の美しさ。二つ目は自然と人間の共生。三つ目はここ数年の生活環境変化(観光目的の人が急に押し寄せるようになった)への柔軟な対応です。この三つ目について、私個人も並の観光地以上のホスピタリティを感じたのは大きなサプライズでした。なぜこの集落の方々がそれを実現できているのか?それはひとえに二つ目、つまりもともと何百年も「共生」を行ってこられた方々だからなのではないか。そんな風に感じた一日でした。


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