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Rubber SoulとRevolverをカッティングマスターテープで聴く- Abbey Roadテープとの大きな違い

2019年に行われた「Abbey Roadをカッティングマスターテープで聴く」イベントで打ちのめされて3年あまり。

こちらがついに再開されると聞き、大喜びで参加しました。音楽が好きで、最近オーディオに興味を持ち始めた高1の長男と一緒に。

今回のテーマは「1966」、ビートルズはRubber SoulとRevolver他。特にRevolverは長男の大好きなアルバムでもあります。これは親子で行くしかない。

会場とイベント概要

会場は前回と同じ、兵庫県西宮市にある「STUDIO 1812」。
オープンリールデッキが約30台あるそうです・・・・

たまたま私たち家族は西宮市在住なのですが、今回のイベントには九州から参加された方もいらっしゃったとのこと、私たちは「こんな貴重なイベントが市内で行われるなんてほんとうにラッキーでありがたいね」と話しつつ到着。

司会と解説も前回に引き続き、犬伏功さんとJazz研目黒さん。今回も興味深くためになるお話をたくさん伺えました。


Rubber Soul・・・ハイファイサウンドではなく高低域強調

まずはこのアルバムから。メキシコ盤のマスターとのこと。

Abbey Roadのマスターテープとの大きな違い

一聴して感じたのは、Abbey Roadのマスターテープとはかなり違う、ということ。

何が違うのか?

Abbey Roadのマスターはまさに「ハイファイ(原音に忠実な)サウンド」。クリアで粒度が高く、普段自分が自宅で聴いているCDのサウンドをよりリアルで生々しくしたような、まさに「マスター」といえる音でした。

しかし今回のRubber Soulはまったく違い、低音と高音がものすごく強調されているのです。

特にベース。音が強いとかいうレベルを通り越してうなっている。強烈過ぎてポールのフィンガリングの妙みたいなものが吹き飛んでいます。そしてこのスタジオの素晴らしいオーディオセットがそれを容赦なくオーディエンスに届けるので、腹の底から揺さぶられます。

高域も、ギターの高い音やシンバル、ハイハットが耳を突き刺すような攻撃力で迫ってきます。加齢で高域が聴こえなくなってきた私ですが(人間ドックでは10,000Hz以上はほとんど聞こえていないとの診断が出ました・・・)、このサウンドを前にするとそんなことも忘れてしまいそうです。

なお長男はヴォーカルのサ行(と言っていましたが、英語なので正確にはsやshなどになるのでしょうか)もきつかったとコメント。もともと英語ではsは日本語のサ行よりはるかに強く発音しますが、それがさらに強調された結果ですね。

マスターならではのサウンドも

ただ、やはりカッティングマスターならではのサウンドを体感できる瞬間もたくさんありました。たとえばYou Won’t See Meのイントロが無音からガツンと始まるダイナミックレンジの幅広さ、The Wordのイントロ前の息遣い(オーディエンスの方の息か空耳かもしれませんが、スピーカーから聞こえた感触がありました)などの「ピュア系」と、アコースティックギターやコーラスの広がりが増した「豊潤系」のすごさは十分に堪能できました。中音域は「予想通りのマスターのハイファイサウンド」を感じられたのです。

ううむ、これはいったいどういうことなんだろう・・・と思いながらアルバムを通して聴きましたが、その後の犬伏さんの解説でこの疑問は氷解することになります。



この時代のマスターテープの特色

65年と69年のカッティング技術の違い

犬伏さんによると、この時代の優秀なマスターテープエンジニアは、レコードをプレスする際に劣化することがわかっている高域・低域をあらかじめ強調してテープを制作するのだそうです。目黒さんも、テープの箱にそういった指示が多く書き込まれていることについてコメントされていました。

だからか!

(ここから先はよしてる個人の理解ですが)60年代のレコーディング技術の発達とともにビートルズの音楽における実験性も高まっていったことはこのメモをお読みの方々には周知の事実だと思いますが、マスターテープからレコードをプレスする間(ラッカー→メタルマスター→マザー→スタンパー)の音の変化も、Rubber Soulの1965年とAbbey Roadの1969年では大きく変わっているということですね。

1965~66年はマスターテープに高域・低域強調をしないとレコードに本来の音を再現できなかったが、1969年までにはマスターテープをそこまで触らなくてもいいようにカッティング技術が向上したということか。

アナログレコードの価値

となると、少なくとも60年代中期までの音源については、結局、4人が目指した一番リアルな音が聴けるのはやはり当時プレスされたアナログレコード(かつ、スタンパーの若いもの・・・あまりここにこだわると「危険」だと何人ものファンの先輩に言われましたが・・・)、ということになりますね。マスターはマスターでしか聴けない音がたしかにあるわけですが、4人が目指した音とは別なのですね(これもよしてる個人の考えで、解説のお二人がこうおっしゃったわけではありません)。

ところで、犬伏さんによると、Rubber SoulとRevolverの間にカッティングマシンが変わっているのだそうです。そのため、Rubber Soulの5番モノラルはRevolverと同じマシンのためよりモダンな音がする、Rubber Soulは1番がラウドカットとして人気があるが5番のおもしろさもある、そして今回聴いていただいたマスターは5番の音に近い・・・との貴重なお話を伺うことができました。それは知らなかった・・・

70年代は・・・

この日はジョンの命日の直後だったこともあり、Walls and Bridgesのマスターテープも拝聴できたのですが、これは70年代ですからAbbey Road同様高低域強調がない非常に豊かな音で、耳福でした。特にピアノやサックスの伸びがすごかった。

このことからも60年代中期までとそれ以降ではマスターテープのサウンドが異なっていることが再確認できました。

なお、この後は、ジョンが撃たれる数時間前にHit FactoryでFM局から受けたインタビュー(1990年までお蔵入りになっていたもの)のマスターテープも披露いただき、生々しいジョンの肉声に触れることもできました。

ジョンは「若い人に受け入れられたらうれしいけど、僕は同年代 (my age group) の人々に歌いかけている」「70年代はひどい (draggy) な時代だったよね。80年代はもうちょっとよくなればいいと思う」と語っていました。

言葉がありません。

Revolver

そして本日のメインのひとつ、Revolver。こちらは1981年にEMIがメキシコに送ったステレオ盤のマスターテープのコピーとのことです。

Taxman

Rubber Soul同様、ベースのうなりがもの凄い。特にモノラル盤だと最初のヴァースの後にBoom!Boom!とディストーション気味に響きますが、それとは違ってこちらはブワンブワンと腹に来ます。聴き続けるのはしんどいレベルです。

Eleanor Rigby

ポールのヴォーカルの生々しさはまさにこの時代のマスターテープならではの「中音域は絶品ハイファイ」の好例。一方でストリングスの高域は強調というより伸びてるなあって感じで気持ちよかったしチェロもそんなに強調を感じませんでした。よく知らないのですが楽器もエレキとアコースティックではかなり周波数成分が違うということなのでしょうか。あるいはエンジニアがそういうふうにつくっている?

I'm Only Sleeping

逆回転サウンドの左右分離がすっぱり分かれてて気持ちよかった。解説によると、テープからレコードに落とす際にはこの左右分離も甘くなるそうなので、高低域強調同様、左右分離もあえて強くしているとのこと。

Love You To

これもシタールがリアルだったなあ。

Here, There and Everywhere

絶品としかいいようがない・・・至福。

Yellow Submarine

SEがリアル。そして、”We all live in a Yellow Submarine"のコーラスのところでも音が小さくまとまらずスケール感が大きいままなのがさすがテープ。これは前回イベントでBohemian Rhapsodyの大人数コーラスパートでも感じたことです。

Good Day Sunshine

レコードでもCDでもピアノがちょっとくぐもった感じで、それがこの曲の特色でもあるのですが、それがかなりクリアになってました。テープで聴くとイメージが大きく変わる曲。

And Your Bird Can Sing

ギターの分離がパキパキで気持ちいい。

For No One

いやー、これもポールのヴォーカルが艶やかでしびれました。

I Want to Tell You

ドラムもマスターテープだと聞こえ方が変わる楽器だと思います。前回のAbbey Roadでもそうでしたし、今回も同様でした。で、それを痛感したのがこの曲。フィルインの豊かさが素晴らしい。

Got to Get You into My Life

予想通りのブラスの歯切れよさが気持ちいい!けれど、これをずっと聴き続けるのはしんどい、と思うほど耳に刺さるサウンド。

Tomorrow Never Knows

イベントに参加する前は、マスターテープだったらこの曲の魔力がどこまで炸裂するのだろう・・・と大いに期待をしていました。でも、この時代のテープの特性(全音域ハイファイというわけではない)を知ってからは「そうとも限らないのかも」と思い直していましたが・・・果たしてその通りでした。拍子抜けするほどおとなしい。ただ、ドローン(持続する低音)によるドラッギーさはより強くなっていました。

(このあとはThe Kinks / Face to FaceとThe Who / A Quick Oneのマスターテープも披露されたのですが、私たちはRevolverのあと失礼しました。)


以上、今回もこのイベントでしか聴けないサウンドを体験できたうえ、テープサウンドの変遷についても体感できた実に貴重な場でした。改めて、犬伏さん、目黒さん、スタジオ1812さん、テープを提供くださった方々にお礼を申し上げます。早くも次回が楽しみです。


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