庭を歩いてメモをとる

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今も地球温暖化は「たいしたことない」といえるのか-「ウソ・本当」両方の意見を比べてみた(4)

(2022年12月25日更新)
このメモにいただいたコメントをもとに、以下の内容を追記しました。

前回までの内容

「地球温暖化は『たいしたことない』のか」という疑問に対して、前回までのメモで研究者同士の討論を確認した結果、私はこう考えるようになりました。

  • この問題に対して肯定的な研究者だけでなく、懐疑的な研究者たちでさえほとんどが「過去100年で0.7℃程度の温度上昇があった」ことについては異論がない。
  • 「地球温暖化の原因はCO2」説についての反論・異論はあるが、それに対して再反論がなされていて、そこで討論が終わっている。よって「地球温暖化の原因はCO2を含む温室効果ガスである」という説は信頼できる。
  • 「将来温暖化が起こっても、社会が変わりそれに対応できるようになるので問題ない」という意見には賛成できない。根拠が述べられていないから。
  • IPCCの報告書は、多くの専門家によってチェックが行われたうえ、指摘内容やその指摘への対処内容がすべてネットで公開されているため、かなり覆すのが難しい。
  • では温暖化が今後必ず起こるのかというと、IPCCの予測にも不確実な部分はある。

( ↓ 詳しくはこちら、前回のメモ)

ところで、上記の考えは、2008~2009年に行われた討論をもとにしたものです。

現在(2021年)はどうなのでしょうか。この「不確実な部分」はどこまで確実になっているのか。あるいは「地球温暖化はやっぱりたいしたことない」という話になっているのか。

それを確認しようと思います。


確認方法

地球温暖化予測の専門家ではない私がこの問題の「ウソ・本当」を考えるにあたっては、これまで次の方法をとってきました。

  • 「ウソ」「本当」それぞれ違う意見をもった研究者同士の討論を読む(文書で、根拠が明示されているもの)
  • 補足として、「温暖化はウソだ」「本当だ」それぞれの意見が単独で書かれたものを読む
  • どちらがより納得できるか、自分で考える

しかし、ざっと調べた限りでは、2021年11月現在、一般読者向けの「研究者同士の討論」で、最近おこなわれたものは見当たりませんでした。

ただ、環境省の「中長期の気候変動対策検討小委員会」(2021年)ではそれに近い内容がありました。国立環境研究所地球システム領域副領域長・江守正多氏とキヤノングローバル戦略研究所研究主幹・杉山大志氏が討論に近いやりとりをされていたのです。

なので、ここではお二人のやりとりや著作をもとに、それぞれの説を確認していくことにします。

目次

「「脱炭素」は嘘だらけ」が指摘する問題点リスト

まずは杉山氏の著書から。お世話になっている方がお貸しくださった「「脱炭素」は嘘だらけ」(2021年)を読みました(ありがとうございました)。

問題の種類

この本で述べられている「地球温暖化問題の問題点」は、大きく3つです。

  • 温暖化予測の問題
  • 温暖化を巡る報道の問題
  • 温暖化対策の問題

このメモでは、まず「温暖化予測の問題」と「温暖化を巡る報道の問題」について確認します(「温暖化対策の問題」は次回のメモにて)。

その中で、杉山氏が指摘する具体的な問題点は次のとおりです。

杉山氏が指摘する「温暖化予測の問題」リスト

1. 地球温暖化で人類は困らない
(1) 台風も猛暑も豪雨も温暖化のせいではない
(2) 温暖化による恩恵もある(暖冬になると死亡率が下がる、等)
(3) これまでさしたる問題はなかったのだから、今後も同じペースの地球温暖化であればさほどの問題があるとは思えない

2. 気候シミュレーションは問題だらけ。被害が大きくなるものが取り上げられる。
(1) 気候モデルによる予測は、過去の温暖化を過大評価しているので、当然今後の被害の試算も過大になる。それを裏づける論文もある。過去の観測とすら合わない。
(2) 気温上昇予測は結果を見ながらパラメータをいじる「チューニング」を行っている。これを操作すると予測結果はガラガラ変わる。このことはあまり公の場では語られてこなかった。
(3) CO2排出量の想定が現実と乖離しており、今後数十年でさらにはずれていく
(4) 環境影響評価モデルも問題だらけ

杉山氏が指摘する「温暖化を巡る報道の問題」リスト

(1) メディア・政府白書の問題
(2) インターネット検閲の問題
(3) リベラルによるフェイクと政治力の問題


上記リストの中から、まず「温暖化予測の問題」について確認していきます。


1. 「地球温暖化で人類は困らない」かどうか、確認してみた結果

(1) 「これまでの日本の」台風と猛暑は温暖化のせいではないが、豪雨には温暖化の影響もある


① 大きな台風は日本では増えていないが、アメリカでは増えている

「「脱炭素」は嘘だらけ」では「台風は増えても強くなってもいない」としています。また、杉山氏の別の著書「地球温暖化のファクトフルネス」では、「「強い」以上の勢力となった台風の発生数は、1977~2016 年の統計期間では変化傾向は見られない」とあり、政府資料から以下のデータを引用しています。

環境省・文部科学省・農林水産省・国土交通省・気象庁「日本の気候変動とその影響」2018年

また、杉山氏は前述の委員会で、江守氏が挙げた「東京への接近数が過去40年で増えている」というデータに対して、「50年では増えていない」というデータを示して反論しています*1が、これへの江守氏の具体的な再反論は今のところありません。

ということは、日本で台風は増えても強くなってもいないというのはその通り、ということですね。

最近の報道では、大きな台風が来ると「温暖化の影響」と説明するケースをよく目にしますが、データを見る限りでは少なくとも、これまでの日本の台風に関してはそもそも強い台風そのものが増えていないのです。


ただ、他の国ではそうではありません。たまたまですが、私が金沢大学・地震防災研究会で発表した内容では、アメリカの台風においては少なくとも死者数は増えています。

もちろん「死者数=台風の強さ」ではありません。でもある程度の相関はあるでしょうし、何より治水・防災技術等が進歩する中で死者が増えているのであればそれはなおさらだと推測します。

*1事例ごとの犠牲者が40名以上のもののみを抜粋。
出典:
気象庁 日本に大きな被害を与えた台風の一覧
気象庁 | 災害をもたらした気象事例(平成元年~本年)
デジタル台風:台風被害リスト(国立情報学研究所・北本 朝展)
National Oceanic & Atmosperic Administration, Hurricane Research Division

上記の表の引用元:

また、私が見る限りでは、杉山氏は「外国の台風が増えていない」というデータは提示していません。

よって、「これまでの日本の」台風は温暖化の影響は受けていない(そもそも増えていない)ということは言えるが、海外についてはそうとは限らない、ということになります。

①補足 台風の量は温暖化だけではなく、大気汚染物質の量にも影響される

この点について、Cola様から興味深い研究のご紹介をいただきました。(ありがとうございます。)

アメリカ海洋大気局 地球流体力学研究所の村上裕之研究員の研究結果*2は次のとおりです。

  • 熱帯低気圧の増減には地域差がある(過去40年間の前半と後半を比較)
    • 北西太平洋(日本含む)や南半球では減っているが、アメリカの東海岸周辺の北大西洋では33.6%増えている
  • 熱帯低気圧の増減には大気汚染物質の量が関係している
    • 大気汚染物質が増えると台風の数は減る

以下で紹介するように、温暖化と気候変動には関連があるという研究が多数ありますが、台風やハリケーンなどの熱帯低気圧については、それ以外に大気汚染物質の影響もあるため、増減が地域によって異なるというわけですね。

② 「今の日本の」猛暑は温暖化のせいではない

同書P.189には、温暖化による日本の過去100年の温度上昇は0.7℃程度に過ぎず、東京で3.2℃上昇している原因の多くは自然変動と都市化による、よって日本の猛暑は温暖化のせいではない、との説明があります。

これは、第1回のメモ・地球温暖化は起こっているのか-「ウソ・本当」両方の意見を比べてみた(1)でも書きましたが、2008年にすでに江守氏が著書で述べている内容と同じです。また、IPCCの見解(100年で0.7℃)ともほぼ同じです。

よって、実はこの点は研究者の間でも異論がほぼない点なのです。ただし、日本国内については、ですが。

なお、これに関連して、杉山氏は、メディア等が猛暑といえば温暖化にすぐ結びつけることを批判していますが、それは私もやめるべきことだと思います。

③ 豪雨は強くなっている

「豪雨と温暖化の関連」については、杉山氏に対し、江守氏が次の反論*3を行っています。

中長期の気候変動対策検討小委員会(産業構造審議会産業技術環境分科会地球環境小委員会地球温暖化対策検討WG合同会合)(第7回) 江守正多委員提出資料

論文では6つの降水強度指標のグラフが示されており、うち4つは統計的有意に強くなっていると結論されていますが、杉山委員は強くなっていない「日降水量」のみを参照しました。日降水量が最も災害との関係が深いと考えたとのことですが、第一回資料にはそのような説明は無く、「下記に引用した論文によれば統計的には豪雨は強くなっていない」と言い切られており、不適切な一般化が行われています。これがチェリーピッキング(良いとこどり)であるかないかは、ご覧になっている方に判断して頂ければよいと思います。

引用元:前掲資料

これに対しての杉山氏の反論はこちら。

そもそもこういった統計資料の整理と分析は事務局が体系的に実施して本会合に提出すべきことであり、小生はそれを第1回会合から言い続けているのに実現していません。最大の問題は観測データをこの会合に提出しない事務局の隠蔽にあります。委員として1つデータを出したらチェリーピッキング(良いとこどり)だと批判するのは筋違いです。

引用元:中長期の気候変動対策検討小委員会(産業構造審議会産業技術環境分科会地球環境小委員会地球温暖化対策検討WG合同会合)(第8回)・参考資料1

私はこのやりとりを読んで、杉山氏の反論は反論になっていないと感じました(一方、前述の台風に関しては、杉山氏に対する江守氏のコメントも反論になっていないと感じましたが)。杉山氏は「事務局の隠微」と書かれていますが、仮にそれが本当だったとしても、同じグラフを同じように単独著書「地球温暖化のファクトフルネス」(2021年)でも引用しています。この著書に事務局は関係ないはずです。

よって、上記のデータから温暖化の影響で「豪雨は増えている」ということは言えると思います。

(2) 温暖化による恩恵もあるが、被害はそれよりも大きい

杉山氏の著書「地球温暖化のファクトフルネス」では、温暖化には恩恵があることが指摘されています。

  • 東京では、通年の死亡のうち、寒さによるものが9.81%に上るのに対して、暑さによるものは0.32%しかない
  • つまり寒さによる死亡は暑さによる死亡の30倍もある。
  • このことは地球温暖化によって死亡リスクが減少することを示唆する。

気温が原因の死亡についてはこの指摘の通りだと思います。これは江守氏の著書*4にも同様に「(温暖化により)冬の低温ストレスで亡くなる人は減る」と記載があります。同書ではさらに「二酸化炭素が増えると言うことは、植物にとっては栄養が増えることになる(中略)その効果が大きく、生産性が上がるところも多くなるのかもしれません」という別の恩恵にも言及しています。

しかし、前回のメモでも確認したように、江守氏は武田邦彦氏(温暖化対策は基本的に不要という考え)との討論で、日本が他の国に比べ温暖化の影響を受けにくいことを認めつつも、それでも食料輸入への影響、環境難民の問題、環境悪化による紛争の可能性を挙げ、結果「温暖化対策は必要」という立場に立っています。

なお、以下の本「地球温暖化はどれくらい「怖い」か? ~温暖化リスクの全体像を探る」では、江守氏と他10名の研究者がそれぞれの専門分野である気候、陸上生物、海の生物、水、農業、沿岸域、健康、その他の8項目について、温暖化の恩恵と被害の両方を挙げていますが、被害のほうが圧倒的に多いという内容になっています。

このように、問題を考えるときにはメリットとデメリットの両方を検討した上で結論を出すことが、本来とるべき方法だと思います。

さて、前述の杉山氏の著書2冊を読んだ限りでは、温暖化による恩恵についての記述はありますが、温暖化による被害についての言及は見つけることができませんでした。そのため、温暖化の恩恵が被害を上回るかどうかは確認できませんでした。

そのため、温暖化のメリットデメリットを比較すると、温暖化による恩恵もあるが、被害はそれよりも大きいといえます。

(3) 「これまでさしたる問題はなかったから今後も問題がない」とはいえない

前回のメモで書いたとおり、これは武田邦彦氏が2009年の対談本で述べていたこととほぼ同じ論です。武田氏は「技術革新などにより社会が大きく変わって、温暖化に対応できるようになる」と話していました。

しかし、武田氏にも杉山氏にも、なぜ問題がないといえるかの根拠は「これまで問題がなかったから」だけで、それ以外は見当たりませんでした。

この考え方は、たとえるなら次のようなものだと思います。

  • 夏、まだ泳いだことのない子どもが、膝まで水につかる深さのプールにいる。この時点では、水が気持ちよく、プールを楽しんでいる。
  • 水の量が増え、腰のところまで来た。この時点では子どもはプールを引き続き楽しんでいる。
  • さきほど、「水の量を今までより速いペースで増やすことになった」という放送があった。しかし、これまでこの子どもは特に問題なく成長してきたし、泳げるようになるだろうから、水の量が増えても問題はない。

私がこの子どもの親だったら、子どもをプールからあがらせます。

ただ、子どもをプールから上がらせるのにはすごくお金がかかる、つまり温暖化対策には巨額の費用がかかるのですよね。この問題については次回以降のメモで考えようと思います。

確認結果:「今後の温暖化はたいしたことない」と言える根拠がない

以上の杉山氏の指摘をまとめると、次のようになります。

  1. 気温は都市化以外ではほとんど上がっておらず、災害も激甚化していない。よって温暖化の影響はないか、あってもごくわずか。
  2. 温暖化にはよい面もある。
  3. これまで人類は温暖化に対応してきた。だから今後も対応できる。
  4. よって温暖化は危険ではない。

1.が事実とすると、3.は「災害が激甚化していないのでこれまでは対応できた。」となり、それは当たり前のことになります。そうなると後半の「だから今後も対応できる」という予測は、今後温暖化が進んでも災害の激甚化等が進まない場合にのみ成り立つことになります。

また、2.については、温暖化のよい面だけを挙げて、よくない面は提示すらしていません。

以上を考えると「「脱炭素」は嘘だらけ」における温暖化予測に関する内容については、「これまでの日本では災害は激甚化していない」ことと「メディア等が災害と温暖化を安易に結びつけることへの批判」には賛同できますが、「これまで人類は温暖化に対応してきた。だから今後も対応できる。」と「よって温暖化は危険ではない。」には賛同できません

なので、冒頭の問い「温暖化はたいしたことないといえるのか」に対する私自身の回答は「たいしたことない、と言える根拠がない」となります。

さて、災害は本当に今後も激甚化しないのか、という問いについては、次で確認したいと思います。


2. 「気候シミュレーションは問題だらけ」かどうか確認してみた結果

(1) 気候モデルは今も発展途上だが、将来予測まで発展途上とはいえない

気候モデルによる予測は、過去の温暖化を過大評価しているので、当然今後の被害の試算も過大になる。それを裏づける論文もある。過去の観測とすら合わない。-これが杉山氏の意見です。

これに対し、江守氏は一部に同意しつつこう反論*5しています。

  • 最新の気候モデル実験であるCMIP6のモデルには近年2014年頃まで の気温上昇(対流圏だけでなく地表気温 でも) を過大評価するものが多いことには同意
  • また、気候モデルの開発時にはパラメータのチューニングが行われており、その点においてさらに透明性の高い説明が必要であることにも同意
  • しかし、将来の気温上昇量の大きさの予測は、気候モデルのみに基づいて行われるわけではない
  • 特に気候感度(大気中CO2を倍増して十分時間がたったときの世界平均気温上昇量)については、プロセス理解、観測データ、古気候データの複数の方法を用いた推定値が、この分野の研究コミュニティーの決定版の成果としてSherwood et al. (2020)により発表されており、今後はこの推定値が影響力を持つと考えられる
  • したがって、気候モデルの不完全な点を指摘することによって、将来の気温上昇予測が過大評価であるとする主張は的外れ

これに対する杉山氏の再反論*6は、江守氏が挙げた論文を「まだ十分に読み込めておりませんが」と前置きした上で「データの扱いについての適切さは議論の余地がおおいにあります」と述べるにとどまっています。その後、杉山氏が論文を十分に読み込みこの委員会で再反論した形跡は現時点ではありません。

なお、杉山氏は、「IPCC報告の論点」(アゴラ)で現時点で28ものIPCC報告書の論点(ほとんどが批判)を記載していますが、多くは気候モデル予測の問題点についてのものです。

以上を読んで私が感じたのは、気候モデルは今も発展途上であり盲信はできないが、だからといって温暖化の将来予測がまったく信頼できないともいえない。なぜなら将来予測は気候モデル以外の様々なデータも用いているから、ということです。

(2) 「チューニング」は予測結果を操るいい加減なものではない

杉山氏は前掲書で、気候予測モデルにおける「チューニング」について、「これを操作すると予測結果はガラガラ変わる。」「このことはあまり公の場では語られてこなかった。」と書いています。

この記述だけを読んだ段階では、私は「将来の気温予測は研究者の裁量でどうにでもなるいい加減なものなのかな」と感じました。

これについて、江守氏は前述小委員会の第5回会合提出・参考資料1で批判しています。

  • 確かに、モデルの不確実パラメータの値は、過去の気候シミュレーションが観測された気候状態やその変動、変化と近くなるように決めている部分がある
  • これは、モデルが過去をよく再現するという制約条件を与えて不確実なパラメータを拘束しているため
  • しかし、将来の気温上昇のシミュレーション結果を見ながらパラメータを調整することはない。杉山委員が「気温上昇の結果」として将来のものを意味しているのであれば、事実に反します。
  • なお、「いじる」という表現を、気候モデル開発の実態をご存じない方が「シミュレーションには問題が多い」という文脈でお使いになるのは、モデル研究者がパラメータを非科学的に弄んでいるような印象を与え、侮辱的に感じます。

これについて杉山氏の反論はないようです。

また、江守氏の著書「地球温暖化の予測は「正しい」か」第3章では、このチューニングについての説明があります。杉山氏は前掲書に「このことはあまり公の場では語られてこなかった。」と書いていますが、この本は2008年にすでに出版されています。

以上から、気温上昇予測における「チューニング」は予測結果を操るいい加減なものではないと考えました。


なお、以降の杉山氏の主張については、同じテーマでの研究者同士の討論が見当たらなかったので、自分で調べてみたことや論の組み立ての確認等をもって考えていきます。

(3) CO2排出量を控えめに想定しているのは石油関連団体が多い

杉山氏が前掲書で述べているのは次の内容です。

  • IPCC第5次報告書に提示されている4つのシナリオのうち、「温暖化対策をしなかった場合」のシナリオでは最大4.8℃の上昇が予測されているが、これはありえないくらい高い排出量のシナリオ。
  • なぜなら、国際エネルギー機関IEA、アメリカエネルギー情報局EIA、エクソンモービル、BP(ブリティッシュペトロリアム)の予測はこれより遥かに少ない

エクソンモービルとBPは石油会社ですね(前掲書にもその旨明示されています)。
国際エネルギー機関IEAとは?調べてみると「石油の国際的な安定供給を図る」ことが目的の機関でした*7
アメリカエネルギー情報局EIAは?米国エネルギー省内の統計および分析機関です*8

石油にかかわる組織が「温暖化対策をしなかった場合」の予測を控えめにするのはありうることだと思います(実際、エクソンモービルが温暖化に疑義をもたせる論を広めるために巨額の資金をシンクタンクに提供していた例があることを後述します。)。

EIAは石油業界とは直接関係がないと思われるので、ここの分析はIPCCの報告書と比較する意味があるかもしれませんが、他の3つの団体、特に石油会社のレポートについてはそもそも根拠に挙げること自体が不適切だと思います。そんなレポートをわざわざ挙げるのは、他に証拠がないからではないか・・・という印象を私は持ちました。

また、そもそもの話として、IPCCの「温暖化対策をしなかった場合」のシナリオは、IPCCが最悪のパターンとして設定しているものなので、それが通常の予測と乖離があるのは当たり前だと思います。

なので、以上の情報の範囲では、IPCCのCO2排出量予測に対する反証は困難なのではないかと感じました。

(4) 環境影響評価モデルの具体的な問題点は不明

環境影響評価モデルとは、温暖化が人間社会や自然にどんな影響を与えるのかを示すものです。

杉山氏は、この環境影響評価モデルについて「複数のシナリオがあっても最悪のものだけを取り上げる」「僅かな影響が重大なことのように報じられる」等、多くの問題点を列挙しています。

しかし、実例がまったく挙げられていないため、具体的に環境影響評価モデルどの点がどれだけ問題なのかが不明です。たしかに、杉山氏が挙げているようなケースもあるとは思いますが、それが全体においてどれだけの割合で存在するのかがわからないので、それこそ「僅かな問題」なのか「重大な問題」なのかが判断できません。

確認結果:気候シミュレーションは発展途上だが、温暖化予測が誤っているとはいえない

以上をもとに考えると、気候シミュレーションは発展途上だが、だからといって温暖化予測が誤っているとはいえないと私は考えました。


3. 「気候危機はリベラルのプロパガンダ」かどうかを確認してみた結果

(1) メディア・政府白書は、必要以上に恐怖をあおるような報道は避けるべき

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「「脱炭素」は嘘だらけ」では、メディア・政府白書が報じる地球温暖化問題について、次のように数々の指摘をしています。

  • 報道機関が報じた誤った温暖化予測例を列挙:「2020年にフロリダの海面上昇が60cmに達すると報道していたが(1986年)、実際は9cm」「2020年までにキリマンジャロから雪が消えると報道していたが(2000年)、2020年も雪はある」等
  • NHKスペシャル「2030年 未来への分岐点(1)」は突っ込みどころ満載。
    • 数々の予測で視聴者の恐怖をあおっているが、これらは4℃上昇という未検証の仮説に従ったものであり、信憑性の検証が必要(例も多数列挙し、それぞれに反論を記載)。
    • 温暖化により災害が激甚化したと述べている(例:令和元年東日本台風)が、これは誤り。
  • 令和2年度の環境白書でも、
    • 台風・猛暑・豪雨を温暖化のせいにしているが、これは誤り。
    • 温暖化を示した地図では、自然変動で温度上昇した地域を赤く塗り、温度が低下した地域は説明文で隠す等して、印象操作をしている。
  • 令和2年度の防災白書でも、大雨を温暖化のせいにしているが、これは誤り。

これらはどれも、たしかに問題であると感じます。

日本の現時点での台風と猛暑が温暖化のせい(豪雨は多少は関係ある)ではないことは前述のとおり確認済みです。

また、必要以上に恐怖をあおるような報道は避けるべき(私自身はこの番組を視聴していないので、その「あおり」がどの程度のものか確認できていませんが)という点にも同意します。

ただ、こういった不適切な報道があることと「温暖化がたいしたことない」かどうかは全く別問題であることには留意する必要があります。

(2) インターネット検閲の問題は、結局、温暖化懐疑論と脅威論のどちらがどれだけ科学的に妥当と証明されているかによる

「「脱炭素」は嘘だらけ」での記述は以下のとおりです。

  • 環境運動家は気候危機をあおり「規制や税でCO2を削減すべきで、大きな政府と国連への権限移譲が必要だ」とするが、これはリベラルの世界観にぴったり。
  • GAFAなどは民主党寄りであるため、温暖化にも言論統制は及んでいる(フォーブス、ユーチューブ、ツイッター、グーグル、フェイスブック、リンクトインで温暖化に懐疑を述べる記事がバン(削除や広告禁止等)されたりしている実例を列挙)。
  • 被害に遭った「懐疑論」は、健全な議論の範疇。むしろ「脅威論」のほうに「温暖化のせいで台風が強くなった」という偽情報があるのにバンされていない

SNSにおける情報のコントロール(記事削除も含む)は、完全放置から言論統制までの間のどの位置が適切なのかは判断が非常に難しい問題だとは思います。

もちろん、杉山氏の指摘にもあるように、議論の範疇にあるような記事が具体的な理由もなく削除されていたりするなら、それは明らかに問題です。

しかし、明らかに偽である情報を放置しておくことも、SNS運営会社としての責任を果たしていないことになります。

要はこのインターネット検閲の問題は、結局、温暖化懐疑論と脅威論のどちらがどれだけ科学的に妥当と証明されているかによるものだと思います。

極端な例ですが、「これから3日以内に富士山が爆発することは100%確実」(科学的に妥当と証明されていない)という情報を表示させないようにすることも、「今後30年の間に南海トラフ地震が起こる確率は70%程度*9]」(科学的に妥当と証明されている)という予測を表示するのも、どちらも問題にはならないでしょう。

なお、このことと「温暖化がたいしたことない」かどうかも関係がありません。

(3) 石油会社の政治力について触れられていない

「リベラルのフェイク」というより・・・

「「脱炭素」は嘘だらけ」ではこう書かれています。

  • 国連開発計画による世論調査"The Peoples' Climate Vote"(2021年)では冒頭の質問が「気候変動は地球の危機ですか?Yes No」の二択しかなく気候危機に誘導している(Yesが64%)。しかもその内「必要なことは何でも急いでやる」と回答したのは59%で、64%×59%=38%で過半数にもなっていない。
  • ギャラップの調査でも「アメリカではこれまでになく温暖化を心配するようになっている」調査結果が出た。しかし「とても心配している」と回答した人が上昇傾向にあるのは2015年以降で、それまでは増えたり減ったりだった。
  • バイデン政権で気候変動問題担当特使に任命されたジョン・ケリー氏は、2021年の北米大寒波も温暖化のせいと述べているが、米国政府の公式レポートでは極端な寒波は減り続けている。また「あと9年しか時間がない」などと言っている。
  • マイケル・シャレンバーガー氏は元環境活動家だったが、気候変動を巡る世論が極端になってきたため、これまで気候変動の恐怖を煽ってきたことを謝罪し、「気候変動は起きているけれども、世界の終わりではないし、我々の最も深刻な環境問題でもない」等の主張を行っている。

私がこの項を読んで感じたのは次の通りです。

  • ジョン・ケリーが「北米大寒波も温暖化のせい」と「断言」したのなら、それは不適切かもしれない(「そういう説もある」ならともかく)。しかし、それ以外の記述には賛同できない。
  • 国連の世論調査結果とギャラップの調査結果は、調査結果を適切に記述していると思う。国連の調査は冒頭の質問だけで終わっていれば不適切かもしれないが、その後複数の質問で回答内容の細分化が行われている。また、ギャラップの調査結果記述内容と調査結果の間の齟齬はない。
  • シャレンバーガー氏については、そのような人ももちろん存在すると思うが、それが「リベラルによるフェイクと政治力」という主張にどう関連しているかわからなかった。

私の感覚では、上で挙げられている事例のどこが「フェイク」や「政治力」につながるのかはわかりませんでした。「リベラル」といってもケリー氏が民主党なだけで、他は「リベラル」とイコールではないと思います。

一方で、次に挙げる「温暖化問題はたいしたことない」事例のほうがずっと「フェイク」や「政治力」という言葉があてはまると感じます。

石油会社による「温暖化問題を小さく見せようとする活動」

それは、ナオミ・オレスケス+エリック・M・コンウェイ「世界を騙し続ける科学者たち」に記載されている、アメリカの大企業による様々な科学者への圧力です。

たとえば、たばこ業界による圧力。1981年、米国ガン協会と米国肺協会が30万ドルを研究に投じていたとき、たばこ業界は「たばこによる健康被害はたいしたことない」という説を流布するために630万ドルを提供しています。

これと同様に「地球温暖化はたいしたことない」説を石油業界が広めているというのです。例えば次のように。

  • 2005年までの数年の間、エクソンモービルから地球温暖化の科学的根拠を攻撃する40もの組織に800万ドル以上の資金が流れた。
  • スティーヴ・ミロイ氏は「北極気候インパクト評価」(地球温暖化問題が起こっていることについてのレポート)をコラムで激しく非難したが、氏はエクソンモービルから7万5000ドルを受け取ったケイトー研究所の非常勤研究者だった。
  • なお、ミロイ氏は、フィリップモリスから資金提供を受け二次喫煙被害についても疑念を投げかける記事を多く執筆している。(つまり、たばこ会社から資金提供を受けた後「たばこの害はたいしたことない」と書いていたその人が、石油会社から資金提供を受けたシンクタンクでも「地球温暖化問題はたいしたことない」と書いている)

以上はほんの一例で、本書では上下巻600ページ近くにわたり、地球温暖化問題だけでなく、たばこによる健康被害、オゾン層問題、殺虫剤DDT問題について大企業が保守系シンクタンク(ヘリテージ財団、企業競争研究所、ジョージ・C・マーシャル研究所、ハートランド研究所等)に巨額の資金を提供した上で問題を「たいしたことない」という説を広めつつ、問題を訴える科学者たちを攻撃している事例が列挙されています。

なお、本書によると、たばこ会社や石油会社によるこれらのプロパガンダは、自社の産業への規制を少しでも遅らせることが目的なので、「科学的事実を明らかにするのではなく、人々に疑念を抱かせることさえできればよい」とのことでした。

なので、科学的に正しいかどうかの根拠がなくてもとにかく「〇〇問題は存在しない・たいしたことない」という説をネットやメディアにたくさん提示するのです。そうすれば一般の人々は「〇〇問題ってまだたいしたことないってことなんだ。じゃあこの問題には神経質になる必要はないよね」と考え、対策すべきという世論が弱まるというわけです。実際にこの方法で、たばこへの本格的な規制は、健康被害の事実が科学的に解明されたあと数十年遅らされています。

以上を比較すると、地球温暖化問題における「フェイク」「政治力」は、問題を小さく見せようとする一部の石油会社のほうにあてはまるといえます。

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日本にも産業界の広報活動が存在する可能性がある

さて、日本には同様に「温暖化問題を小さく見せようとする産業界の広報活動」は存在するのでしょうか。

国際環境経済研究所とCO2排出量が多い産業界との関連

たとえば、杉山大志氏も執筆に参加しているNPO法人「国際環境経済研究所」は、温暖化問題の存在は認めつつ、疑問点も多く表明している団体です*10

同所では、イギリスの団体Global Warming Policy Foundation (GWPF)の記事を系統的に紹介していますが、この団体は化石燃料業界からの資金提供を受けており、レポート内容も一面的であるとの批判があります(なお、この批判は国際環境経済研究所のサイトにも掲載されています。これは批判者の江守氏も認めるように、同所のすばらしい姿勢だと思います。)。

これに対し、同所の執筆者有馬純氏は「具体的な反論を展開されているのは非常に勉強になった。」としつつ、「それぞれの産業が自らの利益のためにキャンペーンを行うことは自由主義経済においては何ら珍しいことではない。」と述べています*11

また、同所理事長の小谷勝彦氏は新日鐵(現・日本製鐵)の環境部長を(鉄鋼業は日本の産業の中でもっともCO2排出量が多く、産業全体の14%を占めています*12)、所長・副理事長の山本隆三氏は住友商事石炭副部長・環境部長を務めていた方です。

これらのことから、国際環境経済研究所と「脱炭素の取り組みが進むとダメージが特に大きくなる業界」との関連はある程度あるのではないかと推測しています。

なお、同所の事業報告書で運営費用の出所を確認したところ、その2/3が「受取会費」だったため、同所に会員企業を差支えない範囲で開示いただけないかと問い合わせましたが「大変申し訳ございませんが非開示としておりますので、ご理解頂けますと幸いです。」とのことでした。

国際環境経済研究所の正会員出身企業・理事の挨拶等から見える脱炭素への「危機感」(2022年12月21日追記)

2022年11月10日、ぶんぶく様からいただいたコメントでは、次の指摘がなされています。貴重な情報とご考察を提供いただき感謝致します。

  • 同団体の正会員15名の出身会社(旧社名表記)は次のとおり:東京電力が3名、新日鐵、住友金属、JFEスチール、トヨタ自動車、本田技研、住友商事、日本電気、日経BP社から各1名、残り4名は日本エネルギー経済研究所、国立女性教育会館、ソフィアバンク、テレビ朝日から
  • 山口耕ニ理事による設立当初の挨拶を読むと、2010年当時の民主党政権が進める温室効果ガス排出量の削減目標設定や、環境税の導入、国内排出量取引制度などに強い危機感を抱いていたことが分かる
  • 初代理事長(現在は理事)の桝本晃章氏は、東京電力副社長で経団連の地球環境部会長

以上の事実も、国際環境経済研究所と「脱炭素の取り組みが進むとダメージが特に大きくなる業界」との関連を裏づけていると考えられます。


以上から、たったひとつの団体について調べてみただけですし断言はできませんが、日本でも「脱炭素が不利になる業界に関連した言論活動」は存在する可能性があるように思います。


確認結果:温暖化問題について、必要以上に恐怖を煽るメディアもあるし、実際よりも問題を小さく見せる石油会社等も存在する

以上を確認した結果の私の考えは、次の通りです。

  • 温暖化問題について、必要以上に恐怖を煽るメディアがある。
  • 一方で、欧米では、石油会社等が、実際よりも問題を小さく見せようとする活動を行っている。日本でも「脱炭素が不利になる業界に関連した言論活動」は存在する可能性がある。
  • 温暖化が「たいしたことない」かどうかを考える上では、この二つの両方の存在を念頭に置く必要がある。



まとめ:今も地球温暖化は「たいしたことない」といえるのか

以上をもとにした、冒頭の問いに対する私の考えは次の通りです。

Q:2021年現在、地球温暖化は「たいしたことない」といえるのか?
A:いえない。地球温暖化は対処が必要な問題。ただし温暖化問題を実際よりも「大きく煽る」「小さく見せる」両方の言説が存在するため注意が必要。

  • たしかに、実際以上に温暖化の恐怖を煽る報道はある。
    • 日本では、温暖化による災害の激甚化はないか軽微。
    • 温暖化による恩恵もある。
    • 温暖化予測手法のうち、気候モデルについてはまだ発展途上。
  • だからといって、温暖化は対処が不要な問題とはいえない。
    • これまで温暖化の影響が軽微だからといって、今後も軽微といえる根拠はない。
    • 同様に、これまで温暖化に対処できたからといって、今後も対処できるとはいえない。
    • 温暖化による恩恵もあるが、被害のほうが大きい。
    • 温暖化予測は、気候モデル以外の手法も組み合わせて行われているので、予測に信頼性がないとはいえない(ただし引き続き検証は必要)。
    • 温暖化問題を小さく見せようとする活動が産業界により行われている点にも注意が必要。



次は、最後の問い「現在行われている地球温暖化対策は、適切なものなのか」について調べてみる予定です。納税者として納得できるお金の使われ方になっているのかを確認したいと思います。

(確認してみた結果)


関連メモ

最初の疑問「地球温暖化は起こっているのか」について調べてみたことや、そもそもなぜ私が「温暖化がウソか本当か」を調べたくなったのかや、ウソか本当かを調べる方法について。


2番目の疑問「温暖化が本当にCO2によるものなのか」についてや、IPCCの報告書がどの程度信頼できるものなのかを確認。


3番目の疑問「温暖化が「たいしたことない」といえるのか」について、賛成反対双方の論者による討論をもとに考えたこと。


注釈

*1:中長期の気候変動対策検討小委員会(産業構造審議会産業技術環境分科会地球環境小委員会地球温暖化対策検討WG合同会合)(第8回)・参考資料1

*2:“大気汚染物質 台風の発生抑える影響” 研究成果まとまる | NHK | 気象

*3:中長期の気候変動対策検討小委員会(産業構造審議会産業技術環境分科会地球環境小委員会地球温暖化対策検討WG合同会合)(第7回) 江守正多委員提出資料

*4:江守正多「地球温暖化の予測は「正しい」か」P.169

*5:中長期の気候変動対策検討小委員会(産業構造審議会産業技術環境分科会地球環境小委員会地球温暖化対策検討WG合同会合)(第7回) 江守正多委員提出資料

*6:中長期の気候変動対策検討小委員会(産業構造審議会産業技術環境分科会地球環境小委員会地球温暖化対策検討WG合同会合)(第8回)・参考資料1

*7:OECDの概要:国際エネルギー機関(International Energy Agency:IEA) | OECD日本政府代表部

*8:U.S. Energy Information Administration - EIA - Independent Statistics and Analysis

*9:国土交通白書 2020「巨大地震のリスク」

*10:国際環境経済研究所の主な考え方は、同所所長・理事長の執筆した「https://ieei.or.jp/2021/12/special201608038/」に示されています。

*11:https://ieei.or.jp/2020/04/opinion200401/

*12:東京製鉄「鉄鋼業界の日本全体に占める二酸化炭素排出比率は?」


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