きっかけと
初めて触れたジャック・ロンドンは、村上春樹さんの訳による「病者クーラウ」でした。ハワイのハンセン氏病患者たちが白人に追われる中、クーラウという男が最期まで抵抗を続けるという短編です。物語を一言でいえばそういうわりとシンプルな内容なのですが、クーラウの誇り高さ、病気をもたらし原住民を奴隷化する白人の理不尽さ、感情に流されない描写にぐいと引き込まれました。
それでこの作家に興味を持ち短編集を読んでみたのですが、予想以上の収穫でした。
この短編集の魅力
- はずれがほとんどない
- 推理、SF、冒険、心理戦などいろんな小説の要素が織り込まれていて飽きない
- 舞台もアメリカの街から、南洋の島、北極圏などいろいろ
- 短く簡潔、情緒に流されないところも気持ちいい
- しかし運命の不条理さ、それに抵抗する人間の尊厳のようなテーマは通底して読み応えあり
作品の感想
ネタバレも含んでいますが、それで面白さが損なわれるわけでもないと思います。
- 「まん丸顔」:そういう顔を持っている人を一方的に憎んでいる人物による完全犯罪。「具体的に害を与えられたわけではないがとにかくむかつく」だけで相手を破壊してしまう人間の業のようなものを鮮やかに描いています。村上春樹さんの「緑色の獣」を連想。
- 「影と光」:子どもの頃からライバル関係にある二人が互いに負けないよう発明を続けて・・・SF要素のある物語ながら、際限のない競争の不条理さという人間心理を活写しているところがジャック・ロンドン風、というところでしょうか。
- 「豹使いの男の話」:サーカスでの事故はなぜ起こったのか。個人的にはこの短編集の中でいちばんパンチが弱い気がしますが、それでも最後の謎解きは「そういうことだったのか」とはっとしました。
- 「ただの肉」:宝石泥棒二人組の間で繰り広げられる心理戦。ただのだまし合いとも言えますが、これが飽きさせない、いや息もつかせない緊迫感に満ちているのはジャック・ロンドンの筆力ならでは、なのでしょう。
- 「恥さらし」:極北の地で主人公が現地人に対して行う丁々発止の駆け引きは何のために?心理戦の緊迫感とラストの「謎解き」のコンビが素晴らしい。
- 「志那人」:西洋人からするとほとんど同じに聞こえる名前を持つ別人が、誤って死刑に処される。不条理の極みのような物語が淡々とラストに向かって進んでいくこのやるせなさと緊迫感。
- 「ヤァ!ヤァ!ヤァ!」:南洋の現地人に対する白人の復讐が淡々としかしリアルに描かれる凄み、静かな迫力。
関連メモ
「病者クーラウ」掲載雑誌はこちら。
同じように謎解きやSFなど様々な要素を織り込んだ傑作小説