荒木飛呂彦さんが「企業秘密を公にするのですから、僕にとっては、正直、不利益な本なのです」とまで言っているこの本。漫画家として成功するための「漫画術」についての記述も興味深かったですが、漫画家になるつもりがない私は、本書で荒木さんが評価なさっていた作品群にも同じかそれ以上の興味があったのでリストアップしてみます(言及されたすべての作品を網羅しているわけではありません)。
本・まんが
ヒッチコック「映画術」
ヌーベルバーグの名監督であるトリュフォーがサスペンスの巨匠ヒッチコックにインタビューした「映画術」で、これはまさに「映画の教科書」と呼べる書物なのですが、漫画家を目指す人もぜひ読んでおくべきだと思います。
荒木さんは売れない時代もこれを読んで心の支えにしていたそうです。荒木さんの作品は非常に映画的だなと感じるのですが、その源流はここにあるのかもしれません。
大友克洋「AKIRA」
世界観を中心に描くことを主軸にした漫画の代表作
私自身も、この作品は画と世界観が強烈すぎて内容が頭に入ってこなかった経験があります。
谷口ジロー「孤独のグルメ」
食事が「戦い」ともとれるような雰囲気で、どういう料理が来るのかというサスペンスもあります。・・・「ひとりで食事を愉しむ」という一貫した哲学があり、これがこの漫画のテーマでもあります。・・・絵についていえば・・・食事は徹底的にリアルです。これは、谷口ジロー先生という、漫画界で一、二を争う超リアルな絵を描ける人だからこそできること
たしかにそうかも・・・この荒木さんのコメントを読んで「孤独のグルメ」の読み方が変わった気がしています。今手元にこの作品はありませんが、次に読むときは改めて食事の画をしっかり見てみるつもりです。
シャーロック・ホームズ
(「魔少年ビーティー」の)基本にあるのは、大好きなシャーロック・ホームズで、主人公のビーティーがホームズ、相方の公一くんが友人ワトソンの役回りです。
本当にこの作品は古今東西に影響を与えているのですね。いろんなクリエイターから「ファンだ」という声を聞きますが荒木さんもか。ちなみに私も(クリエイターではないですが)大ファンです。
ホームズがBBC「シャーロック」脚本家や三谷幸喜さんに影響を与えていることがわかるメモはこちら:
スタインベック「エデンの東」、ちばあきお「キャプテン」
一九世紀から二〇世紀初頭のアメリカにおける二つの家族の歴史を描いたスタインベックの名作「エデンの東」や、漫画では、弱小や九チームを橙のキャプテンがバトンをつなぐようにして強豪に成長させていく、ちばあきお先生の「キャプテン」も、主人公は変わるけれども、大切なものが受け継がれていくという物語です。
「ジョジョの奇妙な冒険」連載当時に主人公が代替わりしたときは「少年まんがでこういうのがありなんだ!」と非常にびっくりしましたが、「キャプテン」が先にやってたのか。
ヘミングウェイ「殺し屋」
「説明しようとしない」ということのお手本が、ヘミングウェイの「殺し屋 The Killer」という短編小説です。ふたりの男が食堂にやってきて注文するシーンから物語が始めるのですが、地の文では彼らがどういう男たちなのか、具体的なことをまったく説明せず、彼らの発するセリフだけでわかるように描いています。
このふたりの男と食堂のウェイターのやりとりが本書で引用されているのですが、まんま「ジョジョ」に出てきそうなやりとりなのです。ジョジョファンがお読みになったらにやりとできること間違いなしかと思います。
ジュール・ヴェルヌ、プログレ、フュージョン
植村直己さんという冒険家の実録旅行記や、ジュール・ヴェルヌの「八十日間世界一周」のような、架空であっても世界中の神秘的な場所を描いた話に憧れていて、そういうところを舞台にした作品を描きたい、と思っていました。音楽もプログレッシブ・ロックやフュージョンといった、世界の様々な地域の音楽を融合したものが大好きで・・・
ジョジョアニメ第一部にYes / Roundaboutが使われていることを知ったときにはぶっとびましたしそのはまり具合にも感心したのですが、荒木さんがもともとプログレ大好きということなら荒木作品とプログレの抜群の相性にも納得です。
ちなみに、おそらく本書でもっとも「お手本として」何度も取り上げられていたまんがは「サザエさん」「こちら葛飾区亀有公演前派出所」「ドラゴンボール」でした。荒木さんは本書で「ジョジョ」を「王道漫画」だと語っています。荒木さんがこの3つの「大王道漫画」を率直に評価しそのエッセンスを自作に取り込んでいるということも意味しているのかもしれません。
映画
運命の女
不倫も反社会的ですが、単に男女の欲望だけを描くのではなく、社会的には許されないけれども気持ちとしてはわかる、というように描ければ、「ああ、その通りで、でも、悲しい運命がふたりを待っているんだろうな」とキャラクターたちに寄り添って、心を動かされます。映画では、ダイアン・レイン演じる主人公の不倫の恋を描いた「運命の女」のような作品が、その好例です。
まったく未見で作品の存在も知らなかったし、普段なら観ようと思わない内容ですが、荒木さんがこうコメントしてたら観たくなってきます。
クリント・イーストウッド
社会のルールから認められていなくてもかまわない、たとえ孤独であっても大切なものを追い求める、これが最も美しい姿ではないでしょうか・・・クリント・イーストウッドの映画の主人公たちは、まさにこのヒーロー像を体現しています。父親に連れられて初めて観た「続・夕陽のガンマン 地獄の決斗」から始まって、一匹狼のイーストウッドが荒野にひとり立っている、あのイメージは、「ダーティーハリー」、「許されざる者」、そして「グラン・トリノ」まで変わりません。
この中では「グラン・トリノ」しか観ていませんが、私もイーストウッド(監督)の作品にはうならされることが多いです。
荒木さんはこのあこがれのイーストウッドに対面して、イーストウッドのために描いた原画をプレゼントしているのですよね。「JOJOmenon」(表紙がその原画)で荒木さんのイーストウッドへの思い入れと研究ぶりを目の当たりにしたときはこっちまで心が熱くなってきたものです。
キック・アス、ゴッドファーザーII
僕はこの映画に出てくる「ヒット・ガール」という少女主人公の大ファンです。
私もしびれました。小学生くらいの女の子が四文字言葉を言い放って悪者をやっつける(腕や足を切りながら)という、これも荒木作品に通じるサムシングのある設定でした。
しかし荒木さんは、続編「キック・アス・ジャスティス・フォーエバー」については、ヒット・ガールが普通の少女に戻るというストーリーが「一度上がってマイナスになるパターンは・・・やってはいけないと思います。」と批判しています。
同様のコメントがこの作品にも。
映画「ゴッドファーザー」でも、主人公のマイケルがマフィアのボスになっていくまではすごくいいのに、頂点を極めた後、続編では悩んで、家族に裏切られていくあたりは、リアリティを追求していて、芸術的にはたしかに素晴らしいものの、観客の立場からすれば単純に「そこは観たくないんだよな」と沈んだ気持ちになってしまいます。
たしかに、ここで言われている「続編」である「ゴッドファーザーIII」は沈みっぱなしでした・・・
美術
ベルリーニ「アポロとダフネ」(彫刻)
「ああ、これを漫画で描けたらいいなあ!」と思えたのです。・・・裏から見たり、下から見たりと、いろいろな角度から実物をじっくり見ていくと、その迫力や美しさに圧倒されずにはいられませんでした。
私もこの彫刻は好きです。てか、ジョジョっぽいなあと思ってたんですよね(ほんとうに)。ダイナミックで躍動感あふれるポーズと、月桂樹に変わっていくダフネの様子がスタンド攻撃っぽい感じなのが。そしたら実は荒木さんがこんなに熱く想っていらっしゃる作品だったという。
以上のように、漫画家になるつもりがない私にとってもいろんな学びと刺激を得られる本でした。