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日本で貧困をイメージしにくいのはなぜか

前回のメモに引き続き、小熊英二さんの「論壇日記 2011.4-2013.3」から。

今回は、日本で貧困が拡大していると言われても、一目で貧しいとわかるかっこうをした人を見かけることはかなり少ないし、スラムのような場所もほとんどない。それはなぜか、ということについて。



「小悪魔ageha」で説明する日本の貧困

著者の小熊さんは、2011年11月にバンコクで講演した際、日本の貧困を説明するにあたって、かつて一部から熱狂的な支持を得ていた雑誌「小悪魔ageha」を用いたそうです。

これがどんな雑誌かというのは、全盛期を築き上げた編集長中條寿子さんへのインタビューを読むとわかりやすいかもしれません。→ 「小悪魔ageha」編集長にインタビュー、世の中には「かわいい」か「かわいくない」の2つしか無い - GIGAZINE

(なお、中條編集長は2011年11月に出版元を退社、その後3年で「小悪魔ageha」の部数は最盛期の6分の1まで落ち込んだと言われています。)


小熊さんは「小悪魔ageha」の内容をこう紹介します。

  • 掲載広告のドレスは2000円くらい
  • 親の離婚、家庭内暴力、高校中退、23歳2児の母にしてナイトクラブ勤務、といったタイ人にもわかりやすい貧困の物語
  • にもかかわらず掲載された読者モデルたちは、美しい衣装とメイクで、明るく微笑んでいる


人生告白での貧困と外見上の豊かさと微笑みのギャップに、タイ人たちは驚いたそうです。


なぜこのようなギャップが生じるのか。小熊さんはこう説明します。

  • タイのユニクロでは、カンボジア製のTシャツが約800円。これはタイでは高いが日本では安い。
  • 日本の貧困層は日本ブランドのカンボジア製の服は買える。工業製品は輸入できるからだ。
  • しかし彼らは月収の過半を家賃で使い果たし、家を買えるめどはなく、子どもによい教育を施せず、未来の展望はない。土地とサービスは輸入できないからだ。

日本だけでなく、先進国では同様の状況が起こっているとのことです。


日本にスラムができない理由と、その影響

でも、先進国には貧しい人たちが集まるスラムが形成されることがあると聞きます。例えば、自動車産業の凋落が続いているのに有効な対策を打てなかったデトロイトに廃墟が増えているケースなどがあります。→ 破産法適用 「犯罪都市」デトロイトを歩く WEDGE Infinity(ウェッジ)

日本でもだんだんと廃屋・廃ビルは増えてきていますが、アメリカのようにあちこちの都市に巨大なスラムができているという話は聞きません。これはなぜなのでしょうか。

小熊さんは、本書の他のページでその理由をこう説明しています。

  • アメリカは住宅の価格が購入後に値上がりするので、住宅購入者は転売と転居で上昇移動していく
  • その結果、都市中心部から中産層が郊外に出て行き、貧困層が中心部にたまる
  • 日本では、ローンで家を買っても価値が減少していくため、一度購入した住宅に固定される
  • そのため、現代日本の貧困問題は、スラムという鮮烈な形をとらず、若年・中年の非正規労働者が親とひっそりと同居するという形態になっている。

つまり、わかりやすいスラム問題は出てきていないけど、貧困が見えにくくなっている(あるいは親がサポートしている)ということですね。

小熊さんは、その分対応が遅れやすいという問題も指摘しています。


日本の貧困の「見た目」

服や家電製品などの所有物や住環境という「見た目」の限りでは、日本は貧困とはあまり縁のない社会のように見えます。しかし内実はそうではなく、貧困はしっかりと存在している。若年・中年の貧困を親がカバーしていることで世帯としては貧困にはなっていないケースも、いずれ親が亡くなると破綻する・・・

貧困に関するデータや報道に接すると、ぼろぼろの服や髪の毛でスラムを歩く人の映像が思い浮かぶことがあるかもしれません。しかし、日本の貧困はそういう「見た目」をとらない。このことを理解することが、貧困対策の最初の一歩になるように思います。


関連メモ


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