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振り込め詐欺が日本で成立する理由 - 小熊英二「論壇日記 2011.4-2013.3」その1

歴史社会学者の小熊英二さんが「朝日新聞の論壇メモ」と「週刊エコノミスト連載・読書日記」(2011年~2013年春)をもとに加筆修正した本です。

前者は、毎月リベラルから保守まで幅広い論説誌を読み込んだメモと考察で、後者はその名の通り読書日記。その性格上、この一冊に様々なトピックが盛り込まれています。なのでこの本のメモはトピック毎に細切れで書いていきます。まずは振り込め詐欺について。


振り込め詐欺が日本で成立する理由

小熊さんによると、東南アジアなどで日本の「振り込め詐欺」を説明するのは難しいそうです。「なんでそんな金持ちの老人が一人で住んでいるのか。金持ちなのに、親族が一緒に住みたがらないのか」と不思議がられるからです。


この質問に対する小熊さんなりの回答は以下。

  • 戦後日本では、庶民の金融資産の持ち方が、もっぱら銀行預金に限定されてきた
  • その前提にあったのは、日本政府が公営住宅や大学無償化といった社会保障を充実させる道を選ばず、その代わりに減税を実施していたこと
  • つまり、住宅建設や教育投資などを個人消費に負担させ、それによって経済を刺激する路線を選んだ

この路線が、バブルくらいまではうまくいっていたのですね。だから、お年寄りの中には、個人の預金額がけっこうな額になる人もいる。銀行預金は他の資産に比べて換金の手間がなく引き出しやすい。だから銀行を使った「振り込め詐欺」が成立するというわけですね。


小熊さんはこのようなシビアでシニカルな言葉も書いています。

判断能力が高くないのに数十万ドルの銀行預金があり、「振り込め詐欺」にひっかかる老人が大勢いるという状況が、地道に勤めさえすれば小金持ちになれた「一億総中流社会」の未来像だったというのは、皮肉というほかはない。

最近の振り込め詐欺の手口は実に巧妙なので、「判断能力が高くない」わけではないお年寄りでも詐欺にひっかかることは十分あり得るとは思うのですが、現在振り込め詐欺が成立する理由のひとつがかつての日本の成功した経済政策の結果にあるという考えは、なかなか興味深いです。


外国で「振り込め詐欺」は成立するか

以上で「振り込め詐欺が日本で成立する理由」を整理してみました。では、外国には振り込め詐欺は成立しないのでしょうか。本書には記載がなかったので、少し調べてみました。

どうも外国でも類似のお年寄りへの詐欺はあるようです。例えば、ウォールストリートジャーナルにも、アメリカの例が報道されています。 → 米国でも深刻な振り込め詐欺 - WSJ

しかしこれ、振り込め詐欺もあるけど、投資詐欺が目立ってる感じです。なるほど、アメリカは日本ほどは銀行預金割合が多くないから、振り込め詐欺ではなく投資詐欺になりがち、ということかな。


それで調べてみて見つかったのが次の調査結果です。
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引用元:わが国家計貯蓄の現状と方向性について(上)― 家計貯蓄におけるリスク資産比率はあがるのか― 第一生命経済研究所 研究開発室 荒川 匡史

これを見ると、日本はアメリカの5倍近い割合で現預金が多いと。他の国と比べても突出して多いですね(データが10年以上前のものなので現在はまた違うのかもしれませんし、比較対象も少ないし、高齢者だけに限ったものではないものですが。)。



以上を見る限り、振り込め詐欺が日本で成立する理由は「経済成長に成功した時代の富が個人の銀行預金として保有されている割合と額が多いから」。外国で成立するかどうかは、そもそも「振り込ませる」にはお年寄りにまとまった資産があって、かつそれが銀行預金に集まっている必要がある、ということになりそうです。

冒頭の東南アジアの人たちの質問「なぜ金持ちの老人が一人で住んでいるのか」への回答はまだ調べられていませんが、これはまた別途。

そして本書の他のトピックも、後日メモしていきます。


小熊英二「論壇日記 2011.4-2013.3」関連メモ


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