(2018年1月27日更新)
2014年3月8日午前0時41分、クアラルンプール国際空港を239人の乗客乗員を乗せて飛び立ったマレーシア航空MH370便は、離陸から50分後、突然航路を外れ、左旋回して西に向かい、その後インド洋を南下して行方不明になりました。
本書では、この事件について、ボーイング747飛行時間では1万4000時間という世界一の記録を保持する著者が、その専門的知識と経験をもとに、ひとつひとつ事故原因を検証していきます。
事故原因
著者の杉江氏は、このマレーシア航空機の失踪を事故ではなく事件であるとしています。管制官と無線交信がなく、トランスポンダー(航空交通管制応答装置)も切られエーカーズ(航空会社とのデータ通信)も機能していない中約6時間40分の飛行を行ったことや、フライトの航跡から見ても事故とは考えられない、と。
ではテロなのか?これについてもひとつひとつの可能性を検証し、以下の可能性は低いとしています。
- 何者かが客室からコックピットに入ったのか
- パイロットと副操縦士の共謀か
- 副操縦士が犯人か
そして最後に至った結論は・・・ここだけが、著者の専門ではないマレーシアの政治状況に基づく推論であるところが残念ですが、記述内容からは決してありえない話ではないように思います(意外性はありましたが)。シャーロック・ホームズの名言「可能性がないものをすべて除外したら、いかに可能性がなさそうでも、残ったものが真実だ。」を思い浮かべました。
この推理がたとえ真実と異なっていたとしても、航空機と空の旅についての様々な知見が得られるという点だけでも、本書からは学べる点が多いです。内容にやや自己アピール的側面は見られるものの、それができるだけの経験がおありの方が書いたもの、という納得もできる内容でした。
その他、本書で知ったことの一部をメモします。
空の旅、選択肢があるときは
私は、どうしても航空機を利用しなければならない場合、選択肢があるのなら、「アメリカのメジャーな航空会社の、しかも大型機で運行する便」を迷わず選ぶことにしている。それは、プロの視点で見た場合でも非常に安心感があるからだ。どのような緊急事態や想定外のトラブルに遭遇しても、最終的には無事生還を果たしてくれる(実際に実績を残している)という信頼感である。この基準は、私自身がJALの運行安全推進部に身を置いて世界中の主要な事故を分析し、安全対策を研究するなかで得た結論である。
感覚論で言うとアメリカの飛行機事故ってよく耳にする気がしていたのですが、よく考えると発着数からして他の国より圧倒的に多いのだからそれは当然ではありますね。
パイロット不足の原因のひとつ
- 1982年の日航機羽田墜落事故(機長の逆噴射による)以降、日本の航空身体検査は世界一厳しい水準に引き上げられた。
- たとえばブラ(肺胞内嚢胞[のうほう])が見つかれば乗務不可となった。著者が知っているだけで20名弱のパイロットが開腹手術をさせられた。
- それから20年たって、ようやくブラは飛行の安全性に関連はないと、検査項目から削除された。
- 今でも、パイロットを目指して幾度かの試験をパスしたものの、約半数が最後の身体検査で不合格となり、航空会社のパイロット不足やパイロットの疲労につながっている。
フライトが多数キャンセルになるほどのパイロット不足にはこのような背景もあるのですね。「誠Style:秋本俊二の“飛行機と空と旅”の話:パイロット不足で国内LCCが大量欠航――その背景にあるものは?」でも同様の指摘がなされています。
日本の航空産業は「原因究明」より「犯人検挙」
日本の航空産業は航空機から始まって整備、飛行場、官制、パイロットの訓練と、ほぼ100%、アメリカから輸入されたにもかかわらず、この事故調査の方法だけは真似しない。それは、警察が常に主導権を握り、「犯人を検挙すること」に重点を置いているからである。
アメリカでは国家運輸安全委員会が強い独立権をもって事故調査を行い、原因究明(犯人検挙ではなく)を行うそうです。
個人的には、これを知って思い出したことがあります。仕事で、自分やチームがミスをしたり取引先がミスしたりした場合、よく「犯人捜しではなくて、原因究明と再発防止をやろう」という発言や合意がなされることです。
これはビジネスでは(個人間でも、ですが)当然で合理的なやり方だと思う反面、それを口に出して合意しないと、メリットのほとんどない「犯人捜し」に走る風潮がまだあるということでもあるな、とも常々思っています。
(この本を連想しました)
「その道のプロ」の方だからこそ書ける、単なる「なぜ消えたのか」だけで終わらない有益な情報が網羅された本でした。