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安藤寿康「心はどのように遺伝するか」

心はどのように遺伝するか―双生児が語る新しい遺伝観 (ブルーバックス)

人間の心や行動が遺伝からどの程度影響を受けているのかについて記した本です。

研究手法

このことを明らかにするため、この本には双子を使った研究が頻出します。一卵性双生児は、二人ともまったく同じ遺伝子を持っています。確率的に、同じ遺伝子を持った人間というのは一卵性双生児以外存在しません。二卵性双生児は、遺伝子の一致度が一卵性のおおよそ半分です。

そこで、ある行動や性格について、一卵性双生児の類似性と二卵性双生児の類似性を比較すると、それらがどのくらい遺伝の影響を受けているかがわかります。おおざっぱに言うと、一卵性のほうが二卵性より二倍似ていれば、それは純粋に遺伝の影響と言える可能性が高いです(実際には、双生児が共有している環境に影響を受けて似てくる側面もあるので、二卵性でも一卵性の半分よりは多く類似性を持つようになりますが)。一方、一卵性も二卵性も同じくらいの類似度であれば、それは遺伝の影響は受けていないと考えられます。


遺伝の影響を受ける「心」

この方法で統計をとると、遺伝の影響が強いもの・弱いものがわかります。強いものは、指紋隆線数(遺伝の影響度0.92)、体重(0.74)、身長(0.66)。次に強いのは知能(0.52)、外向性(0.49)、職業興味(0.48)、神経質(0.41)。低いのは創造性(0.22)、宗教性(0.10)。身体だけでなく、心の傾向も遺伝の影響を受けていることがわかります*1

もちろん、私たちが認知できる身体や心の特徴は、遺伝の影響を受けているといっても、様々な働きをする遺伝子が組み合わさって発現されるものがほとんどなので、「一卵性では似ている(つまり遺伝の影響にある)のに、二卵性ではほとんど似ていない(遺伝子の組み合わせが異なるので似ていない)」という特質も多いです。具体的には、自閉症、アルツハイマー痴呆などです。

また、遺伝の影響は、時間とともに変わります。代表的なものは知能指数で、一卵性の類似度は成長とともに強くなります(本書に載っていたグラフでは成年になるまでです)(なおこれは、認知能力に特有の傾向で、外向性や神経質といったパーソナリティ特性では見られないそうです。)。

つまり、心や知能なども遺伝の影響は受けるものの、それがどの程度のものになるかはケースバイケースということになります。遺伝と環境の影響がどのような特質(表現型)になるかは、遺伝子そのものの組み合わせでも変わるし、環境からの影響も受けるというわけです。


遺伝か環境か

著者はこれを、音楽にたとえています。楽譜が遺伝子、演奏家が環境、演奏が表現型。音楽は楽譜でかなりの部分が規定されるものの、演奏家によっても大きく変わります。そして、最終的には演奏となって表現される。私の理解はそんなところですが、合ってるのかな。この結論は、以前読んだマット・リドレー「やわらかな遺伝子」にも共通するもので(実験結果はこの本に書いてあるものと逆のものもありますが)、個人的には納得のいくものでした。


メモ

一卵性双生児が別々に育てられたのに、外見以外にも似ている面が多かったというエピソードのひとつ。一卵性双生児オスカーとジャックは、一方はユダヤ教徒としてイスラエルで、もう一方はナチとしてドイツで育てられたが、二人が再会したときは次のような共通点があった。口ひげ・鎖つきめがね・両側に肩章がついたスポーツシャツ、バターつきトーストをコーヒーにひたして食べる・トイレでは使用前に水を流す・雑誌は後ろから読む・女性に対しては命令的な態度をとり妻を怒鳴りつける。

同居する一卵性双生児のIQの相関は0.86であり、この数値は同じ人物があまり間をあけずに同じ知能検査を2回行ったケースに匹敵する。

日本の小学6年生の一卵性・二卵性双生児に別々の英語教育を行った実験がある。一方は「文法訳読アプローチ」、もう一方は会話中心アプローチ。教師は同一人物。結果は、どちらの教授法でも成果はあったが、主体となったアプローチ(文法訳読なら文法テスト)がより高い成績となった。しかし、言語性知能の高い子は文法訳読アプローチでより大きく文法能力が伸ばせるという点は、教授法による差異となった。遺伝的資質と教授法の間には交互作用があるという結果である。

*1:これらの特質をどうやって数値化したのかにも興味はありますが。


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