[内容]
戦艦大和の海上特攻作戦に着任した副電測士(航海や作戦遂行のためレーダー等により情報を収集し報告する役割のようです)の、出航、激戦、沈没、救助までを綴った手記。
呉を出航するときから、乗組員は生きて帰ることができないことを理解し、鹿児島沿岸で最後に見える桜を凝視します。
そして乗組員は、大和に最後に与えられた任務が必敗無意味に近いものであることを知ります。沖縄の米軍を食い止めるため、航空特攻隊が出撃するが、爆弾を多量に積んで重い特攻機はそのままだと米軍に打ち落とされる。だから米軍機を引きつけるためのおとりとして大和が沖縄に向かう。そのような内容でした。
自らの命を何のために捧げるのか。苦悶の論議が続きます。白淵大尉はこう語ります。「負けて目覚めることが最上の道だ。・・・日本の新生のためにさきがけてちる、まさに本望じゃないか。」兵学校出身者「国のために死ぬ、君のために死ぬ、それでいいじゃないか」。学徒出身士官「俺の死、俺の生命、また日本全体の敗北、それを更に普遍的な、何か価値というやうなものに結び附けたいのだ」
著者も苦悩します。
顧ミレバ妻ワレニナシ 子モトヨリナシ ワガ死ヲ悲シミクルルハ親兄弟ノミ ワレ未ダカノ愛恋ノ焔ヲ知ラズ 死ニ臨ンデ、心狂ウマデニ断チ難キ絆ヲ帯ビズ ワレトカノ片平兵曹(郷里ニ懐妊中ノ妻ヲ遺ス シカモ待チ焦ガレタル初子ナリ)ト、イズレヲ幸イトシ、イズレヲ不幸トスルヤ タダ骨肉ノ嘆キニ送ラルルワガ安ライヲ、恵マレタルモノトシテ甘受スベキカ 心歪ムマデノ彼ノ苦悩ニ、ムシロ真ノ生甲斐ヲ見イダサンカ
そして・・・一二二〇(12時20分)対空用電探、大編隊ラシキモノ三目標ヲ探知ス
[感想]
ここ数年に読んだ本の中で最も心を揺さぶられた本です。傑作とはこのような作品にこそふさわしい言葉だと感じています。
非常に価値の高いドキュメンタリーでありながら(一部内容については議論があるようですが)人間の苦悩の奥底と高潔さの極みまでを描ききるような本はそうはないはずです。この本はその貴重な一例であるといえるでしょう。
そして、簡潔な文語体の文章。読む前は「ついていけるかな」と思いましたが、最初の数行でその心配は消え去りました。この戦記には、この文体以外考えられない。
電探士という、大和全体を見渡す立場にあった人物が奇跡的に生き残り、一日でこの驚異の手記を書き上げたという事実には、何かしら運命のようなものを感じずにはいられません。
数々の奇跡が重なって世に出た奇跡のような作品です。