[物語]
親がしょっちょういなくなる家で、認知症の傾向がある祖父を支えつつ、高校進学は眼中にない中学3年生女子。仕事を放り出して20年ぶりに家出から戻った30代後半の男性。大人になるまで生きられないだろうと言われた虚弱体質・30代無職の弟のことだけを考えて生きてきた50歳の女性。彼ら3人を主人公にした3つの短編で、それぞれ少し「変わった」家庭を、現実を直視した、しかしあたたかい視線で描く。
[感想]
3編で描かれる家庭のプロフィールだけを見ると、気が重くなるような小説だと感じられるかもしれません。しかし読後感はどれも明るいものでした。
山本文緒さんの小説には、一貫して「少々困難な状況下にありながら、それを嘆くことなく一歩一歩前に進んでいく」人間が、大仰な形ではなく、極めて自然に描かれているという特徴があると思います。私が彼女のいくつかの小説を何度か読み返しているのは、まさにそのテーマを受け止めたいからだといえます。
本作は、そのテーマに加え、彼女の作品のもう一つの特徴である「自然でテンポのよい言い回し」がしっかりマッチしており、読んでいて楽しかった。6年のブランクを感じさせなかったこの小説を読み終えて感じたことは、やはり「次作への期待」です。