先日のイギリス研究会で話題に挙がっていた作家、北村薫。殺人のない、日常の謎を題材としたミステリを書くとのこと。それはおもしろそうだ。
私は、なぜか「現実に起こったらいやだな」系のフィクションに惹かれる癖があります。最近読んだ本や映画を振り返ってみても、猟奇的殺人、本が禁止されている社会、奴隷制の残る村がテーマになっています。うーん。もうちょっと「現実に起こってうれしい」話に接してもいいんじゃないか。そんなふうに思う今日この頃にぴったりな作品かも。
果たして、この短編集は、期待を裏切らないものでした。喫茶店で、あの客が紅茶に7〜8杯も砂糖を入れたのはなぜ?ロックし忘れた車からシートカバーだけが盗まれたのはなぜ?お店から幼稚園に寄贈された木馬のおもちゃが一晩だけ消えたのはなぜ?こんな「日常の謎」に明快な理由が示される過程には、推理小説のおもしろさの原点に迫るようなわくわく感がありました。でも、人は一人も死んでいないのです。それどころか、エピソードのほとんどは心あたたまる余韻を残してくれました。素晴らしい。
その上、その「謎」を解決していく落語家・春桜亭円紫の推理の鮮やかさと、主人公(ワトソン役)の女子大生「私」のふたりともが魅力的。物語のあちらこちらに登場する古今東西の文化(主に文学・落語ですが)の紹介も興味深かった。
毎日に彩りをそえてくれるような短編集でした。この「円紫さん」シリーズ、全部読むつもりです。