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スティーヴン・D・レヴィット&スティーヴン・J・ダブナー「ヤバい経済学」

ヤバい経済学 [増補改訂版]

これはたしかにヤバい本です。扱う対象が「社会的妥当性」を逸脱気味であるという点と、単純に面白すぎるという点で。どこをとっても興味深いトピック満載で、ブログネタのフルコースみたいな本です。訳注によれば、アメリカでは2005年にブログでもっとも論じられた本とのこと、それもうなづけます。

さてこの本のテーマは?ひとことで言えば、身近な社会を切り取ってデータマイニングし、そこから意外な事実をあぶりだす、といったところでしょうか。データマイニングというのは、一見何の関係もなさそうな膨大なデータの山を分析することで普通では気づかない事実を抽出する技術で、主にマーケティングなどで使われています。有名な例では、あるスーパーマーケットが売上品目をマイニングしたら、「おむつ」と「ビール」に相関関係が見られたというのがあります。このふたつに何の関係があるのか?試しにおむつ売り場のとなりにビールを置いてみるとどっちもよく売れた。どういうこと?おむつが必要な子どものお母さんは家で子どもの世話をしているので、おむつを買ってくるのは大抵お父さんの役目。で、お父さんはついでにビールも買いたくなる。そういう事実がデータ分析から明らかになったわけです。

この本では、そういう分析の対象を私たちに身近なテーマに絞っています。ここで紹介したくなるネタだらけなのですが、全部紹介するとこの本をこれから読まれる方に申し訳ないので、絞ってご紹介してみます。まずはこの本の帯に書いてあるネタから。「90年代のアメリカで犯罪が激減したのはなぜ?」→「70年代に中絶が合法化されたから」 取り締まりの強化や警官の増員など、他の関係ありそうなポイントも実は犯罪現象にほとんど相関がなかった。むしろ、70年代に中絶が合法化されたことで、望まれない子(犯罪に走る可能性が高い)が減ったことが大きく相関している。彼らが十代後半、つまり犯罪を発生させる可能性が高い年齢になった90年代、そういう子が減っていたので犯罪が減った、という話です。ううむ。著者も、誰かの不幸が社会の幸福につながっているという話はあまり気持ちのいいものではないが、と書きつつ、しかしデータはそうなっているというスタンスでこのトピックを綴っています。個人的な感覚では、それに加え、70年代までアメリカで中絶が合法化されていなかったこと自体も驚きでしたが(ちなみに、私は中絶大賛成派ではありません)。
もうひとつ、帯のネタから。「勉強のできる子の親ってどんな人?」→「母親が第一子を30歳以上で出身、高学歴・高収入」。なんだか身も蓋もない話になっていますが、その他の関係ありそうな項目はことごとく子どもの成績とは相関が見られなかったそうです。家族関係が保たれていることより、親の教育水準のほうが重要。その子が生まれてから幼稚園に入園するまで母親が仕事に就かないことよりも、母親の第一子出産年齢が30歳以上であることが重要(後者の母親は、より高い教育を受けたいとか力をつけたいと考えている女性であることが多い、と筆者は述べています。日本では少し感覚が違うかもしれませんが、アメリカではそういうことのようです。)。その他、養子であることと成績が悪いことには強い相関がある。養子を出す親は引き取る親より知能指数が低い傾向があり、この場合、「育ち」が「氏」に負けた結果が出ているとのことです。この本で一貫して述べているのは、データによれば、「親が子に何をするか」よりも、「親がどんな人か」のほうが子どもの成績に影響する、とのことでした(もちろん、著者は家庭環境の重要性も無視してはいませんが、良好な家庭環境を築くのも親がどんな人かによる、と考えているようです)。
この、なんだか夢のない話は、以前どこかで読んだような・・・そう、シンガポールのリー・クアンユー元首相が、学力の優秀さは遺伝するので、大卒男性は大卒女性と結婚するべきだと発言し、そのためのキャンペーンを実行し成功したというやつです。ここまでくると、「氏より育ち」って間違いなのかな、なんて思えてきますが、この「ヤバい経済学」では「子どものその後」の調査結果も載せてくれています。それによると、上記とは異なる調査でも、やはり養子は学校では比較的成績が悪く、「育ての親の影響は遺伝子の力には負けてしまう」ようです。でも、養子たちが大人になる頃になると事態は変わります。

養子に出された子どもは・・・知能指数だけから予測される運命から力強く這い上がっていた。養子に出されていない同じような子どもに比べると、養子に出された子どもは大学に通い、お給料のいい仕事に就き、20歳を過ぎてから結婚する可能性がずっと高かった。そんな違いができたのは育ての親のおかげだと・・・結論づけている。

(ちなみに、子どもの成績が子どもの幸福とイコールではないことはいうまでもありません。本書でも、それを裏付ける例がさりげなく、しかし強烈なオチとして紹介されています。子どもの成績に焦点を絞っているのは、データ分析の対象にしやすいからです。)


なお、この本で紹介されているのは、こんなシビアな話ばかりではありません。もっと卑近で、それほど意外ではないけど、日米の比較という観点からは興味深いものもありました。「アメリカの出会い系サイトで相手に影響する項目」というのがそれです(これはこれでシビアか)。

<女性について>
何よりも大事なもの:
 ルックス
人気がある:
 割り切りの関係
 学生、アーティスト、ミュージシャン、獣医、セレブ、
 ブロンド(大学卒業証書と同じ価値がある)
人気がない:
 秘書、仕事をしていない人、軍人、警官、収入が低すぎる人、
 収入が高すぎる人、丸刈り
致命的:
 太っている
<男性について>
どうしようもなく重要なもの:
 収入
人気がある:
 長期的な関係
 軍人、警官、消防士、弁護士、金融関係
人気がない:
 肉体労働者、俳優、学生、飲食関係、接客業
 赤毛、癖毛、禿(丸坊主はOK)
とても不利:
 背が低い

個人的には、日本とは同じところも違うところもあるかな、という感想です。出会い系サイトを使ったことはないので、単なる感覚ですが。


こんなふうに、この本で取り上げられている内容はアメリカならではというものが多く(それでもすごく興味深い内容ばかりですが)、日本でも同じような分析をやってもらったらいろいろ出てきそうだな、と思ってしまうのですが、ひとつ、日本に大きく関わるトピックがありました。それは、相撲では八百長が行われていることがほぼ間違いない、という分析結果です。

要は、勝ち越しか負け越しかが決まるここ一番の取り組みでは、裏取引が行われている可能性が極めて高い、ということです。著者が1989年1月から2000年1月までの間に開かれた上位力士ほとんどすべての取り組み、力士281人による3万2000番の勝敗を分析したところ、7勝7敗の力士の8勝6敗の力士に対する期待勝率は48.7%であるにもかかわらず、実際の勝率は79.6%。同様に、7勝7敗対9勝5敗の場合、期待勝率は47.2%、実際は73.4%。ちなみにこの数値は、時々出てくる「八百長疑惑報道」が起こった直後だと、期待勝率どおりになるそうです。

私個人は相撲のことをほとんどといっていいほど何も知らないので、こうしたことが実はもう「常識」なのかどうかはわかっていません。しかし、少なくともこのネタがマスコミでは表だって報道されている気配がない*1のはむむむ、という気がします。


こんな感じで、世の中のいろんなことに首を突っ込んでデータを分析し驚かせてくれるスティーブン・D・レヴィット教授と、それを軽妙なタッチでおもしろくわかりやすく書きつづってくれるスティーヴン・J・ダブナー氏のこのコンビ、ぜひ続編をお願いしたいところです。望月衛さんの翻訳もその軽妙さ、読みやすさ、無理のなさ(軽妙にするためのおもねりがない)がお見事だと思います。続編があれば、ぜひこの方の訳で。

*1:本はいくつか出ているようですね。八百長疑惑報道をしている週刊誌はこのデータを使わないのかな?ちなみに著者は、このことを記した論文を週刊ポスト編集部に送ったそうですが、取り上げてもらえなかったみたいです。


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